第4話大魔王、花に水を遣る
「ククアくん、なるべく根元に水をかけるんだよ! 葉っぱだと枯れちゃうから!」
「こ、こうか? ……なかなか難しいものだな」
我輩はルーネの教えどおり、葉にかからぬように水を遣った。
赤や白、黄色の花は心なしか嬉しそうにしている。
「そう! やっぱりククアくんは頭が良いなあ」
「頭の良さは関係ないがな」
少し声に照れが混じったのは気のせいだろう。
ルーネは自分の
うむ。これで今日の水遣りは終わりだな!
「ククアくん、嬉しそうだね! やっぱり水遣りは楽しいでしょ?」
「……ま、つまらなくはないな」
本音を言えば水遣りが終われば飯が食えるからだが、それこそ言わぬが花だな。
我輩はルーネの分の如雨露を持って、家路へと辿る。
「今日はもう終わったから、文字の勉強をしようか!」
「良いのか? お前は他の友人と遊びたいのではないのか?」
「大丈夫! フランもリリアも家の手伝いで忙しいらしいから!」
元気良く言って、我輩に笑いかけるルーネ。
ちなみにフランは八百屋の息子でリリアは魚屋の娘だ。あの二人は子どものくせに気が回るから遠慮したのだろう。
「でも、もう少しで文字はマスターできるね。数字もすぐに覚えちゃったし」
「まあな。我輩は人と違って頭の作りが違う」
「あはは。時々そう思うよ!」
クルクルと楽しげに回るルーネ。するとすぐ近くの肉屋の親父が「ルーネ! 元気そうだな!」と話しかける。
「ベックさん、こんにちは!」
「はいこんにちは。お、ククアも一緒か。どうだ? 少しは慣れたか?」
「この街に来て二週間だ。慣れねばおかしかろう」
肉屋のベックは「これ持っていけ」と細切れの肉をルーネに手渡す。
「いつもありがとう!」
「良いんだ。残り物だしな」
ルーネは不思議な少女だ。街の者全てに好かれて、助けられている。
それは魔物から身を挺して街を守ったルーネの父親が原因だろう。
ベックにお礼を言って我輩たちは真っ直ぐルーネの家に帰った。
「ただいまー! お母さん、ベックさんから貰ったよ!」
扉を開けて調理場に居る母のサラに言うルーネ。
サラは笑顔で「あら。良かったわね」とルーネの頭を撫でる。
「ククアくんもご苦労様。すぐにご飯ができるから、手洗いとうがいなさい」
「うん! 行こう、ククアくん!」
我輩たちは手洗いうがいをして、それからテーブルに着いた。
「そういえば、さっき神父様に聞いたんだけど」
「神父? ああ、ソンズか。奴がなんと言っていた?」
そのとき、ルーネの顔が少しだけ曇った。
「魔王の軍勢が、近くの村を襲ったかもしれないって」
「……かもしれないとはどういうことだ?」
ルーネは「村からの定期連絡がないから、よく分からないらしいの」と淋しげに言う。
「……それなら、遅れているだけかもしれん。だから気を落とすな」
「うん……」
はっ。笑ってしまう会話だ。
大魔王である我輩がこんな人間の少女を気遣うなど――
二週間前に我輩はルーネに誘われて、奴が母と二人で住んでいる家で居候をしている。ま、身元が分からぬ者――そう我輩が騙しているのだが――をいつまでも診療所においておくわけにもいくまい。我輩としても渡りに船だったので了承した。
我輩が驚いたのはルーネだけではなく、母のサラも歓迎したということだ。正直、家は大きくなく、暮らし向きもよろしくない経済環境だと即断できるほどの貧しい生活を、二人は強いられているのにも関わらずだ。
「亡き夫が生きていれば、ククアくんを快く受け入れたでしょう」
あまり栄養状態が良くないと思われる、痩せぎすな女サラはそう言って笑った。
はっきり言って、我輩は人間などどうでもいい。路上で人が死にかけても踏むことができるだろう。
しかしだ。恩義には誠意で返さねばならん。それすらできずにただ飯を貪るなど、家畜にも劣る。それにただ飯食らいなど大魔王としての矜持が許さなかった。
だから我輩は街で一番偉い男――市議会議長のオーウルに話をつけた。
何故かおどおどしているルーネを伴って、我輩は庁舎に訪れた。直接会おうとすると衛兵に止められた。我輩としては珍しく懇切丁寧に事情を説明した。我輩とルーネに仕事をくれと。なるべく給金が高くて簡単な仕事がいいと詳細に述べたのにも関わらず、衛兵は大笑いした。
「何を馬鹿なことを! 子どもにできるような簡単な仕事で、高い給金など誰もがやりたがるわ!」
衛兵の言うとおりだった。周りの衛兵も庁舎に居た議員も、働いている職員も、訪れた住人も笑った。
ルーネが俯いて小さな声で帰ろうと言った。
我輩は腸が煮えくり返っていた。笑うだけで我輩とルーネを味方しない大人たちを八つ裂きにしたい気持ちだった。
「おや。何をしているのかね?」
なんと市議会議長のオーウルが偶然にも通りかかったのだ。
我輩はオーウル――柔和そうな老人だ――と話した。自分とルーネに仕事をくれと願い出たのだ。
「ふうむ。私も助けてあげたいのは山々なんだけどね」
オーウルは白い顎ひげを触りながらしばし考え、それから職員たちと何かを話した。
そして我輩たちに向かい直して「こういうのはどうだろうか?」と提案をした。
「街のゴミ拾いや花壇の水遣りをしてくれたら給金をあげよう」
要は街の美化活動をせよと言っているらしい。
ここが落としどころだと判断した我輩は了承した。
帰り道。ルーネに我輩は訊ねた。もし父親の名を出せばもっと良い仕事にありつけたのではないかと。
しかし少女は首を横に振った。
「お父さんの名前を、そういうことに使いたくないの……」
これはルーネなりの矜持かもしれん。そう思った我輩は無理強いすることなかった。
しかし街の美化活動をすることで住人たちがルーネたちを助けやすくなったのは事実だ。
施しではなく助け合い。くだらぬと思ったが、不思議とあのときの大人たちと同じく笑い飛ばすような気にはならなかった――
昼ご飯を食べ終えた我輩たちは、ルーネの部屋で勉強することにした。
「まずおさらいね。世界には大陸がどれだけあるでしょう!」
ルーネの問いに我輩は「五つだ」と答えた。
「正解! イースト、ウエスト、サウス、ノース、セントラルだね!」
現在、我輩が居るのはイーストと呼ばれる大陸らしい。五つの大陸の中で唯一四季があり、そして最も魔王の進攻を受けていない。
「第二問! イーストの政治制度は?」
「帝国主義の貴族政治。頂点は皇帝で貴族たちが各々の領地を治めている。だがこの街――イレディアは例外で議会制度が試験的に導入されている」
「正解だね!」
言ってしまえば実験都市なのだろう。無論、帝国議会はあるが皇帝の意見を是認するだけの機関になっている。
「第三問! 最近、帝都で施行された新しい制度は?」
それはあまり答えたくなかったが、分からないというのも癪だったので、感情を込めずに言う。
「勇者制度――魔王打倒のために、国が支援する制度だ」
「正解だね!」
勇者と聞くと我輩を封印したセインを思い出す。だが不可解なことに憎しみが湧かぬ。数千年我輩を封じ込めた敵であるのに。
「もう完璧だね……次は文字の書き取りだけど、もうだいたい覚えちゃったね」
文字と言えば、どうやらあの偏屈な老人、ミョルニルが推測した『この世界と我輩が居た世界が似ているという可能性』が的中していた。現代の文字は自動翻訳されず、一から覚え直さなければならなかった。
黙々と羊皮紙で書き取りをしていると、ルーネが「ククアくん。もし記憶が戻ったらどうするの?」と訊ねてきた。
何故か天真爛漫なルーネにしては探るような声だった。
「さあな。戻ったときに考えることにする」
「……戻ったら、この街離れちゃうの?」
ああ、なるほど。そういうことか。
「お前は我輩が居なくなると嫌なのか?」
「えっ……ちょ、ちょっと! 恥ずかしいよう……」
何故か顔を真っ赤にするルーネ。どうやら図星らしい。
「ま、我輩が居なくなったら美化活動を一人でやらねばならんからな」
「はへ? ああ、そういう……」
「うん? 何か別の理由があるのか?」
反応がおかしかったので訊ねると「う、ううん! なんでもない!」とさらに顔を赤くした。
「それより、手が止まっているよ!」
「……お前が聞いたからではないか」
訳が分からん。
しかしまあ、こうした穏やかな生活も悪くないだろう。
別に我輩にはやるべきことなどないのだから――
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