この情熱は渡さない

「……キャー!!」


 その声は、俺たちへの合図だった。


「よし、行くぞ!」


「は、はい!」


 俺はみおさんの手を引いて、忙しげに丸山家のドアを開けた。


 合鍵は急いでポケットの中に仕舞い、そして土足のまま階段を駆け上がり、声のする方へと駆けつけた。


 どうやら、カレン様のリサーチ通り、親御さんは居ないようだ。


「キャー、キャー!」


「伊代ちゃん。静かにしなよ。……誰も助けになんて来ないんだから」


「止めてよ!」


「そう言ってるけどさ。嫌じゃないだろ?」


 階段を駆け上がった先にヤツの部屋はあった。


 バン! と勢いよく、俺はそのドアを開けた。


「黙っておけば何にもしな──」


 そこでは、想像以上に状況が進んでいた。


 ベッドの上に彼女を押し倒し、Tシャツの上からおっπを触ろうとしていた丸山。


 そして、それを泣きながら拒否している伊代さんがいた。


 ……よし、こいつは殺そう。


「丸山くん。何をしているんですか?」


「大丈夫、伊代!?」


 丸山は呆然としていた。もう少しでヤれると思った矢先に、二人の男女が部屋に侵入して、それを止められた気持ちは如何なものか。


「うぇ〜ん。怖かった」


「伊代、大丈夫? ──丸山。絶対に許さない!」


 部屋の端っこでは、伊代さんをみおさんが精一杯慰めている。


 丸山は、困惑していた。


「どど、どうして君たちが────」


 ベッドの上から、床に降りた丸山は呆然としていた。


 ズボン越しに伝わる萎えっぽさ。そして、キレている俺と更にブチ切れている澪さんを見て更に縮こまった。情けない。


「いやぁ、伊代さんが教室に忘れ物をしていたそうなんですよ。それで伊代さんの家に行っても居なかったので、そこの女の子──澪さんがコンビニの前でウロウロしていたところを俺が見つけて、丸山家まで一緒に歩いてきたということです。ですが、門前まで来てみれば。……悲鳴がしているではありませんか。年下の女の子に手を出すとは、これはアウトです。通報しますね」


「ちょ、ちょっと待ってくれ!」


「なんですか?」


 ポケットから携帯を取り出す俺を見て、必死に丸山がそれを止めようとする。


「あなたに言い逃れ出来る要素はありません。現に伊代さんの悲鳴がこちらまで聞こえましたし、伊代さんの胸には恐らくですが指紋が付いていますよ。会長として以前に、人としてどうなんですかね。そして私情を持ち込むとすれば─────」


 俺は咳払いをし、怯える丸山の胸ぐらを掴んだ。


「俺の後輩に手を出した罪は重いぞ、丸山」


「……!!」


 後ろに退いた丸山に迫り、俺はヤツの目を睨んだ。


「がはっ──離せ」


「離して下さい、だろうが。それに家の鍵も空いてたぞ。戸締りもろくにせず、後輩を襲ってあわやセックス──なんて甘ったれたこと考えてんじゃねーんだろうな」


 俺は手を離した。丸山はゼーハー言いながら痛む胸を押さえていた。


「ち、違うんだ。これは誤解で……」


「最低、マジで最低! 早く学校にバラしたいんですけど!」


「ぐすん。怖かった」


 澪さんは怒って丸山を睨む。


 伊代さんは泣いていた。嘘泣きをするように俺はお願いをしていたが──


 もしかすれば、本当に彼女は怖かったのかもしれない。


「お、俺は何も──」


「一人称は僕、ではありませんでしたか?」


 俺は再び口調を変え、丸山を問い詰める。


「鈴木……ハメやがったな」


「女の子をハメようとしたのはあなたの方でしょうが。これ以上口答えするなら、ほんとに通報しますよ」


 伊代さんの鼻をすする音が聞こえた。まだ、泣いている。


 女の涙ほど、男に効くものはない。


「……仕方ないですね。本当は、見逃してあげるっていう手もございますよ」


 俺は澪さんたちに聞こえないように丸山の耳に近づき、そっと囁いた。


「俺たちはこのことを黙っておきます。もちろん警察にも学校にも友達にも。──要求は三つ。伊代さんに二度と近づかないこと。今すぐ伊代さんに土下座して詫びること。そして」


 俺はニヤリと笑みを浮かべて、更に口を丸山の耳に近付けると、


「生徒会長の立候補を取り下げることです」


 どうです? と俺は丸山を試すような目で見下す。


 もう成功したも同然だ。警察に突き出しても勝てるし、見逃して示談を狙っても勝てる。


「…………った」


「なんです? ちゃんと喋ってください」


「……わかった」


 この瞬間、丸山は自らの非を認めた形となった。


 俺は安堵したが、厳しい表情を崩さずに、


「わかりました。警察には黙っておきます。──伊代さん、丸山くんが言いたいことがあるそうです」


 泣いていた伊代さんは泣き止み、目を真っ赤にしてゆっくりと丸山へと近づいた。


「なんですか……?」


「今回のこと、本当にすみませんでしたッ!!」


 丸山は、固い床に頭を打ち付けて謝罪した。


「……この通りだ」


「そんなんで許されると思ってるんですか?」


「!」


「そうですよ。後輩に手を出しておいて、随分横柄な」


 ふ、滑稽滑稽。プライドの化身であり負け知らずの男が年下に土下座、か。


 随分と面白い様相だ。カレン様に後で見せておこう。


 パシャッ。俺はこの歴史的な絵面を写真にして残すことに決めた。伊代さんの横で本気でキレている澪さんが、実にいい味を出している。


「わかりました。……もう、私とは関わらないでください。勉強を教えてくれたのは、まぁありがとうございました」


 伊代さんは必要最小限の言葉に留めて、さっさと帰っていった。澪さんも、それに続いた。


「……先輩は帰らないんですか?」


 澪ちゃんは立ち尽くす俺の方を振り返って、そう言った。


 俺は首を横に振ると、酷く青ざめた丸山の顔を指さした。


「同じ男として、色々訊いておきたいことがありまして……」


 すると、丸山は突然笑い始めた。


「あばよ、ヤリマンとヘタレ詐欺ペテン師が」


 よく見ると、彼の手には小型の録音機があった。


「こいつ……まさか」


 丸山はそれを持って窓から飛び下りると、そのまま走り去っていった。


「ま、待て!」


 あいつがこれからやることは、ただ一つ。


 先程の、俺の恐喝まがいの音声データを提出するために、近所の交番に駆け込むことだ。


 盲点だった。まさか、俺たちが来た瞬間に録音を開始していたというのか……!!


「蓮二くん。追いましょう!」


 伊代さんの合図とともに、俺たちは駆け出した。


 足は遅くない俺だが、如何せん差が開きすぎている。


 交番までは後200メートル近く。ギリギリな作戦が、裏目に出たか……!!


 はぁ、はぁ。録音機を破壊するしか、俺が助かる道はない!


「ダメだ……」


 伊代さんたちを置いて、全力疾走した俺だが、もう追いつくことは不可能だった。


 交換条件を持ち出していたことが警察にバレれれば、俺は丸山の道連れとなる。下手をすれば、伊代さんまで……


「クソ、俺の馬鹿野郎が!!」


 そして、交番がうっすらと見えてきた。丸山との差は20メートルほどだったが、もう遅い。


「詰めが甘いんだよ、鈴木くんッ!!」


 丸山がこちらを向いて俺を挑発した。もう、ダメだ。


「──は?」


 と、その時。


「ああああああああぁぁぁ!!」


 突然、丸山が何者かに蹴られて、その場に倒れた。


 交差点から現れた人間によって。丸山は、そのまま地面にうずくまっていた。


「な、何が起こったんだ!?」


 そして、後ろから、伊代さんと澪ちゃんが追いついてきた。


「ど、どうして!?」


 驚きの声を上げる伊代さん。そうして、丸山を仕留めた人間は真顔で頷いた。


「ごきげんよう、丸山くん。私は、の藤宮カレンです」


 そこでは、完璧才女の情熱が、メガネをバキバキに折られた負け犬を見下ろしていた。


 

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