2話 試されるゲーム脳

 兵子に支給された服を着て、霊山の入り口へと戻る。

 やがて、校舎の中から現れる兵子。

 その姿は、先程まで着て居たパンツスーツとは違い、本格的な狩りをする為の衣装だった。


「霊山を登るのであれば、これくらいは装備しないとな」


 獣の皮で作られたファーに、厚手の茶色い作業服。腰には万能ベルトが巻かれていて、ナイフが何本も刺さっている。

 それに比べて、今俺が着て居る服と来たら……


「ふむ、一狼君も良く似合って居るぞ」


 俺が着て居る服。

 茶色い熊の着ぐるみ。


「雑すぎませんかね!?」

「いや、最適解だ」

「最適解!?」


 頭に被っていたフードを外す。


「幾ら何でもそれは無いでしょう!」

「そんな事は無いさ。それは火倶槌の毛皮で作られた物だ。一階層のもののけであれば、余程の事が無い限り、一狼君に近付く事すらしないだろう」

「か、かぐつち?」

「ああ、もののけの名前だ」


 日本の神話に、そう言う名前の神が居たような気がする。そこから考えると、この毛皮はかなり強いもののけの毛皮なのだろう。


(しかしだ……)


 熊の着ぐるみを着て、手には謎の銃が一丁。

 こんな姿で一般の登山者に出会ったら、間違いなく通報されるだろう。


「それでは、行くか」


 そんな事を考えて居た俺を無視して、兵子が霊山に向けて歩き出す。俺は遅れると危険だと思い、早足で兵子の事を追い掛けた。

 二人で同時に霊山に入ると、景色が再び林へと変わる。


「一狼君、見たまえ」


 言われるままに林の先を見る。

 すると、前回と同じ場所から入山した筈なのに、風景がガラリと変わっていた。


「霊山で誰かが殺されると、その階層の地形が変化するんだ」


 そう言った後、兵子が悪そうに笑う。


「実は今、一狼君の同級生が山で訓練をして居てな。突然地形が変わってしまって、さぞや混乱して居る事だろう」

「そう言う事は先に言いましょう!?」

「なに、あいつ等は君とは違って、小さい頃からもののけに携わって居た者達だ。混乱こそするだろうが、自力で帰って来られるさ」


 はははと笑った後、兵子が近くの切り株に座る。

 そして、改めて話を始めた。


「さて、一狼君。君は改めてこの霊山に入った訳だが、今はこの山に対して、どういう印象を持って居る?」

「どうって……」


 少し考えた後、口を開く。


「ローグライクみたいだなと思いました」

「ろーぐらいく?」

「入る度に地形が変わるダンジョンを、攻略して行くゲームです」

「ふむ、私はゲームと言う物に疎くてな。良かったら、そのゲームの内容を詳しく教えてくれないか」


 言われるままに、ゲームの説明を始める。

 初期装備は固定で、ダンジョンから持ち帰って来たアイテムは、次の冒険でも使える事。

 それを繰り返して装備を整えて、更に上の階層を目指すが、途中で殺されてしまうと、アイテムが全て無くなってしまう事。

 そして、次の階層に辿り着くと、再び地形や敵が変わり、難易度が上がる事。

 全ての説明を終えると、兵子がふむと頷いて口を開いた。


「一狼君が取り戻そうとしているゲーム機には、そのソフトが入って居たのか?」

「はい。俺の家は貧乏だったので、暇があればそればかりやって居ました」

「成程……良し。分かった」


 兵子が徐に立ち上がる。


「今からこの探索を、そのローグライクだと思え」

「……はい?」

「話を聞いた限り、この霊山はそのゲームそのものだ。だから、その知識を活かして攻略するんだ」

「兵子さん、ゲームと現実は違います」

「ゲームばかりやって居た人間が、私にそれを言うのか?」


 そう言われて、俺は何も言えなくなる。

 実際に、俺は暇さえあれば、ローグライクばかりやって居た。

 それこそ、他の人間がその光景を見れば、ドン引きする程に。


「……分かりました。当てになるかは分かりませんが、やれるだけやってみます」

「ふむ、それでは行こうか」


 小さく頷いた後、兵子が林の奥に視線を送る。

 俺は右手に持って居た銃を前に構えると、兵子が進むのを待つ。

 しかし、兵子は林の奥へと行こうとしなかった。


「……兵子さん? 行かないんですか?」

「ああ、言い忘れて居たが、探索の主導権は一狼君だ。私は後ろから付いて行く」

「丸投げですか!?」

「当たり前だろう。一狼君の道具を取り戻す探索なのだからな」


 私の責任だ、とか言って居たのに、結局探すのは俺自身なのか。

 兵子の物言いに多少の理不尽を感じたが、取り戻したい物は間違いなく俺の私物なので、仕方なくその要求を呑む事にした。


「……それでは、行きます」


 覚悟を決めて兵子の前へと出る。

 さあ、命を賭けたローグライクの始まりだ。


(まずは……)


 ローグライクの基本である、地形の把握。

 林の全体を良く見ると、芝の長い場所と短い場所がある。

 芝の長い場所は罠を見つけるのが困難なので、短い芝の場所を歩く方が、安全性が高いだろう。


(……良し)


 覚悟を決めて、芝の短い場所を歩き始める。

 数十メートル程歩いてみたが、罠らしきものには当たらなかった。


「ふむ、良く見抜いたな」


 兵子が感心した表情を見せる。


「一狼君が今歩いた場所は、もののけや狩人が使っている通路だ。他の道に比べれば比較的安全なので、初心者狩人はこの通路を進むのが定石だ」

「ふっふっふ、やはり正解でしたか」


 ニヤリと笑い、一歩先へと進む。

 その瞬間、柔らかい物を踏んだ感触があった。


「おっと、やってしまったな」

「……はい?」

「一狼君が今踏んだのは、爆発茸だ。足を離した瞬間に爆発する」


 それを聞いて、体から血の気が引いて行く。


「……どうやら俺は、ここまでの様です」

「大丈夫だ。火俱槌の毛皮が守ってくれる」

「成る程。それでは……」

「うむ」


 覚悟を決めて右足を離す。

 足元で小規模な爆発。

 それでも俺の体は宙に浮き、三メートル程先にあった木の幹に叩き付けられた。


「凄く痛い!」

「だろうな」

「でも意外と大丈夫なのが分かった!」

「いや、幾ら火俱槌の毛皮を着て居ても、ダメージが一定量蓄積したら死ぬぞ?」


 その言葉に、思わず苦笑いを見せる。

 要するに、この霊山の中では、防具の耐久力がHPの役割を果たすと言う事か。


「それに、火俱槌の毛皮は高級品だからな。使用不可能になるまで壊したら、当分は奴隷働きだ」

「……十分に気を付けます」


 毛皮に掛った土埃を払い、改めて立ち上がる。

 正直な事を言うと、先程は正解の道を引いて油断していた。次はもっと注意して進む事にしよう。


「ささ! ささささっ!」


 足元の安全を確認しながら、小刻みに前へと進む。

 それに対して、俺の確認した場所を平然と歩いて来る兵子。

 この編成では、後ろを歩いて居た方が、圧倒的に楽な様だ。


「むっ」


 兵子が素早くナイフを抜き、宙を切り裂く。

 何事かと思い振り返ると、俺の頬を霞めて何かが奥の方へと飛んで行った。


「……な、何かありましたか?」

「ああ、もののけが一匹飛び出して来てな。殺した」


 にこりと微笑む兵子。

 俺は苦笑いを見せながら、もののけが霞めた頬をなぞる。

 すると、血こそ流れては居なかったが、皮膚が切れていた。


「リアル!」

「何を当たり前の事を言って居るんだ?」

「さっきゲームだって言いましたよね!?」

「それは考え方の話だ。切られたら切れるに決まって居るだろう」


 当たり前の事を言われてうんざりする。しかし、もう霊山に入ってしまったのだから、適応するしかない。


「もう少しリアル寄りに考えて……」

「何をブツブツ言って居る? 早く前に進め」


 急かされたので、仕方なく前へと進む。

 進む途中で、兵子が殺したもののけの死体が現れる。

 それは、イタチのような形をした、小さな獣だった。


「鎌鼬(かまいたち)。第一階層のみに居る、ポピュラーなもののけだ」

「もの凄く尻尾が鋭いですね」

「うむ、防御力の低い衣装であれば、服の上から切られても死ぬだろうな」


 簡単に死と言う言葉を使われて、少々の恐怖を感じてしまう。


「この山は人間の感情に反応して、それに見合ったもののけや罠を敷いて来る。恐怖に飲み込まれてしまえば、その時点で攻略の難易度は上がるぞ」

「つまり、この状況を楽しみながら進めと?」

「そうだな。だからこそのゲーム感覚だ」


 そんな事出来るか。


「それよりも、前を見ろ」


 兵子に言われて正面を見る。

 すると、数メートル先に、林の開けた広場が現れた。


「大部屋だ。そこまで辿り着けば、一段落出来る」

「そうですか。それはありがたいです」


 ほっと息を付いて、大部屋と呼ばれた場所まで慎重に歩く。

 何とかそこまで辿り着くと、兵子が近くにある切り株に座った。


「良し、一休みしようか」


 それだけ言って、兵子が腰にぶら下げて居た水筒を手に取る。そのまま水を一口飲むと、その水筒を俺に向けて投げてきた。


「一狼君も飲んでおけ。多少なりとも体力が回復するはずだ」


 言われるままに飲もうとしたが、口の前で手を止めた。


「か、間接キス……」

「君は小学生か?」


 それもそうだと思い、黙ってそれを飲む。

 中身は妙に甘い何かで、飲み込んだ瞬間に体が軽くなった気がした。


「薬草を煎じて作った飲み物だ。これで先程のダメージも回復しただろう」

「本当にゲームっぽいですね」

「最初からそう言って居るだろう?」


 それに関しては、先程リアルを感じてしまったので、何とも言えなかった。


「所で兵子さん。この山に長く居ると、お腹が早く減ったりしますか?」

「その通りだが、それもゲームの知識なのか?」


 やはりそうなのか。

 もしかして、日本のローグライクゲームを作った人間は、もののけの狩人だったのかもしれない。


「一狼君の言う通り、霊山では腹の減りが早くなる。それに対応するには、最初から食べ物を持って来るか、もののけを狩って食べるかだな」

「食べるって……もののけって美味いんですか?」

「超美味い」


 それは是非頂いてみたい。


「しかし、当然の様に、もののけも狩人の事を襲って来る。食べたいのであれば、もののけを知り、狩らなければならない」

「そうですよね……」

「なに、慣れればもののけの一匹や二匹、簡単に狩れるようになるさ」


 その言葉に対して苦笑いを返す。

 何故ならば、俺は火俱槌の毛皮が無ければ、既に一回死んで居たからだ。


「まだまだ先は長いなあ……」

「そうでも無いさ。ほら」


 兵子が俺の後ろを指差す。

 何事かと振り返って見ると、そこには見慣れたバックパックが落ちていた。


「ふむ、思ったより近くに落ちていたな」


 落ちて居るバックパックを拾い上げて、中身を確認してみる。

 水筒と弁当は無くなって居たが、ジャージのポケットに入れていたゲーム機は残っていた。


「良かった……」


 ポツリと言った後、バックパックの肩ひもを伸ばして背中に背負う。

 何にせよ、これで目標の物は回収出来た。後は死なずにこの山を降りるだけだ。


「帰りも同じ道を通って大丈夫ですか?」

「ああ、誰かが死なない限り、帰り道も変わる事は無いからな」

「それなら安心……」


 言葉の途中で奥の茂みが音を立てる。

 咄嗟にそちらに視線を向ける俺。

 少し眺めて居ると、茂みの間から女子が飛び出して来た。


「ああ! もう!」


 奥の茂みに怒りの視線を戻して、服に付いた埃を払う女子。

 そのボロボロになった姿を見て、俺は嫌な予感しかしなかった。

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