第6話大魔王、大暴れする

 我輩の肉体は人間である。しかし魔力は魂に備わる物だ。大魔王である我輩の魂は神に匹敵ほどのエネルギーがあり、全力を出せば国一つどころか大陸そのものを滅ぼせるだろう。しかし前述したとおり肉体が人間という脆弱なものなので全力は出せない、いや、出せば肉体は耐え切れないのだ。ゆえにある程度の制御は必要とする。

 だが、逆に言えば人間の器に収まる範囲であれば――際限なく力を発揮できるのだ。


「ば、化け物……! な、なんなんだ、お前は!」


 残り一匹となった魔物が信じられないという顔をして怯えている。


「く、ククアくんが、こんなに強いなんて……」


 ルーネは呆然として我輩の見える範囲で隠れている。


「クハハハ。どうした? まだ戦えるであろう?」


 四匹の魔物は既に見るも無惨な死体と化している。ま、この程度のレベルなら睨むだけで消滅できるのだが、やはり人間の身では瞬殺程度が限界か。

 残り一匹となった魔物に我輩は近づいた――


「ひいい!? 来るな、来るなあ!」

「何を怯えている? 魔物ならばさっさと起き上がって戦って負けて死ね」


 勇者セインと無謀な戦いをした我が配下の魔物を見習うべきだ。奴らはたとえ負けを認めても戦うことをやめなかった。


「わ、悪かった! 頼むから見逃して――」

「今、この場に居る魔物の数は?」


 我輩の問いに「二百だ!」とひれ伏しながら答える魔物。


「指揮している者は魔族か?」

「あ、ああ! そうだ! 七大魔王の一人、金剛魔王の側近、マードリック様だ!」

「ほう。側近レベルが来ているのか。なるほど、先ほどから強い魔力を感じるな」


 街の外から悪意が篭もっている魔力を感知できた。


「た、頼む! ここまで言ったのだから、助けて――」

「お前は、そう命乞いをする人間を助けたことがあるのか?」


 我輩の問いに魔物は「ちくしょう!」と叫んで逃げようとする――素早く我輩は回りこんで魔物の脚を蹴り砕いた。


「ぎゃあああああああああああああ!」

「知らんのか? ――大魔王からは逃げられない」


 我輩は魔力を込めた炎で――魔物を滅却した。灰すら残さず、一瞬で消してやる。


「ふむ。ではその側近を殺せば魔物は退くだろう。道中の魔物もついでに殺しておくか……わらわら集まられても面倒だしな」


 我輩は腰を抜かしているルーネのほうに向かって歩く。

 彼女は怯えていた――我輩に。


「立てるか?」


 手を差し出すとルーネは「……ククアくんは、何者なの?」と問う。

 怯えながらも真実を知りたがっている目だった。

 あるいは我輩を信じたいのかもしれん。


「我輩は――別の世界の大魔王だ」


 そう答えるがいまいちルーネは理解できなかったようだ。


「大魔王って……い、今、街を襲っている魔物とは、関係ないの?」

「ああ。むしろ怒りを覚えている。せっかく綺麗にした街を汚し、花を燃やし、そして恩義あるお前を――傷つけた」


 我輩は差し出した手を引っ込めた。


「お前はここでおとなしくしてろ。ここらに居る魔物を全て殺して安全を確保してやる。サラも必ず連れてくる」


 そう言い残して、ルーネが何か言う前に、我輩は近くの家の屋根に飛び乗って、その上を駆ける。


 我輩は途中、魔物に追われている親子を助けたり、魔物と戦っている衛兵を助けたりした。一様に何者だという目をされたがまあいいだろう。どうせこの街には居られまい。我輩に家を提供してくれたルーネにあそこまで怯えられたら同居も拒絶されるのは確実だった。


 ルーネの家の前に着くと、なんとサラが一匹の魔物に襲われそうになっていた。

 下卑た笑い声の魔物にサラは覚悟を決めて目を閉じていた――


「愚か者! 諦めるでないわ!」


 我輩は爪でサラに襲いかかろうとした獣の魔物の背に思いっきり飛び乗った。背骨を折られて呻く魔物。驚いて目を開けるサラ。


「く、ククア、くん?」

「助けに来た。我輩の背に乗れ。ルーネの元に向かうぞ」


 何がなんだか分からぬ様子だったサラだが、頷いて我輩の背に乗った。

 そして家々の屋根を飛び移りつつ――サラは悲鳴を上げたが気にしないことにした――ルーネが避難している場所まで一直線に向かった。

 多くの避難民が居る中、ルーネは肉屋のベックと一緒に居た。目の前に着地すると二人とも目を丸くした。ざわめく他の住人。


「ルーネ。サラを助けてやったぞ」

「――っ!? お母さん!」


 サラを背から下ろすと、二人は抱き合った。


「良かった! 無事だったんだね!」

「ええ! ククアくんが助けてくれたのよ……」


 その言葉に複雑そうな顔をするルーネ。


「さてと。我輩は襲撃の指揮をしている魔族を殺しに行く」

「ま、待て! いくらなんでも危険過ぎる!」


 肉屋のベックが止めようとするが「安心しろ」と我輩は笑った。


「魔王の側近だかなんだか知らんが、我輩に敵うはずがない」


 我輩は柄にもなく人間にこう言ってしまった。


「ベック。二人を頼んだぞ」


 ベックの返事もルーネの言葉も聞かずに我輩は駆け出した。

 目指すはマードリックとやらだ。




 街の外には大勢の魔物が居た。全部で百匹か。街中で減らしたと思ったが、案外居るものだな。


「へっへっへ。たった一人で出てきたぞ?」

「なんだこいつ。かなり白いぞ?」


 魔物が我輩を見て笑っている。

 そして一匹の魔物が近づく――全身が岩でできている。かなり大柄だ。


「お前、逃げられると――」


 我輩はその魔物の顎に拳を食らわせて――吹き飛んだ。その頭を掴んで地面に叩きつける。

 どよめく魔物共に我輩は言う。


「マードリックとやらに話がある。だが案内は不要だ。邪魔する奴は――全て滅ぼす」


 そう言って我輩は大魔王の固有能力である『畏怖の蛇眼』を発動させた。

 我輩が見た者は我が威圧感を鋭敏に感じとることができ――弱き者は恐怖に支配される。勇者セインと仲間たちにも行なったのだが、奴らは強き者だったので効果がなかった。

 魔物共は恐慌状態となり、次々と逃げていく。

 ふん。拍子抜けとはこのことだ。こんなことなら初めから使えば良かったが、そうすると街の住人も卒倒してしまうからな。面倒なことだ。


「……なかなかの強者だな」


 そう言って逃げ惑う魔物から出てきたのは、鎧姿の魔族――マードリックだった。

 両手で幅の広い大剣を持っている。畏怖の蛇眼が効かぬのは相当な実力者だな。


「金剛魔王様、一の側近であるマードリックだ。貴様、何者だ?」


 兜も被っていて表情がまったく見えぬ。おそらく亜人の魔族だと思うのだが……


「ククアだ。今はそう名乗っている」

「ふむ。街の住人でもっとも強い魔力を感じる。つまり貴様を倒せば街は落ちたも同然だな」


 そう言って油断無く剣を構えるマードリック。


「いざ、尋常に勝負だ」

「良かろう。かかって来い」


 マードリックは重心を前に傾けて――我輩に突貫した。

 愚鈍な風貌と相反して、かなりの速さで我輩を貫かんとする、予想外の威力と速度に我輩は避けることはできずに――両手で剣を挟んだ。


「ぐおおお!?」


 マードリックはさぞかし驚いたに違いない。一撃必殺であろう奴の奥義がただの人間に見える我輩に止められたのだ。おそらく初めての経験だったのだろう。奴から驚きの声が上がった。

 しかし我輩も鈍っていたのか、かなりの距離を後退するはめになった。地面に抉るような跡が二本付く。


「貴様、一体――」

「魔王の側近と言えども、この程度か」


 我輩は挟んだ剣を折って――マードリックの鎧の中心目がけて正拳突きを放った。バキバキと音を立てて鎧は砕け――奴は吹き飛んだ。

 我輩は鈍い痛みを感じた。右手が折れている。砕けていると言っても良かった。無理をしてしまったようだ。


「ば、馬鹿な。この俺が……」


 ふむ。まだ息があるようだ。

 我輩はマードリックに近づいて、足蹴しながら言う。


「見逃してやる。二度とこの街に近づくな。良いな?」

「な、なに!?」

「さっさと魔物共に命じろ……」


 ここで畏怖の蛇眼を最大限に使った。

 一生、我輩に恐怖しているがいい。


「ひ、退け! 全軍撤退だ!」


 マードリックはほとんど悲鳴に近い声で叫び、逃げ去っていった。


 ふう。これで街の脅威は去ったが……我輩はもうここにはいられまい。

 しかし何故かそれでも良いと思っていた。

 久々に大暴れしたからか?

 まったくもって不明な爽快感だけが我輩の心に残っていた――

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