藤宮カレンは振り向かせたい【完結】

 俺、藤宮龍次郎ふじみやりゅうじろうは不器用な男だ。


 二人の娘への愛情は全て空回りし、良かれと思って行動したことが最悪の結果嫌悪の増幅へと繋がる。


 俺には学歴も金もない。ビジネスだけで成り上がってきた男に、教育や愛情などというものは向いていなかったのだ。


 両親はいない。妻にも、子供たちが幼稚舎に通っている時に逃げられた。兄は早々に家出をし、娘たちは、部屋から全く出てこなくなった。


 ところが、ある日から彼女らに活気が戻った。


 使用人の入れ替えだ。二人の娘は、新たなるパートナーを手に入れた。アリカは望葵を、カレンは|鈴木蓮二を……


「ある時から、何もしないのが正解だと気づいた」


 俺はカレンとまもなく花火が上がるだろう空を見上げながら、そう言った。


「余計なことをする度に、お前たちは苦しむ」


「気づくのが遅すぎるわ」


「……そうだな」


 ここまでひどい仕打ちを受けてもなお、藤宮家の長女はバカ親と目を合わせてくれた。カレンは賢い。そして、根は優しい。


「全く。……蓮二に合わせる顔がない」


 俺は自嘲気味にそう漏らした。心配せずとも、あの男はすぐに駆けつけてくるだろう。


 どんなに時間がかかろうと、泥だらけになったとしても。愛する盟主カレンのために、必ず、ここにやってくる。


 そういう人間だ、鈴木蓮二という男は。


 *


「カレン様ー!!」


 俺は必死に叫んだ。人混みをかき分けて、時に嫌そうな顔をされながらも。


 なりふり構わず、ひたすらにその影を追いかけた。


「おい、危ないじゃねえか」


「すみません!」


 何度も口先だけの謝罪を繰り出しながら、俺は走った。彼女がどんな服装なのかはわからない。


 だが、必ず見つけだして見せる。伊達に七年間カレン様の下僕をやっていない。


「!」


 すると、遂にそれらしき後ろ姿を見つけた。


「よ、よし!」


 俺は小さくガッツポーズをしながら、その影に近づいて行った。胸が高鳴る……。


 しかし、本人らしき人物の隣には、背の高い男性がいた。人違いかなとも思ったが、なりふり構っていられないので、とにかく俺は声を上げた。


「カレン様──」


 刹那。お嬢様よりも先に、こちらを振り向く者がいた。


「おう、馬鹿男。久しぶりだな」


 嫌な予感は的中した。隣にいたお父様が振り向いて、無愛想に俺を呼ぶ。


「お父様……」


「そんな青ざめた顔をするな」


 間違いない。髭が似合う大柄なこの男こそ、藤宮家のボスである《藤宮龍次郎》だ。


 スーツにネクタイをビシッと決めて、いつもは彼の周りに(今はいないが)SPが2,3人待機している。明らかに異彩を放っていた。


「……」


 カレン様はこちらを見たが、すぐに目線を花火に戻した。お父様はゴミを見るような目で俺を見ると、


「娘を借りて悪かったな。花火の最中にも関わらず、自らの主を探すその精神は讃えられるものがある」


「……何故、来られたのです?」


 俺をあざけるのは良い。皮肉った嫌味も慣れた。だが、どうしてあなたが祭りに来ているんだ……!


「《お前にカレンを任せるため》だ。俺も暇では無い。そろそろ帰るとしよう」


「ど、どういう意味です──」


 お父様はこちらを振り返らないまま、歩き始める。その背中は大きかった。


「今夜は美味い酒が飲めそうだ。お前たちのお陰でな」


 そう吐き捨てると、そそくさと帰っていってしまった。俺は困惑しながらも、取り残されたカレン様の元に寄る。


「カレ……」


「待たせて悪かったわね、蓮二」


 こちらと目を合わせずにカレン様はそう言った。その横顔はとても凛々しく、輝いていた。


 改めて彼女を見ると、本当に美しい。宝石のようで、近寄り難いオーラがある。


「大丈夫ですよ」


 胸が高ぶる。家の外でのお嬢様は、巨大財閥である藤宮家を象徴する完全無欠の才女だ。


「……ねぇ。あれって藤宮家の娘さんじゃない?」


「一緒にいる男も中々良いわね!」


「美男美女って感じジャン! ちょっと写メ!!」


 いつの間にか、ガヤガヤと周りがざわつき始めていた。花火そっちのけで盛り上がっているので、


「ちょ、ちょっと!?」


 俺はカレン様の手を引いて、遠くへと走った。白雪のように儚い肌触りが、胸を熱くさせた。


「はァ──ここまで来れば、大丈夫でしょう」


「蓮二って、根性だけはあるわよね」


「褒めてんのか貶してんのかどっちですか」


 彩海と座った木の近くに、腰を下ろした。ここは花火も見えるし、人もいない。


 今も尚、花火は上がり続けていた。しかし、俺の目にはカレン様しか映っていない。


 肩で息をする俺に対して、カレン様は澄ました表情。頭もいいのに身体能力も高いとか、まったく。天は二物を与えるものだ。


「……」


 それにしても夜空は美しい。見渡す限りの黒に、大きな花が咲く。


「花火、綺麗ですね」


「そうね」


 大きさ、形、音、それぞれがそれぞれの色で咲いていた。


「私、花火自体には興味無いのだけれど」


 草むらの上でカレン様は時折髪をかきあげながら、夜空に思いを馳せていた。どんな表情をしていても、やはりカレン様は。


「蓮二。あなたがいるから綺麗なの」


 カレン様は、可愛い……


「ええと、今なんと?」


「馬鹿ね。武士に二言はないわ!」


「答えになってないですよ。使い方も間違ってるし……」


 クスクスと笑うカレン様。それを見て、俺も笑みを浮かべる。


「カレン様──」


 俺は、身を乗り出した。なるべく彼女に近づけるように。


『さーて! いよいよ、最後の花火となります! ここまで祭りを楽しんでくださり、本当にありがとうございました!』


 場内にアナウンスが響く。少し遠くで、町の老若男女が歓声を上げる。


 カラスが鳴く。そよ風で木が揺れる。そして、最後の花火が上がる。


 俺はお嬢様と目を合わせると、白雪のような手を握ってこう言った。


「カレン様。好きです」


 一瞬、時が止まったようだった。血液が脈打って、頭はのぼせそうだ。


 カレン様はまんまるな目で俺を見つめた。


「──蓮二」


 そして、最後の花火は夜空で咲いた。カレン様は俯くと、肩を震わせて顔を赤くした。耳の先まで真っ赤になって、俺の手を更に強く握った。


 こうやって夜空の下で好きな人と一緒にいれるやんて、俺は幸せものだ。


「…………あ、ありがとう」


 虫の鳴くような声で、カレン様はそう呟いた。


 やがて、俺たちは肩を寄せ合って安堵したような表情を浮かべる。


 決して順風満帆では無かった俺の人生だったが、今までの遠く辛い日々は、全てこの瞬間の為にあったのだなと思った。


「……私、蓮二と出会えてよかった。心を開くのに時間はかかったし、ずっと友達もできずに一人ぼっちだったけど。そんな私に構ってくれたのは、貴方だけだった。『好きじゃなくてもいいから付き合って』なんて無理な願いも聞き入れてくれたし、友達作りにも、生徒会の選挙にも協力してくれた。愚痴も沢山聞いてもらったし、話し相手にもなってくれた。数え切れないほど、その……今思えば、どれだけ使用人にお世話になってるのよ。ってね」


 じっと前を向くカレン様の瞳には、うっすらと涙が浮かんでいた。思わず、もらい泣きしそうになる。


「好きな人に『好き』って言って貰えるのって、本当に幸せなことなのね。人生で一番嬉しかった」


 ありがと、と言ってカレン様は微笑んだ。


 満点の笑顔。それは花火よりもずっと素敵だった。だから、俺も言いたい。


「そうですね。恋人の笑顔より輝くものは、世の中にありません」


 遠回しに褒めておいた。そして、俺も笑みを浮かべる。カレン様は、俺の顔をまじまじと見つめた。


「ええと、どういう意味かしら?」


「──このバカお嬢様!」


「なんで!? ごめんなさーい!!」


 冗談ですよ、と言って俺は笑った。


 兎にも角にも、無事告白をすることが出来て良かった。カレン様のとびきりの笑顔も見れた。


 やっぱり想いを伝えることは重要なんだと思う。これは、恋する人だけに許された特権だ。


「蓮二」


 彼女は微笑んだ。


「これからも、よろしくね」


 だから、告白で最も素敵なこととは。


 成功した時、好きな人の笑顔が一番近くで見られるってことだと思う。



《完》

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藤宮カレンは振り向かせたい 若宮 @Wakamita-Hajime

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