一攫千金!? もののけローグライク!!

４話 弾が無ければ殴れば良いじゃない

　着ぐるみのフードを被り直して、未来が現れた茂みの奥を眺める。

　相手は鹿のもののけ、黒夜叉。

　兵子から特徴は聞いたが、実際に見た事が無いので、どう立ち回れば良いのか分からない。

「取りあえず、出会い頭に撃つのはどうだろうか」

「うん、絶対に避けられるね」

「鹿ってそんなに速いのか？」

　それを聞いた未来がフフッと笑った。

「鹿の最高時速は70kmだよ」

「ななじゅう！？」

「体重も平均で80kg前後はあるから、米俵が高速で突っ込んで来ると思えば良いよ」

「例えが分かり難い！」

「まあ、実際の米俵は60kg位だけどね」

　何故米俵の重さを知って居るのかは、聞かないでおこう。

　それにしても、最高速度に関しては、完全に予想外だった。その速度でタックルなどされたら、人間などひとたまりも無いだろう。

「正面で待つのは愚行な気がするな……」

「それ以前に、正面から来るとは限らないけどね」

　全く持ってその通りである。

「どこから来るか分からない状況で、時速70kmとか……絶対に避けられないだろ」

「林は入り組んでいるから、出せて30～40km位だと思うけどね」

「それは、どれ位の速さなんだ？」

「一般人の自転車全速力かな」

「成程、どちらにしろ無理……と」

　それに加えて、相手は高速で方向転換もして来るだろう。

　野性の動物って、本当に怖い生き物なんだな。

「とにかく、殺るしかない」

　覚悟を決めて正面を向く。

　一分程経っただろうか。正面の茂みからガサガサと音を立てて、何かがゆっくりと近付いて来る。

　急に速度を上げて来る可能性もあるので、息を止めて静かに銃を構える。

(……！？)

　しかし、俺達が待って居たもののけは、ガサリと草の音をならした後、正面から堂々と現れた。

(マジか……)

　フードの内側からもののけを捉えて、ゴクリと息を飲む。

　赤黒い毛皮に紅色の瞳。全長は１メートル程で、体重も80㎏以上はあるだろう。

　そして、普通の鹿と明らかに違うのは、角。

　頭の中央に一本。長さは30㎝程だが、研ぎ澄まされた日本刀の様な形を居た。

(これが……もののけか)

　ゴクリと息を飲む。

　野生の動物は何度か見た事があるのだが、ここまで威圧感を持つ動物に出会ったのは初めてだ。

　これは……先に動いた方が殺られる。

「一狼！　チャンスだよ！！」

　未来さん！？

「黒夜叉が止まってる！　速く撃って！」

　黒夜叉を指差しながら慌てて叫ぶ。

　彼女には危機感と言うものが無いのか？

(しかし！)

　未来の言う通り、これはチャンスだ。

　銃を瞳の前に構えて、標準を素早く黒夜叉の首元に合わせる。

　そして、引き金を引こうとした次の瞬間だった。

『ギィィィィ！！！！』

　黒夜叉の咆哮。

　甲高い音が林を駆け巡り、周囲の草花をガサガサと揺らす。

　その余りにも強い波動に、未来はペタンと座り込んでしまった。

「い、一狼……」

　もう形振りを構っている暇は無い。直ぐに銃を構え直して、黒夜叉に向けて引き金を引こうとする。

　しかし。

「……あれ？」

　弾が出ない。

　と、言うより、着ぐるみの指がフカフカし過ぎていて、引き金を引き切る事が出来なかった。

「う、撃てない！」

「一狼！」

　間髪入れずに突進して来る黒夜叉。俺は大きく右に飛んで、何とか突進を回避した。

「あ、危なかった……」

「もう！　何で撃たないの！」

「着ぐるみのせいで、指に力が入らないんだよ！」

　それを聞いた瞬間、未来の顔が青ざめる。

「切り札が一瞬でただの棒になった……」

「そう言うのは良いから！　とりあえず兵子さんの所まで走れ！」

　その叫びを聞いて、未来が走り出す。

　未来に視線を向ける黒夜叉。

　俺は直ぐに起き上がり、腹の底から思い切り叫んだ。

「ガアアアア！！」

　熊の鳴き真似。

　余談ではあるが、俺は熊の鳴き声を知らない。

「……い、一狼が壊れた」

　兵子の横に辿り着いた未来が呟く。

　黒夜叉が俺に反応したお陰で助かったと言うのに、その言い草は無いだろう。

(とは言えだ……)

　これで、黒夜叉と一対一になった。

　身体能力だけで言えば、圧倒的に黒夜叉の方が上。唯一の武器である銃も、上手く扱えて居ない。

(それでも……殺るしかない！)

　俺は改めて覚悟を決めた。

(引く力が足りないのならば！)

　素早く移動して、木に背を預ける。

　そして、腹に銃を押し込み、左手で銃身を掴む事で、銃を体に完全に固定させた。

「行けぇぇぇぇ！！」

　フカフカの右手で無理やり引き金を引き、銃口から弾丸が放たれる。

　照準は適当だったが、運良く黒夜叉の体目掛けて一直線に飛んで行った。

(殺ったか！？)

　バットフラグ。

　それに気付いた時には、既に遅かった。

「ぴょーん」

　聞こえない筈の擬音。

　しかし、その擬音通りに、黒夜叉は簡単に弾を避けてしまった。

「外した！」

　わざわざ解説してくれる未来。

「一狼！　直ぐに次弾を装填して！」

「そんな物は無い！」

「何で！？」

「何ででしょうね！？」

　俺が一番聞きたいわ。

　とにかく、これで切り札は失われてしまった。

「くそっ！」

　直ぐに立ち上がり、再び狙いを定める振りをする。しかし、黒夜叉は向けられた銃口を前にして、微動だにしない。

「もう威嚇は効かないぞ」

　それを口にしたのは、静観していた兵子。

「言っただろう？　黒夜叉は頭が良いんだ。今までのお前達の会話で、現在の状況は筒抜けだ」

「なん……ですと」

「それに、火具槌の毛皮もダミーだと気付いている。次は間違いなく、一狼君を殺しに来るだろう」

　一定の距離を取り、俺を見つめている黒夜叉。

　その紅色の瞳が、ギラリと光る。

『ギィィィィ！！！！』

　咆哮。

　振動する空気。ザワザワと揺れる木々。

　黒夜叉は頭をゆっくりと降ろすと、角を俺に向けて突進して来た。

「くっ！」

　一度右にフェイントを入れてから、左に思い切り飛ぶ。

　振り下ろされる刀角。

　角は俺の後ろにあった木を簡単に切り裂き、木は音を立ててゆっくりと倒れた。

(食らったら絶対に死ぬ！)

　受け身を取って黒夜叉を見る。黒夜叉は既に体を切り返して、こちらに向かって突進して居た。

(くそっ！)

　臆して一歩後ろに下がる。

　その、後ろに下がった足元。

　偶然踏んでしまったのは、爆発茸。

「ええい！　どうにでもなれ！」

　黒夜叉が首を振り上げた瞬間、茸から足を外す。

　爆発。

　俺は空中に放り出されて、黒夜叉は爆発に巻き込まれてその場に倒れる。

(これは……チャンスだ！)

　宙に浮いたまま、必死に体制を直す。

　しかし、凡人である俺にそんな芸当が出来る筈もなく、持っていた銃も落としてしまった。

「ああ……終わったぁ」

　虚しく響く俺の声。

　手放した銃はクルクルと回り、黒夜叉の上へと飛んで行く。

　しかし、次の瞬間。

『ギリリリィ！！』

　悲鳴。

　何事かと思ったが、とにかく受け身を取らなければならないと思い、体を丸めて地面へと落ちる。

　少しの静寂。

　ゆっくりと起き上がって黒夜叉を見ると、信じられない光景がそこにあった。

「これは……」

　首の上に落ちた銃を軸にして、必死にもがいて居る黒夜叉。何故かは分からないが、その場から動けなくなってしまった様だ。

「一狼君」

　兵子の声。

　振り向くと、兵子が腰に付けていたナイフを差し出して来た。

「黒夜叉の弱点は前足の付け根だ。一突きで決めてやれ」

　小さく頷き、鞘からナイフを引き抜く。

　微動だにせず、こちらを眺めている黒夜叉。

　その紅瞳に、既に抵抗の色は無かった。

(……うん)

　理由はまだ分からない。

　だけど、これで終わりなのだろう。

「ふっ！」

　ナイフの刃を急所に差し込む。

　最後の咆哮。

　黒夜叉は数秒もがき続けた後、その命を空へと散らした。