第12話大魔王、依頼される

 謁見の間を出ると、衛兵に案内されて、我輩たちは別室に入った。

 そこは宰相の私室らしい。城のいたるところにあった悪趣味な装飾品と違って、落ち着いたデザインの家具が置かれていた。一見、庶民には地味に思われるが、相当金がかかっているのは分かる。


「……まさか、あの状況をクリアできるとは。少々君たちを見くびっていたようだ」


 先に部屋の中に居て、椅子に座っていた宰相のレノールは苦笑しながら、我輩たちに向けて拍手をした。周りに控えている衛兵や文官も同じくした。一様に我輩を畏れているのは表情から見てとれた。


「イレディアから魔物を追い払った件といい、先ほどのやりとりといい、君は何者なんだ?」

「ふん。試験は終わったと思ったら、今度は面接か?」


 我輩の挑発的な物言いに「ククア、無礼だぞ」とプルートが小声で言った。

 奴の治療をしているティアも我輩の言動に引いているようだ。

 しかしマルクだけは気にする様子も無く、宰相から出された菓子を美味そうに食べている。


「人間は好奇心の生き物でね。君のことが知りたいんだ」

「普段はやらないような試験をするほど、気になるのか?」


 我輩の指摘にぴくりと眉を動かすレノール。

 それに対して真っ先に反応したのは、マルクだった。


「はあ? 普段はやらない? じゃあ俺たちは特別だったのか?」

「あんな奇襲紛いの試験を合格できる者などいない。それに衛兵も怪我をする恐れもある」


 するとプルートが「説明してくれますか?」と丁重に訊ねる。

 内心はどう思っているか不明だが、推測するに戸惑いがあったのだろう。


「……まったく。君には敵わないな」


 軽く笑って、レノールは菓子を一口食べた。

 それから「先ほども言ったが、オーウルから君のことを聞いていた」と白状した。


「百を超える魔物と戦っただけではなく、金剛魔王の側近、マードリックを倒したほどの青年。初め聞いたときは、オーウルが話を盛っていると思っていた。しかしまさか事実だとは……」


 プルートとティアは我輩を凝視していたが、マルクだけは「すっげえ! ククアすげえなあ!」と賞賛していた。


「クハハハ。事実は確認できたな? それでは勇者として認めてもらえるか?」

「認めるのはやぶさかではないが……実は問題がある」

「なんだ問題とは」


 レノールは「恥ずかしい話だが、今の帝国を牛耳っているのは、皇太后様だ」と言う。


「今の皇帝陛下は皇太后様の言いなりになっているのだ」

「それは勇者制度に何か関係あるのか?」

「勇者を認定するのは、皇帝陛下の認可がなければいけないのだが、皇太后様に貢物を渡さぬと……」


 なるほど。我輩が以前居た世界でもよくあることだった。愚かしいことに人間は自分の父母に弱い。無論、強い場合もあるがな。


「なあなあ、プルート。どうして皇太后様に貢物を渡さないといけないんだ?」

「……後で説明してやるから、黙っていろ」


 マルクが疑問に思うのは当然だな。我輩も理解に苦しむ。自分の意のままにならぬ者は処刑するべきだ。そうすることで、王権が確立されるのだ。我輩の配下であった魔族は聞き分けの良い者しか居らんから統治は楽だった。よくよく考えれば褒めてやっても良かった。


「はっきりと言え、レノール。我輩たちに何をしてもらいたいのかを」


 我輩は目の前の机に足を乗せて、威圧的にレノールに訊ねた。

 周りの衛兵が我輩に槍を構える――


「おい、ククア! 少しは礼儀正しくしろよ!」

「生憎だが、我輩はそんなものを知らん」


 プルートが怒鳴るのを余所に、我輩はレノールに再度問う。


「皇太后に貢物を渡せば良いのか、それとも――皇太后を殺せばいいのか?」

「ば、馬鹿なことを!」


 焦るプルートと殺気立つ衛兵。

 ふむ。宰相は皇太后を煙たがっているが、下の者はそうではないらしい。

 理由は分からんが一定の敬意はあるようだ。


「どちらでもない。君たちには――皇帝陛下の気概を取り戻してほしいのだ」

「……よく分からん。詳しく説明しろ」


 レノールは衛兵に「槍を下げなさい」と命じた後、説明し出した。


「陛下は今年で十六歳になられる。在位して二年が経つ。初めは先帝陛下の意志を継いで、国政を動かしていたのだが……皇太后様の介入が多くなり、やる気を無くされた」

「…………」

「陛下が皇太后様に強気で接してくだされば、この国の体制は変わるかもしれない」


 ここで注意しておきたいのは、宰相のレノールの立場である。

 皇太后に実権を握られている現状は、皇帝を補佐する職務を全うできないのと同じだ。

 先ほどから聞こえの良いことばかり言っているが、どうもきな臭い気がする。


 我輩がそう考えるのは、レノールが具体的に皇太后の失策や悪政を述べていないところである。貢物――まあ賄賂を受け取るのは悪いことと庶民は思うだろうが、高貴なる者のご機嫌伺いはどの国でも行なわれていることである。


 視点を変えて考えると、宰相であるレノールが一方的に皇太后を邪魔に思っている可能性がないわけではない。国政を担う役目を皇太后から奪われてしまっているのは、奴にとって耐えがたいことだろう。


 穿った見方をすれば、我輩たちに皇太后の悪印象を吹き込んで、それを皇帝に吹き込ませるのが、レノールの狙いかもしれない。ま、今の我輩では奴の心を読むことはできぬから、はっきりしたことは分からぬがな。


 だから我輩にしては慎重な答えを述べようとした。曖昧に言葉を濁して、一度退き、マルクたちに警告するべきだと考えた。人間を利用するのは大魔王としてよくやっていたが、利用されるのは好ましくない。


「分かりました! 俺たちが何とかしますよ!」


 我輩がレノールに言おうとしたとき、マルクがそう言ってしまった。

 慌ててプルートが「おい馬鹿! 何言ってんだよ馬鹿!」と制した。


「だって、宰相様困っているし……」

「そういう問題じゃない! 明らかに俺たちの手に余るだろ!」


 プルートの言葉にティアも「私たちでは無理だと思います……」と呟いた。


「その、いくらククアさんが強くても……」

「大丈夫だって! 俺に考えがあるから!」


 ほう。考えがあるのか。

 それは面白いと思った。


「なるほど。その考えに乗るのも一興だな」


 我輩の言葉にプルートが呆れた声で「お前まで何言っているんだよ……」と頭を抱えた。


「こいつの考えは、いつも最悪の斜め下を行くんだよ!」

「それはますます面白い。気に入った」

「はあああ!? ククア、お前正気か!?」


 まあこの場で答えを出さんと解放してくれないだろう。

 我輩一人なら何とかなるが、三人は切り抜けられないのは確実だった。


「快く承諾……とは言えないが、受けてくれて嬉しいよ」


 レノールはにっこりと笑って我輩たちに告げる。


「今日はここまでにしよう。城で一泊するかい? それとも帰るかな?」

「一度帰ることにしよう。他の者も良いな?」


 マルクは城に泊まりたいと駄々をこねたが、プルートの説教で古びた教会へ帰ることにした。

 さて。マルクの考えを聞く前に、我輩の考えを言わなければ。






「ええええ!? 宰相様、俺たちのこと騙していたのかよ!?」

「確定ではない。ただそういう考えもあるということだ」


 古びた教会にて、我輩たちは食事を取っていた。

 マルクは机に食べ物を飛ばしながら「ショックだなあ……」と喚いた。


「宰相様、いい人だと思ったのに」

「あんな試験をさせて、勇者にしてくれなかったのに、どうして善人だと思うんだよ」


 プルートの問いにマルクはあっさりと答えた。


「だってお菓子くれたし」

「……子供か! なんだその理由は!」

「お、落ち着いてください、プルートさん!」


 プルートが思わず大剣を振り回そうとするのをティアがなんとか抑えた。

 我輩は「ところでお前の考えとはなんだ?」とマルクに問う。


「さぞかし名案が浮かんだと見えるが」

「えっと。皇帝陛下と仲良くなれば、勇者に認定されるかもだろ?」


 ふむ。まあ間違ってはいない。

 皇太后ではなく、皇帝にその権限があるとしたら、手っ取り早いだろう。


「だから、皇帝陛下と遊んで仲良くなれば、解決できると思って」

「……意味が分からない」


 プルートがぼそりと呟く。

 奴の理解を超えてしまったようだ。


「遊ぶってどういう意味だよ?」

「えっと外ぶらついたり、カードで遊んだりとか?」

「ほほう。周りを衛兵で守られている陛下を外に連れ出したり、庶民が遊ぶようなカードでもてなすって言っているのか?」

「なんだよー。分かっているじゃないか。だったら聞くなよ」


 マルクがけらけらと笑って馬鹿にしたことを言った瞬間、ぶちりとプルートの何かが切れた音がした。


「……この馬鹿、どうしてくれようか」

「お、落ち着いてください!」

「なあなあ。ククアはどう思う?」


 我輩はしばし考えて「まあ一理ないわけでもないな」と言う。

 プルートは「馬鹿が二人になった……」ともはや怒る気力がないみたいだ。


「あのなあ! どうやって! 陛下を外に! 連れ出すんだよ!」

「そうだよなあ。そこが問題なんだよな」

「ほらやっぱり! だから言っただろう!? こいつは最悪の斜め下の考え方するって!」


 喚き散らすプルートを見つつ「まあ落ち着け」と我輩は言った。


「皇帝を外に連れ出すことぐらいはできる」

「……はあ? どうやって?」

「分かった! 宰相様に頼むんだな!」


 マルクが嬉しそうに言うが「そうではない」と否定した。


「少し出かけてくる。朝には戻る」

「どこへ行くんですか?」


 ティアがおどおどしながら言う。

 我輩は「朝になったら分かる」とだけ告げて、その場から去った。


 教会から出た我輩は、クランクラウン城へと向かう。

 無論、皇帝を攫うためだ。

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