第7話大魔王、街を出る

 我輩は今、庁舎の一室で衛兵に囲まれていた。身体中に鎖が巻かれ、手には手錠がかけられている。過剰な対応だが、二百余りの魔物や魔王の側近を追い払った『人間』に対しては妥当だと思われる。


 こんな拘束など引きちぎることは可能だが、そうなるともっと強力な拘束をされるか分からん。それに抵抗などしてはますます面倒になる。だから不本意ではあるが、街の者に従っているのだ。


 大魔王たる我輩にこのような無礼は不敬であり、決して許せないがおとなしくしているのは、ひとえにルーネとサラのためである。もしも暴れたりしたら我輩と一緒に暮らしていた二人に何らかの責が与えられる可能性があった。加えて街の者を傷つけたらルーネはきっと悲しむだろう。


 大魔王ネーロともあろうものが、丸くなってしまったものだ。もはや恩義を返したと言えるのに、どうしてもあの親子を気遣ってしまう。理由は分からぬが、悪逆非道であった我輩の心に慈悲なるものが芽生えたのか? そう考えると不愉快であり――少しだけ笑える。


「すまない。待たせて申し訳ない」


 拘束されてからしばらく経って、後ろの扉から市議会議長のオーウルが入ってきた。

 そして我輩の正面に置かれた椅子に座る。


「申し訳ないと思うなら、拘束を解いてもらえるか?」

「それはできない。君には感謝しているし、こうした状況に置くことに謝罪したい気持ちだが、私のような脆弱な人間が相対するにはこれしかないのだ」


 要は怖いから拘束している――暗にそう言っているのだ。


「さて。本題に入ろう――君は何者だ?」


 話の早い者は仕事のできる男だ。回りくどい言い方をせず、端的に物を言う。素晴らしい姿勢だった。しかしそれに対して正直に言うほど素直な我輩ではなかった。


「人間だ。名をククアという。それ以外の記憶はない」

「……では、魔物や魔王の側近を追い払った力に心当たりはないのか?」

「あるにはあるが、ここで言ったところで我輩の立場が改善されるものではない。よって黙秘する」


 衛兵の一人が思わず剣に手をかけるが、オーウルが手で制した。


「黙秘、か。ではその力を人間に向けることはないのか?」

「ないことはない。我輩の怒りを買えば向けるだろう」

「ということは、魔物たちは君の怒りを買ったわけだ。その理由は?」


 我輩は「街を汚し、世話した花を燃やし、恩義あるルーネに不当な暴力を振るったからだ」と答えた。


「我輩はお前も知っているように、街の美化活動をしていたからな。自分の仕事が台無しにされたら怒るだろう?」

「一理ある。では同じことを人間がしたら、君はどうする?」

「報いを受けさせる。ただそれだけだ」


 衛兵たちの間に緊張を感じた。

 オーウルは内心はどうだか分からないが、外見は平静を装っていた。


「ではこの状況は君の怒りを買っていると言えるのかな?」

「この程度では買わん。この状況が数千年続くとなれば、話は別だが」

「気の長いことを言う。では、私が君に一番に訊きたいことを言おう」


 オーウルはあっさりと我輩に告げた。


「この街を出て行ってくれ――そう命じたら君は従うかな? それとも怒りを買うかな?」




 我輩は街を出て行くことにした。施政者としてオーウルの考えはよく分かる。我輩のような強大な力を持つ者が街に居れば、危ういだろうと感じるのは自然なことだ。

 ならば我輩を高い給金で雇い、街の守護者にするという考えも出なくはないが、それよりもリスクのほうを取ったのだろう。これもまた施政者らしい。


「意外だな。君は素直に従うような性格とは思えなかったのだが」


 拘束を解かれている我輩にオーウルは少し訝しげに言った。


「まあな。お前が命がけでなければ聞く気にはならなかった」

「ほう。既にお見通しだったのか」

「当たり前だ。恐怖こそ隠していたが、覚悟は示していた」


 最後に我輩はオーウルにルーネとサラのことを頼んだ。


「あの親子のことを気にかけてやってくれ。それから美化活動の給金を上げてやってほしい」

「ああ。それは任せてくれ」

「その親子は善人だ。我輩とは違う」


 拘束を解かれて自由になったところでオーウルは「君は街の救世主だ」とはっきりと言った。


「だが同時に災厄となりそうな危ういところがある」

「よく分かるな」

「そうでなければ市議会議長なんて務まらないさ。それで、君はどこへ行く?」


 我輩は「アテなどない」とはっきり言った。


「質問をしてもいいか? 魔王が居る限り、この街は何度も襲われるのか?」

「……かもしれない。そうさせないために私や衛兵が居るが」

「では、魔王を倒せば――街は襲われないのか? ルーネたちは無事で居られるのか?」


 我輩の問いにオーウルは「可能性はある」とだけ答えた。


「君はもしかして、魔王を討伐するのか?」

「少しムカついたからな。街を壊されて詫びがないのも気に食わん」


 オーウルはじっと我輩を見つめた。そして「少しだけ待ってくれ」と言い残して部屋から出た。

 そして手に羊皮紙の巻物を持って戻ってきた。


「それはなんだ?」

「推薦状だ。まず帝都に行きなさい。そして勇者になるんだ」


 大魔王である我輩が、勇者か……


「勇者制度を利用すれば支援が受けられる。君の力をもってすれば、もしかすると……」

「なるほどな。ありがたく頂戴する」


 我輩はオーウルから推薦状を受け取った。


「それでは、我輩は街から出て行く」

「……あの親子に、何か言い残すことはないかい?」


 オーウルは善意で言ってくれたんだろう。

 しかし我輩は首を横に振った。


「そんなものなどない」

「…………」

「あの親子には感謝しかないが……我輩が言えることなど何も無いのだ」


 庁舎を出て街の外門へと向かう。その際も衛兵に囲まれていた。

 街の住人は壊れた家屋や怪我の手当をしているが、我輩を見ると全員手を止めた。

 畏れの目で見ていることが分かった。怖がっているのだ。

 しかし住人たちは我輩の後について来る。次第に多くなっていくが、何故ついて来るのか理解できなかった。


 外門近くまで来たとき、人だかりの中から「待って! ククアくん!」と大声で喚く者が居た。

 見なくても分かる。ルーネだ。


「ククアくん! 行かないで! 一緒に居てほしい!」


 我輩のほうへ駆けていくルーネを衛兵の一人が止めようとする。


「駄目だお嬢ちゃん」

「放して! ククアくん!」


 我輩はルーネの顔を見ずに歩みを進めた。


「私、まだありがとうも言ってない! ごめんなさいも言ってない!」


 ルーネの声が街中に響く。


「助けてくれたのに、ありがとうって言えなかった! 怖がってククアくんを傷つけた! だからごめんなさいもしたいのに!」


 我輩は無視して行こうとしたが、衛兵たちは動かなかった。


「おい。行くぞ――」

「ククアくん!」


 衛兵の手から逃れた――衛兵が手を放したのだろう――ルーネが我輩に近づいて、抱きついた。


「行かないで! お願いだから!」

「…………」

「一緒に暮らそうよ!」


 涙を流しながら我輩に縋りつくルーネに――大魔王である我輩は根負けしてしまった。

 泣く子には敵わん……


「すまんな、ルーネ。我輩は魔王を倒しに行かねばならん」


 ルーネの頭を撫でながら言う。


「ま、魔王?」

「ああ。魔王が居る限り、街は安全とは言えぬからな」

「そ、そんな……魔王に勝てるわけが……」


 我輩はルーネに「我輩を見くびるな」と笑ってやった。


「魔王を倒したら、また一緒に暮らしてやる」

「ほ、本当……?」

「我輩は嘘など言わん」


 我輩は「必ずまた会おう」と約束した。


「案外、あっさりと倒してしまうかもしれんぞ」

「……うん。ククアくんならできそうな気がする」


 涙を拭ってルーネは笑った。

 まるで我輩と一緒に世話した花のように輝く笑顔だった。


「待ってるね! 私、ずっと待ってる!」


 最後に我輩はルーネの頭を撫でて「またな」と言う。

 そしてそのまま外門へと向かった。


「気を使わせてしまったな」


 衛兵たちにそう告げると「……俺たちじゃ街を守れなかった」と一人が言う。


「だから、感謝しているんだ」

「…………」


 我輩の後ろから声がした。


「街を救ってくれてありがとう!」

「必ず戻って来るんだぞ!」


 まったく。お人よしにも程がある。

 我輩のような化け物を見送るなど……


 こうして我輩は街を出て、帝都に向かう。

 この世界でやるべきことなどないが。

 それでも魔王にムカついたので――倒すことにした。

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