第5話大魔王、怒る

 今日も今日とて、路上に落ちているゴミを拾う大魔王の我輩。しかし気のせいか落ちているゴミの量が少なくなっている。ひょっとしてルーネがゴミ拾いを始めたから、住民が落とさぬように気を配っているのかもしれん。

 ちらりと横目でルーネを見る。口笛を吹きながら花壇の花に水を遣っていた。貰った給金で自身や母親がより多くの飯を食えるようになったので、機嫌が良いのだろう。それに以前はあまり世話をしていなかった花々も美しく生長しているのも嬉しいのだと推測できた。


「ルーネ。今日はこのくらいでいいだろう。庁舎に行って給金を貰いに行くぞ」

「うん! 貰ったらパン屋さんでパンを買おう! お母さんに頼まれてたから!」


 パンか。あれはふかふかしていて美味しいな。

 我輩たちの美化活動は贔屓目で見てもかなり評価されている。給金がもう少し上がれば良いのだが、そこはオーウルと交渉だな。

 庁舎に向かうと、何やら職員どもが右往左往している。傍目から見ても慌てているのが見て分かった。


「どうしたんだろう?」

「知らん。興味もない」


 そう言っていつもの受付に行くと誰も居らんかった。というより誰も対応しない。

 ふむ。このままでは給金が貰えず、パンも買えぬな。

 仕方がないので、女の職員を捕まえて「何があった?」と訊ねる。


「そ、それが、隣の村が魔王の軍勢に襲われてしまったの……」

「ええ!? 魔王の!?」


 大声を出したルーネが慌てて自分の口を押さえる。

 職員は「大丈夫。街には衛兵もいるから」と安心させるようにルーネの頭を撫でた。


「それじゃ、私忙しいから」


 そう言い残して、職員は足早に去っていった。


「ど、どうしよう……」

「急いで帰るぞ。どうやらこの街にも迫りつつあるらしい」


 我輩はルーネの手首を掴んで、庁舎を後にした。


「ねえ、ククアくん。魔王が……魔物が街に来るの?」

「なんだ。分からなかったのか?」

「職員さんはそんなこと一言も言ってなかったよ?」


 我輩は足を止めてルーネの目を覗いた。

 不安、恐怖。それらが入り混じっていた。本来なら人間のその目は大好きなのだが、何故か心躍らなかった。


「隣の村が襲われただけならあそこまで慌ただしくならん。それにあの女は『街に衛兵がいる』と言った。つまり、攻め込まれる前提で話していた」


 ルーネの顔色が真っ青になる。


「それに我輩が魔王ならこのタイミングで街に攻め込むだろうな」

「……どうして?」

「対策を練られないようにだ。それに村を落として魔物の士気も上がっているだろう……ここで一気呵成に攻めぬ理由がない」


 魔王ごときの軍勢など取るに足らんと思っていたが、なかなかやるようだ。


「は、早く、街の人に知らせないと!」


 ルーネが走り出す――分かっていたので掴んだ手首を放さなかった。


「ククアくん!?」

「今ここで住人たちに知らせてみろ。パニックになるぞ?」

「で、でも――」

「ここは急いでサラに知らせたほうがいい」


 命を落としてしまうかもしれない重大な危機を目の当たりにした人間は、何をしでかすのか分からん。だからこういう場合は目先を変える必要があった。


「お前はまだ子どもだ。こういうときは大人の意見を聞け」

「そ、そうだね! 急いで帰ろう!」


 我輩とルーネは駆け出した。家は庁舎からかなり離れている。我輩一人なら速いがルーネも一緒となると遅い。

 率直に言えば、我輩はこのとき街から退去する算段を企てていた。魔王の軍勢如き、どうとでもなるが戦う理由がない。この街を守る理由もない。だからこの街を捨ててしまうことを視野に入れていた。


 しかし問題は――ルーネを見捨てて良いのかということだけだった。

 今まで世話になった恩義を返しきれたとは言えんしな。仕事を提供したが、そもそも我輩がいなければ仕事をする必要などなかった。


 だからルーネとサラをなんとか説得して、この街から安全な場所へ退避させる必要があった。第一候補としては帝都なのだが、土地と家が買えるかどうか微妙だ。しかしそもそも街を愛する二人は街を見捨てられるのか? 命の危険が迫れば言うことを聞くだろうが、はたしてそれまでに魔物が来ないとは言い切れない。


 走りながらいろいろ考えていたが、不意に空から魔力反応がした――ルーネを庇うように道端に伏せた。

 魔法が我輩たちから近い場所に直撃した。幸い、誰にも直接当たらなかったが、飛び散った破片で傷つく者が居た。

 しかもよりによって街の目抜き通りの付近だった。あっという間に住人たちはパニックになる。


「な、なんだあ!? 空から魔法が!」

「見ろ! 魔物が空に! 空に!」


 見上げると空には鳥型の魔物が数匹居た。残忍な笑みを浮かべて我輩たちを見下している。


「きゃああああああ!」

「魔物だ! 逃げろ!」


 ううむ。まず街の中心でパニックを起こし、外に出てきたところを討ち取るつもりだな。よく考えている。

 しかし、困ったことにルーネの家は街の外側にある。厄介だな。


「ルーネ、怪我はないか?」


 我輩が庇ったので、怪我などないはずだが。


「だ、大丈夫……って、ククアくん、肩に!」


 うん? ああ、肩から血が出ているな。どうせ破片でもかすったのだろう。


「気にするな。そんなことより、家に帰るぞ。サラと合流しなければ」

「でも……」

「怪我など唾でもつければ治る。それよりも背中に乗れ。そっちのほうが速い」


 ルーネは泣きそうな顔で、我輩の背に乗った。


「よし。しっかり掴まれよ!」


 我輩は猛スピードで走り出す。逃げ惑う住人を避けつつ、最速最短で家まで向かった。




 家の付近は魔法によって燃やされていた。ま、火攻めは基本だな。


「お母さん! お母さんはどこ!?」


 背中で泣いているルーネ。もしかすると避難しているかもしれんが、家で隠れている可能性もある。

 我輩は家の方向へ足を進めた――


「げぎゃっぎゃ! こんなところにまだ人間が居たぜ!」


 面倒なことに亜人型の魔物が数体目の前に現れた。肌が紫色、髪は無く、目がいやらしいほど鋭い。

 我輩はルーネを下ろした――恐怖で震えている。


「さてと。誰が殺る?」

「俺に譲れよ!」


 下衆な相談をしている――我輩もやった経験があるが、されるほうは不愉快だな。


「ああ! 花が!」


 ルーネが我輩から離れる――見ると花が火で燃やされていた。

 くそ! 勝手に離れおって――


「おっとお嬢ちゃん。どこに行くのかな?」


 魔物の一人がルーネの前に立ちふさがった。にやにやと笑っている。


「あ、ああああ……」

「少しおとなしく――してろ!」


 ルーネに思いっきり平手を食らわす魔物。


「きゃああああ!」


 悲鳴を上げて倒れるルーネ。魔物たちが一斉に笑った。

 それから魔物一人が唾を地面に吐き捨てて言う。


「その女から殺してしまえ! そっちのほうが楽しめそう――」


 その魔物が最後まで言えなかった。

 いや、言わせるつもりはなかった。

 我輩は素早くその魔物に近づき――腹部を思いっきりぶん殴った。


「ごべ!?」


 魔物は腹を抑えてうずくまる。


「て、てめえ、何をしやがる!?」


 魔物が我輩を取り囲む。


「お前ら、どうして街を襲った?」

「はあ!? 魔王様の命令だからだよ!」

「個人的な理由はないのか……」


 我輩はぽきぽきと指を鳴らした。


「我輩には三つ理由がある。一つは街を穢れた唾で汚したこと。一つは今まで世話してきた花を燃やされたこと。そしてもう一つは――」


 堪え性がないのか、我輩の口上を聞く前に一匹の魔物が剣を抜いて斬りかかってきた。

 その剣を――我輩はほとんど動かずに避けた。


「なっ――」

「……我輩の恩義ある者が不当な暴力を振るわれたことだ。よってお前たちを――処断する」


 我輩は人間ではできない跳躍で飛び上がって包囲から抜け、ルーネの傍に寄る。

 信じられないといった目で我輩を見つめるルーネ。


「この場から離れろ。だが我輩の目が届くところには居ろ。良いな?」

「ククアくん……」


 我輩は数匹――全部で五匹か――の魔物と向き合う。

 奴らは我輩を尋常ではない者だと少しずつ分かってきたようだ。

 だが、許さない。

 何故なら――こいつらは我輩を怒らせたからだ。


 我輩は――敢えて微笑んだ。

 そして見得を切る。


「教えてやろう。大魔王の闘争というものを――」

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