第8話大魔王、召喚する
街を出たことでできるようになったことがある。いや、以前よりできたことなのだが、やらずにいた。それはルーネが嫌がるからという単純な理由があり、またその必要性を感じられなかったこともある。
とはいえ、旅の共は一匹ぐらい居ても良いだろうと旅立って二日後に思った。帝都を目指す間や魔王討伐の旅でもこの世界に疎い我輩を手助けする眷属は必要だ。
というわけで我輩は我が眷属である蛇を召喚することにした。あの魔王の側近――名は忘れた――が襲撃する前に街の図書館という施設で目ぼしい蛇を見つけていた。我輩は別の世界の大魔王であるので、もしかすると召喚できぬ場合や失敗する可能性もあるが、まあ試してみるのも悪くないだろう。
すっかり夜が更けた森の中。普通なら必要としないが、地面に魔法陣を描き、我輩の血を中心に足らした。そして念のために丁寧に詠唱をする。
「出でよ我が眷属! 我が血と契約によりしもべとなれ!」
短い詠唱だが無いよりは成功確率が若干高い。
魔法陣から紫煙が吹き出て――そして中央にそいつは現れた。
『ああん? なんで俺様、こんなところに居るんだ?』
蛇語で話すそいつは、光沢のある黒いうろこに腹はれんじ色という禍々しい色彩の大蛇だった。目は黄色と黒目で毒々しさを強調している。
なんとも言えぬ素晴らしい蛇だった。我輩の長い生涯の中でもこれほど立派な蛇は数えるほどしかない。
『……なんだ人間。てめえが呼んだのか?』
シューシューと音を立てながら、蛇は我輩の近くへと寄る。
ふむ。久方ぶりの召喚は成功したようだな。
「お前はこの世界で最も高貴で最も恐ろしいとされる、蛇の王のナーガだな」
『ああ、そうだ……ああん? 俺様の言葉分かるのか?』
「当たり前だ。我輩は蛇を眷属とする大魔王だぞ?」
すると蛇は大口を開けて笑う。
『蛇を眷属とする大魔王? 聞いたことないぞ』
「まあそうだろうな。我輩は別の世界の大魔王なのだから」
『……なんだそりゃ? もしかして誇大妄想か何かか?』
「蛇のくせに難しい言葉をよく知っているな。それでこそ、しもべに相応しい」
しもべという言葉に蛇は不快感を覚えたらしい。威嚇するように我輩に牙を向けた。
『気に入らねえなあ。突然呼び出されたと思ったら、妄想激しいガキがこの俺様をしもべ呼ばわりするなんてよ』
「何が気に入らんと言うのだ? ふむ。ではこうしよう」
我輩はかなりの譲歩を示す。
「我輩の側近にしてやる。だから従え」
『ああん!? てめえ、誰に言ってやがるんだ!』
蛇は我輩に毒であろう液体を噴射する――避けることなく受け止めた。
「ふむ。普通の人間ならば死ぬであろう毒だ。ますます気に入った」
『……は? な、なんで平気なんだ?』
「やはり蛇と言えば毒だな。なかなか基本を心得ている。しかしだ……主に向かって歯向かうのは、良くないな」
我輩に蛇の毒は効かん。それはアカデミに教えられずとも本能で知っていた。
蛇に近づき、こう告げた。
「少し教育してやろう。大魔王の偉大さと逆らうことの無意味さを」
『ほざけ! 人間風情が――』
ほんの少しの『教育』を行なうと蛇はすっかりおとなしくなった。
『へへ。ククアさま。ていうことは、本当に別の世界の大魔王だったんですね』
蛇なりの丁寧な口調で話すので、我輩もそれなりに応じてやった。
「そうだ。忌々しい女神にこの世界へ飛ばされたのだ」
『それは厄介……もとい、酷いことをしますね』
「それでだ。紆余曲折あって魔王を討伐することにしたのだが、しもべが居らんと大魔王として示しがつかんと思ってな。喜べ。名誉あるしもべ第一号にして、側近にしてやろう」
『ありがた迷惑……じゃなかった、ありがたき幸せです……』
我輩は「側近になった記念として、これを下賜しよう」と奥に隠していた大きな鳥の魔物を蛇の目の前に置いた。
『こ、こいつは……ククアさまが仕留めたのですか?』
「無論だ。少々焦げているのは炎の魔法を使ったからだが」
あんぐりと口を開ける蛇に「なんだ。食っても良いのだぞ?」言ってやった。
『は、はい。いただきます……』
「そういえば、お前の名はなんだ?」
今更になったが、名を問うと『メドゥと申します』と答えた。
「メドゥか。良き名だな」
『ありがとうございます……』
「今日はもう休む。お前もそれを食ったら寝ろ」
我輩は横になった。
あ、言い忘れていたことがあったことを思い出す。
「そうそう。逃げてもまた召喚するからな。名を知ったおかげで手元に呼べる。逃げたら『教育』ではなく『お仕置き』を執行する」
『きっしゃあああああああああああああああ!?』
クハハハ、我輩のしもべになれて嬉しいらしく、雄叫びを上げておるわ!
メドゥを首に巻きつけて、我輩は旅を続けた。これは奴からの忠告なのだが、普通の人間は蛇を連れて歩かないらしい。そういえばルーネは蛇を嫌っていたし、街でも見かけたことは無かった。ということで自由自在に大きさを変えられるメドゥが我輩の首に巻きつくことで目立たなくすることにした。
『ククアさま。もうじき帝都に着きますが、勇者制度はどのように利用しますか?』
街道を歩いていると、メドゥが話しかけてきた。
「どのように利用する? 意味が分からん」
『勇者制度は戦いのスタイルによって利用方法は変わります。たとえば戦士でしたら武器や傷薬などを支給されます。魔法使いならば杖や魔法書を支給されるのです』
どうやら我輩よりも世間に明るいらしい。
「そうだな。我輩は戦士でも魔法使いでも構わぬが、一応決めておかぬといかんな」
『ええ。それと勇者制度は最大で四人、最小で二人でないと受けられないらしいです』
「なんだと? ……オーウルめ。そんなこと一言も言ってなかったぞ」
我輩は一人だ。これでは勇者制度を受けられぬ。
『まずは酒場に行きましょう。そこなら腕の立つ人間が居るかもしれません』
「酒場? どうしてだ?」
『酒場は基本、仕事の斡旋をします。中には魔物討伐を専門にする者が居ますので』
「最低限戦えるということだな。でかしたメドゥ」
目前に見えてきた帝都での最初の目的地が決まった。
帝都は高い城壁に囲まれており、あの街よりも防備がしっかりしていた。
門番も錬度が高く油断ならぬ。
「貴様、どこから来た?」
門番に問われたので「イレディアからだ」と答えた。
「イレディア? 最近、魔物に襲撃された……帝都に何の用だ?」
「勇者になりに来た。推薦状もある」
大魔王である我輩が勇者志望とは……我ながら恥ずかしい。
「市議会議長のサインは本物だな。よし通れ。揉め事起こすなよ」
何の疑いも無く、帝都に入ることができた。拍子抜けというか、別に我輩に害意がないのだから当然なのだが、どうもすっきりとしない。だって、我輩は大魔王だぞ?
さっそく酒場を探して、それらしき建物を見つけられたので入る。
中は酒の匂いと酔っ払いの騒がしい声で一杯だった。まだ昼間だと言うのに。酒飲みには時間帯など関係ないのかもしれない。
「いらっしゃい。あら、可愛い子。こんなところに何の用かしら?」
バーカウンターの奥でグラスを磨いている、二十代後半と思われる女が我輩に話しかけてきた。女主人か店員かもしれん。
「実は、勇者制度を一緒に利用してくれる者を探している」
カウンターの席に腰掛けてそう言うと、女は「あら。お酒は飲まないの?」とウインクしてくる。
「生憎、我輩は酒を好まん」
「仲介料取るけどいい?」
仲介料? 金を取るのか。しかし我輩は持ち合わせなどない……
「なあに? お金ないの? じゃあ仕事を請けて、その報酬で募集するしかないけど……その様子だと冒険者ランクも低いというか……ライセンスなさそうね」
冒険者ランク? ライセンス?
『ランクに応じて仕事もらえるのです。ライセンスはその証ですね』
小声かつ蛇語で我輩に耳打ちするメドゥ。
ふむ。それもない……どうしたものか。
「なんだ坊主。おめえ、勇者制度を使おうってのか?」
「そんなひょろひょろで魔王どころか魔物も倒せねえんじゃねえか?」
厄介なことに大男の酔っ払いたちが我輩に絡んできた。
「失せろ。我輩は忙しい」
「はあ? 推薦状もねえような小僧が偉そうな口を叩くなよ」
下卑た笑い声に「推薦状ならある」と我輩は言った。
「……ふん。どうせ貴族のお遊びだろう」
「でもよ。推薦状は高く売れるぜ?」
我輩を囲み出した酔っ払い。
「ちょっと! ここで面倒はやめておくれ!」
「分かっているよロメルダ。おい小僧。ちょっと外出ろ――」
我輩の腕を掴んだ瞬間、後ろから「ちょっと待った!」と歳若い少年の声がした。
振り返るとそこには三人の少年少女が居た。
「一人に対して四人ってのは卑怯だぜ!」
待ったをかけた少年――黒髪に緑の目、あまり上等ではない貧相な装備。我輩と同じくらいの背丈。そんな人間がふんぞり返っている。
「おいおい。面倒事に関わるなよ。これからどうするか考えなきゃいけないんだから……」
その隣に居たのは、背が高くがっちりした体格の茶髪の青年。背中に大剣を背負い、困ったような顔していた。
「ど、どうするんですか!?」
戸惑い怯えているのは金髪の少女――教会のシスターのような服装。垂れ目で背丈のある青年の背に隠れている。
「なんだてめえらは!」
「よくぞ聞いてくれたな!」
少年は見得を切った。
「俺の名はマルク! 魔王を倒す者だ!」
そう言って胸を張った少年――マルク。
しかし全員、口上がそれだけ……? と思った。
「ははは! なんだこいつ面白え! 面白いから……半殺しで済ませてやるぜ!」
酔っ払いが三人、マルクとやらに迫る。
「よし。プルート、一緒に戦おうぜ!」
「……お前と居ると本当に面倒だよな」
プルートと呼ばれた青年は大剣を抜いた。
少女は物陰に隠れている。
マルクも片手剣を抜いて一触即発の状況になった――
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