第20話
国立セマンス学院の正門は、麦の穂を模してある。
この学び舎の研究がジルエットを黄金色の草原の国にしたからである。
湿原を灌漑し、農地を作り、黄金色に実る麦を品種改良して産み出したのは、創立当時のセマンス学院特等科の研究室である。この
しかし、それも昔のこと。
社交界の縮図と化した学院に、麦の穂に目を向ける生徒はほとんどいない。
始業前のひととき、それぞれに挨拶を交わしながら教室へと向かう生徒達。
定型の制服はあるものの、そのまま身に纏っている生徒は少ない。
自分の好みにアレンジを施し、センスを競うのが今の流行りなのである。
男子は紺色を基本とした
女子は、
優雅に笑いさざめきながら移動する紳士淑女の中をぬって走る、小柄な人影があった。
目を見開き、眉をひそめる程に短いスカートは膝が見え隠れする長さ。チュールを重ねてふんわりとさせたスカートの下から覗く、ほっそりとした足は繊細なレースのタイツに包まれ、柔らかそうな革靴は、爪先が細く踵の高い、流行りの形。
流れたなびく白い髪にマゼンダの瞳。
ジルエットに現れた聖女ネリアの姿がそこにあった。
ネリアは、キョロキョロと周りを見回し、何かを探すような様子を見せながら小走りに走っている。
しばらくすると、目的のものを見つけたのか、方向を定めて走り出した。
そして、背が高く、金茶の髪をもつ人影に後ろから走り寄り、そのまま勢いよくぶつかっていった。
「きゃあ!」
ドサッ
勢いを殺しつつ、か弱く見えるよう計算された角度で倒れるネリア。
いきなりの衝撃に驚き、振り返ったのはジルエット第一王子ウィリアムだった。
ウィリアムは、倒れた女性を見て思わず息を呑んだ。
噂でしか聞いていなかったが、聖女と呼ばれる娘が白い髪にマゼンダの瞳を持っていると知っていたからである。
正直、ウィリアムはネリアに関わりたくはなかった。
何をもって聖女、竜女神の娘と言われているか不明であったし、国主教育により、竜皇女の婚約者候補という自らの立場を理解していた。
几帳面な性格のウィリアムは、イレギュラーな存在のネリアと距離をおいていたかったのである。
しかしながら、自分にぶつかり、地に伏している女性をそのままにしておくわけにはいかない。一瞬考えたウィリアムは、側近の一人を呼んだ。
「ヒース、彼女を医務室へ。」
「はっ。」
短く答えた側近の一人ヒースは、王都の近くに領地をもつ侯爵の次男。将来の
そつなくネリアを助け起こし、ウィリアムに話しかける隙を作らずに方向転換させた。医務室に向かいながらこちらを振り返り、視線を合わそうとするネリアを視界から外す。
「後ろからの気配に気づけなかったのは残念だったね、ガイ?」
「申し訳ありません、殿下。」
もう一人の側近に声を掛けながら、ウィリアムは教室に向かった。
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