第10話大魔王、仲間になる
手合わせ――我輩にとっては児戯に等しい――は教会の中庭で行なうらしい。それなりに広く、高い壁もあるので外からは見えない。雑草だらけで鬱蒼としているが戦えないことはないだろう。
大剣――両手で扱う剣だ。片手剣よりも威力が高い。その分、動作が遅くなる欠点はあるが、プルートは慣れているようだ。軽く素振りをしながら我輩を見ている。
「なあククア。あんたの武器はなんだ? それとも魔法使いなのか?」
マルクが気さくに話しかけてきた。我輩は「何でもできるが」と前置きしてから言う。
「そうだな。久方ぶりに剣でも使ってみるか」
「……へ?」
我輩が何を言ったのか分からないという顔をしたマルク。
「剣って……持ってないじゃないか」
「ふん。ここに手頃なものがあるではないか」
地面に転がっていた十分な長さと太さを備えた木の棒を拾う。
その行動に「馬鹿にしているのか?」とプルートが眉間に皺を寄せて訊ねる。はっきり言えば不快に感じているのだろう。
「馬鹿にはしておらん。そうだな……わざわざ虫を払うのに剣を使う者は居るか?」
「……俺を虫だって言っているのか?」
努めて冷静さを強いている声。どうやら内心は苛立っているようだな。
「そうは言っておらん。何事も適したものがあるということだ」
我輩は木の棒を持って中庭の中央に進み出る。
マルクと心配そうに見ているティアが離れたところに居るのを確認して、プルートは大剣を構えた。
「それじゃ、ルールを確認するぜ。参ったと言わせるか気絶させたほうの勝ち。殺したりするのはなしだ」
マルクが遠くから叫んで説明する。
「二人とも、準備はいいな?」
「ああ、良い」
「……俺もできている」
プルートは右足を後ろに下げ、大剣を脇の下に構えている。開始とともに切りかかるつもりだろう。
静まり返る教会。
マルクが手を挙げて――素早く下に振り下ろす。
「勝負、開始!」
合図ともにプルートは速く――素早く我輩に近づく。
そして切り上げるように大剣を我輩に――当たる寸前で止めた。
「……どうして、避けたり受けたりしない?」
「剣に殺気がなかったからな。止めるのが分かっていた」
そして我輩は戸惑うプルートに告げた。
「何か――勘違いしているな?」
我輩は呆気に取られているプルートの脇腹を、思いっきり木の棒で殴った。
骨は折れていないようだが、不意を突かれたことと肝臓辺りに直撃したことで膝をつく。
「て、てめえ……」
「油断していたのか? それとも手加減していたのか? ……不遜にもほどがあるぞ?」
我輩は立ち上がれないプルートの後ろに回って、我輩にしては優しい、気絶するような一撃を食らわせた。
「がっは……」
意識を失ったプルート。三十分もあれば起き上がるだろう。
「プルートさん!」
ティアがこちらに駆け寄ってくる。まあ手当は必要だからな。
「ま、待て……」
ここで我輩の意図と反して、プルートは大剣を杖代わりにして立ち上がろうとする。
ほう。先ほどの酔っ払いと違って根性があるな。
「まだ、勝負はついてねえ……!」
こいつはマルクを諌める役で、冷静な人間だと思っていたが、案外熱のある若者だった。
ティアは足を止めた。
我輩は黙って見守った。
「……てめえ、だから木の棒を選んだのか。殺さないように、俺の油断と怒りを誘うために」
「クハハハ、賢いではないか」
我輩を睨みつける目。いつかの勇者セインを思い出す。
「これ以上続くとなると、手加減できなくなるぞ?」
「舐めるなよ……まだ動けるぜ!」
言うや否や、プルートは大剣を片手で振り回す。予想外の動きに我輩は柄にもなく、後ろに大きく下がってしまった。
プルートはその間に体勢を立て直し、我輩に大剣を向ける。
「今度は寸止めしねえ……殺すつもりでやってやる」
「クハハハ。面白いな」
我輩はその場から動かず、プルートが来るのを待つ。
その間に、魔法を行使する。
これでようやく、面白くなる。
「うおおおおおおお! 行くぞぉおおおお!」
雄叫びを上げてプルートは我輩に突撃した。
上段に構えた大剣を我輩の頭上目がけて振り下ろす!
まさに一撃必殺の攻撃だった――
「ふむ。まあ及第点だな」
我輩の頬が緩む。久しぶりに骨のある人間を見れて気分がいい。
「……ははっ。どうなってんだ?」
もはや笑うしかないらしいプルート。
それはそうだろう。我輩の木の棒に大剣が防がれたのだから。
左手で木の棒を横にして、大剣の上段切りを防ぐ。
言葉にしてみると、不可能に思えるが、木の棒を魔法で強化すれば容易いことだった。
「さて。少し痛いと思うが、ルールはルールだからな」
我輩は右手で拳を作り、呆れて笑うプルートに言う。
「もう少し訓練すれば、強くなれるだろうよ」
プルートの顔目がけて、思いっきり殴る。
手加減はしたものの、プルートは後方に吹き飛んでしまった。
そのまま動かなくなる。しかし最後まで大剣を握ったままだった――
「参った。俺の負けだ」
数時間後、教会の寝台で寝ていたプルートが起きると、我輩に向かって頭を下げた。
「頭を下げるな。お前はよくやった」
「しかしますます分からない。あんた何者だ?」
プルートの言葉にマルクも頷いた。
「まさかプルートが負けるとは思わなかったぜ。村一番の剣の使い手なのに」
「世界は広いのだ。ゆめそのことを忘れるな」
我輩の言葉に「そうだな。そのとおりだ」と頷くプルート。
怪我の手当で回復魔法を行使していたティアが「では、ククアさんは仲間になるんですか?」と恐る恐る訊ねる。
「ああ。ククアがそれで良いなら、是非仲間になってほしい」
「うん? 頭でも打ったのか? 先ほどは反対していただろう?」
プルートは「あんたが何者でも良いと思ってな」と苦笑しながら言う。
「少しでも魔王討伐の可能性があるのなら、手を貸してもらいたいんだ」
「まあ我輩には異存はない。共に戦おうではないか」
改めてよろしくとばかりにプルートは手を差し出す。
我輩はその手を握った。
「やっぱククア凄かったなあ。俺の言うとおりだったろ?」
「……遺憾だがそのとおりだな」
マルクが調子に乗ってプルートの背中を叩く。
「今日は遅いから、明日の朝ぐらいに城に行こう! 俺も勇者かあ……」
我輩は何気なく「どうしてお前は勇者になりたいのだ?」とマルクに訊ねた。
マルクはきょとんとしたが、すぐに答えた。
「そりゃ、勇者になって魔王を倒せば有名になれるし褒美で金持ちになれるからな」
「なるほど。分かりやすいな」
「……なんだ。笑ったりしないのか?」
マルクが不思議そうな顔をする。
「みんな理由を聞いたら笑ったり呆れられたりするけど」
「確かに立派とは言えんが、お前の野望なのだろう? それこそ人間らしい」
「ふうん。そういうものか」
「それに二人が何も言わず、お前に従っているのを見れば、他にも理由がありそうだな」
我輩の指摘にティアだけがびくりと反応した。
マルクは「他に理由なんてねえけどな」とさりげなく言った。
「それで、どうしてククアは勇者になりたいんだ?」
「勇者になるのが目的ではない。魔王を倒すのが目的だ」
「へえ。それはどうして?」
我輩は端的に答えた。
「ムカつくからだ。それ以外に理由はない」
我輩の答えにマルクはよく分からないという顔をした。
ティアは明らかに我輩を変人みたいに見ている。
プルートは早まってしまったと頭を抑えた。
「ムカつく……よく分からないけど、復讐ってことか?」
「そんな大層なものではない」
「まあいろいろあるよな」
マルクは我輩の肩に手を置いた。
「これからよろしく頼むぜ、ククア」
「……ああ、こちらこそ頼む」
こうしてマルクたちの仲間になった我輩。
明日には大魔王が勇者になるのか。
まったく、勇者セインが生きていたらなんと言うのだろうな……
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