3話 思いがけない再会

 茂みの奥から飛び出して来た女子。

 髪は肩まで伸びた紅色で、背は俺より少し低い。服装は兵子と同じで、獣皮のファーに作業服を着ていた。


「もう! 何でこんな事に……!」


 ブツブツと文句を言いながら、ゆっくりとこちらに向く。

 そして、俺と目があった瞬間、思い切り目を見開いて叫んだ。


「火俱槌が霊山でピクニック!?」

「いえ、私は人間です」


 徐に被って居た毛皮を取る。それを見た女子は小さくため息を吐き、その場に座り込んでしまった。


「あービックリしたあ」


 安堵の表情。

 状況から察するに、もののけにでも襲われて居たのだろう。


「でも、何で一般人がこんな所に……」


 言って居る途中で、兵子が居る事に気付く。


「先生!!」

「ふむ、どうやら苦労しているみたいだな」


 女子は嬉しそうに微笑むと、立ち上がって兵子の元へと歩き出した。


「苦労もしますよ! 簡単な訓練だって聞いてたのに! いきなり地形が変わったんですよ!?」

「ああ、それはそこに居る男のせいだ」

「そうなんですか!?」


 女子が恨めしそうにこちらを睨む。知らなかったとはいえ、地形を変えたのは俺だったので、何も言えなかった。


「それで、彼は一体何者なんですか?」

「桧山一狼。下界で狩り道具を見つけた一般人だ」

「桧山……一狼?」


 名前を聞いた途端、女子が目を丸める。

 改めて良く見ると、俺もこの女子には見覚えがあった。


「もしかして、あの一狼!?」


 ああ、そうだ。

 彼女の名前は姫神未来(ひめかみみらい)。

 俺にこのゲーム機をくれた幼馴染だ。


「何で一狼がここに居るの!?」

「兵子さんが説明しただろ?」

「そうだけど! まさか本当に狩り道具を拾ったの!?」

「ああ、これだよ」


 手に持って居た銃を差し出す。

 未来は素早い動作でその銃をぶん取ったが、何故か直ぐに地面に落としてしまった。


「本物だ!」

「落として分かる物なのか?」

「分かる物なのです!」

「え、マジで?」


 良くは分からないが、やはりこの銃は普通の銃では無いらしい。

 それよりも、今は未来の事だ。


「未来、会うのは何年ぶりかな」

「ええと、小学四年生の春に転向したから、六年ぶりだね」


 指を折って数えた後、静かに微笑む。

 お世辞では無く、未来は本当に綺麗になったと思う。あの頃はいつも泥だらけで、見た目は男と見間違われる程だったのに。


「一狼は雰囲気が変わったね」

「そうかな?」

「うん。あの頃は熊の毛皮とか着て居なかったし」

「そりゃね」


 そう言って、お互いに笑う。

 久しぶりの再会だと言うのに、昔と変わらない雰囲気で話す事が出来る。これが、幼馴染と言うものなのだろう。


「未来はこの街に引っ越して居たのか」

「街って言うか村だけどね。元々もののけに携わって居た家系だから、時期が来てここに転校して来たの」

「それは、未来も狩人って事なのか?」

「一応ね。でも、どちらかと言えば、私は技術者寄りかなあ」


 それを聞いて首を傾げる。

 もののけが住む山に入るのは、狩人だけでは無いと言う事か?


「でも、一狼がもののけの狩人になるなんて、思っても見なかったなあ」

「なりたくてなった訳では無いさ」

「それはそうか」

「それよりも、慌てて藪から飛び出して来たけど、何かあったのか?」


 それを言うと、未来が再び慌て始める。


「そうだった! 私もののけに襲われてるんだった!」

「そうなのか」

「うん! もう少しでここに来ちゃうんだけど……もう大丈夫かな。先生も居るし」


 コロコロと変わる表情。忙しない所も、昔と全く変わらない。


「そう言う事なので……先生! 助けて下さい!」

「却下だ」

「何で!?」

「未来君が連れて来たもののけだから、未来君が狩らなければ、授業にならないだろう」

「それは、そうですけど……」


 未来が困った表情を見せる。

 改めて未来の事を眺めると、彼女は腰に小さなナイフを一本ぶら下げているだけで、本格的な狩猟道具を持って居なかった。


「未来、良かったら俺の銃を使うか?」

「残念だけど、それは無理なんだ」

「無理?」

「うん、もののけ専用の武器は、選ばれた人間しか使えないの」


 そう言えば、兵子もそんな事を言って居たな。

 そうなると、俺が未来の為に出来る事は、一つだけだ。


「兵子さん」

「何だ?」

「地形が変わったのは俺のせいですし、俺が未来を助けるのは、問題無いですよね」

「それは構わないが、一狼君はその銃の使い方が分かるのか?」


 その問いに対して、ニヤリと笑う。


「全く分かりません」

「だろうな」

「何で使い方が分からないのに、俺が選ばれたんでしょうね?」

「さあな。銃に聞け」


 聞けるものなら聞きたいが、残念ながら銃は話す事が出来ない。

 ……いや、もののけを狩る特殊な銃だから、もしかして話せるのか?


「これって、成章(なりあきら)だよね?」


 そんな事を考えて居たら、未来がゆっくりと近付いて来る。


「単発式のボルトアクションライフル。弾は……専用の弾しか使えない。スコープも付いて居ないし、それ以前に、銃身に付いて居るこのレールが特殊で……」


 足元に落ちている銃を眺めながら、念仏のように唱える。俺には銃の知識が無いので、何を言って居るのかさっぱりだった。


「結論から言わせて貰えば、これはとてもスタンダードな成章です」

「成程、全く分からん」

「古い型の銃だから、図書館に行けば幾つか資料があるかもだけど……」

「とにかく、撃つ事は出来るんだよな?」

「うん。でも、一発だけだよ?」


 例え一発であろうと、撃てるのならば問題無い。


「それじゃあ、狩るか」

「狩るかって……相手は黒夜叉だよ?」

「くろやしゃ?」

「うん」


 名前を言われても分からないので、兵子に視線を送って説明を求める。


「黒夜叉。特徴を簡単に言えば、人間並みの知識を持っている黒色の鹿だ」

「成程、それはとても危険ですね」

「そうでも無いさ。今はまだ昼だからな」


 昼だろうが夜だろうが、野生の鹿は十分に危険だと思うのだが。


「黒夜叉の急所は、前足の付け根やや後ろだ。首や頭に銃弾を当てても、撃退くらいは出来るだろう」

「言葉だけなら簡単ですけど、俺は射撃素人なので狙えませんよ?」

「まあ、そうだろうな」


 それだけ言って、兵子が黙る。これ以上は自分で考えて何とかしろと言う事か。


(まあ、やるしかないか……)


 やれやれとため息を吐き、落ちている銃を手に取る。

 武骨な見た目に反して、妙に軽い銃。川縁で拾った時はそれなりに重量を感じたのに、それが感じられないのは、俺がこの銃の適合者になったからだろうか。


「一狼……」


 未来が不安そうな視線を向けて来る。


「大丈夫。頑張って狩るから」

「頑張って狩れる相手じゃ無いんだけど」

「その時は大人しく死ぬ」

「生きようよ!?」

「それじゃあ、生きる」


 そう言って、ニコリと微笑む。

 貧乏な家庭に生まれた俺は、他の人間の様に、金を使って遊ぶ事が出来なかった。

 そんな俺に、彼女はゲーム機をくれた。

 そして、そのゲーム機は、金を使って遊べない俺にとって、何よりの娯楽となった。

 だからこそ、今からその恩を返す事にしよう。

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