花びらを見つけたい

「あっ、二人とも!」


 彩海と屋台の前を歩いていると、メガネを光らせた犬山と、その横で幸せそうにチョコバナナをくわえている伊代さんがいた。


「おぉ。蓮二と……女!」


「名前で呼べや」


 彩海が突っかかる。それを見て、犬山が牙をむき出しにする。


「あぁ!? お前の苗字長すぎんだよ!」


「関係ないだろ。つーか文句ならあたしの親に言え」


 ……そうして再び、彩海と犬山の小競り合いが始まった。俺はそれを見事にスルーすると、


「あの、伊代さん」


うぁんえおうあなんでしょうか?」


 チョコバナナを頬張りながら、彼女は俺の元に寄ってきた。なんとも微笑ましい光景だ。


「彩海の様子がちょっと変だったんだけど、何か心当たりはあるか?」


「気の所為じゃないですかぁ。フツーだと思いますっ」


 たしかに。犬山と取っ組み合いになっているが、もはやそれは恒例行事みたいなものだからな。


「そうか。考えすぎだったかもしれん」


「……なにかあったんですかー?」


 可愛く首を傾げる伊代さんだったが、俺は慌てて手を振った。


「いや、なんでもない」


「そうですかー。あっ、蓮二くん。金魚すくいがありますよー! 伊代の分も取ってください!」


「仕方ないな。良かろう」


 伊代さんの挙動が少しおかしいが、俺は疑問の言葉を口にすることはなく、何食わぬ顔で屋台に向かった。


 カレン様の分も取ってあげるか……いや、子供じゃないんだし、要らないか。


 伊代さんを半分ディスりつつ、俺は少しばかりため息を漏らした。


 *


「もうちょっとで花火ですねー」


「げ、もうこんな時間かよ」


 一通り屋台を回って、しばらくした頃。


 フィナーレの花火まで、あと間もなくという時間になっていた。


 カレン様が来れないのは分かっていた。しかし、誰かを巻き込んでまで祭りに連れてくる必要は無い。


「本当にいいのか?」


「大丈夫。今度は、前もってお父様と話をつけておくよ」


 とは言っても、頭の片隅にはカレン様の事がずっとあった。


 自分に嘘はつけない。でも、理不尽を飲み込んでこそ大人になれるものだと思う。


「でもでもー。伊代、カレン先輩と花火見たかったなー」


「……まったく、能天気だな。小娘」


「犬山、どういうキャラ?」


 三人も寂寥感が否めないが、必死に打ち消していた。まさかこんなに切ない花火になるとは、思ってもいなかった。


 いくら従士と言えど、俺はカレン様と血が繋がっている訳では無い。お父様からしたら、ただの従業員なわけで。


『それでは間もなく、花火が始まりまーす!!』


 何かを得るためには、何かを失わなければならない。俺も仕事を失う覚悟で、カレン様を連れ去ってしまえばよかったのだろうか。


「やべ、もう始まるじゃねぇか」


「犬山先輩。右の奥にある池から花火が上がるんですよ」


「……あっ、あぁ」


「コミュ障すぎんだろお前! あたしには反応するくせに」


「…………ウス」


「帳尻合わせてんじゃねーよ!」


 少しずつ和んできたようでよかった。そうだ。花火は花火。純粋に楽しもう。


『準備が出来たようです! それでは、スタート!』


 テレビ番組みたいなノリで、花火が打ち上げられようとしていた。


 今年は、200発ほど打ち上げるらしい。そんなに多かったら、途中で飽きてしまいそうだな。


 花火が打ち上げられるのを察して、周りにいる人は黙った。みんなで、空を見上げた。


「れ……」


 横から、そんな淡くも切ない声が聞こえた。


 それと同時に、ヒューッと、気の抜けた音とともに花火は上がった。まるで時が止まったようだった。


 そして、今日でいちばん大きな音を立てて、花は大輪を咲かせた。


 雲ひとつない夜に紅一点。最初の一発が終わると、俺は慌てて声の聞こえた方を向いた。


「アリカですわ」


「妹様……」


 そっちかよ。一瞬、期待してしまった──いや、待てよ。アリカ様がいるということは。


「お久しぶりですわね」


「お元気です。かかかかかか、カレン様はどうなりましたか!」


「元気ですわよ。お姉様も祭りにいらしておりますの」


「マジですか!?」


 俺は辺りを見渡した。パッと見、カレン様は見当たらない。


「だけど、どうして? どうやって……」


「そんなことを気にしている暇はありませんのよ、鈴木さん。こうしている間に、どんどん花火が打ち上げられますのよ」


 確かに!! クソ、俺は今夜、カレン様に想いを打ち明けたい!


 恥も計算も捨てた。がむしゃらに彼女を見つけ出すまで走り回ることを決めたのだ。ここは幸い、あまり大きくない公園だ。間に合うか……?


「あっ、鈴木さん。でございますの。だから、貴方が迎えに行ってあげてくださいまし」


「……アリカ様」


 全て知っていたのか。嫌いなはずの、姉の従士を手助けか──


「とにかく、ありがとうございました。この恩は忘れません」


「左様でございますのよ」


 そうして、俺は駆け出した。誰もが空を見上げて感嘆の声を上げている中で、ただ一人だけ、愛する人を探した。

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