勘解由小路はかく締めたい

 蓮二とその他大勢による、丸山潰しから一週間が経った。


 結局、警察による捜査は行われなかった。斉川伊代と丸山英二の間での示談が成立し、事件は終幕を迎えた。……と思われていたのだが。


 それだけでは終わらなかった。


 この事件が学校中で噂されるようになると、それに続いて今までに丸山から性犯罪を受けた女子生徒が次々と彼を告発。


 もはや生徒会長はおろか、学校での居場所もなくなり、彼はどこかの離島へと引っ越していった。


 全く勝ち目のなかった選挙戦で、スピーチが行われる数日前に対抗馬を棄権させるとは。末恐ろしい話だ……


「よっしゃあ! 蓮二の勝利を祝って、乾杯!!」


「俺じゃねぇよ」


 犬山の号令と共に、祝勝会は始まった。


 あたし、勘解由小路かでのこうじ彩海あやみは藤宮家にお邪魔している。


 カレンと、蓮二、伊代、澪、犬山、そしてあたしと、その他大勢の丸山アンチを招いて、大規模な祝勝会を開いていた。


 藤宮家専属のシェフから、豪勢な料理を振る舞ってもらった。舌が肥えるほどに絶味なものばかりだった


「いやー! 遂に勝っちゃいましたね、カレンせんぱーい!」


 もちろん、選挙は藤宮カレンの信任投票となり、賛成多数で彼女は秀英高校の生徒会長となった


「嬉しい限りだわ。みんなの協力が無ければ、ここまでは来れなかったもの」


「いえいえ〜」


「今じゃ、校内でもカレンフィーバーが巻き起こってるぐらいだからな」


「そうですよー!」


 ストローをチューチュー吸いながら、あたしたちは思い出話に花を咲かせていた。


 今回はイカサマVSイカサマだったということもあり、みんなの表情は晴れないのではないかと心配していたが。


「あの丸山をぶっ潰してくれただけでも、マジでありがたいです!」


「いやーほんとほんと。あなたたちには頭が上がりません。藤宮さんのファンになりました!」


「あいつ実質死んだのと一緒だよな! テンション爆アゲ↑↑↑」


 ……どうやら、心配無さそうだ。


「伊代ちゃんも大丈夫だった?」


「大丈夫です。ご心配ありがとうございます!」


「カレン様は性被害者の皆様も救ったということですね。下僕として、非常に鼻が高い」


 蓮二は他人事のように頷いている。表舞台に出る気は無いようだ。


 そうして、しばらく丸山の悪口で盛り上がったあと、他の生徒たちは帰宅し残るはあたしたち六人となった。


「悪を持って、巨悪を制したってわけか……でも、それって結構大事なことかもな」


 あたしは、リップクリームを塗ってから、そんなことを呟いた。


 実は、一部を除く大多数の人間が、蓮二が丸山をハメたということを知らない。あくまで、丸山が自分の判断で伊代を襲った──ということになっている。


「まぁ、あの状態で異性を襲うのは理解に苦しむ部分が大きいですがね」


「ほんとよ」


 蓮二と犬山が、小さく頷いていた。


 今回わかったのは、伊代が意外にも狡猾でクレバーであるということだ。


 丸山の姓攻撃を最小限に留めつつ、しっかりと胸に証拠を残す。


 自分がもしその状況に陥ったとして、同じことが出来るだろうか。少なくとも、あたしにはできない。


「私たちはその時、ビラを配っていたわね。万が一のことがあると困るから、交番付近で待機していたのだけれど……大当たりだったわ」


「いや、そんなこと思いつかないって」


 あたし普通に帰ったし。


「となると、ここで何も知らされていなかったのは犬山のみ、か」


「知らない方が幸せなこともあんだろ。つーか俺は蓮二にしか話しかけないからな」


「え、もしかしてお前コミュ障なの?」


 クラスは同じだが、全く話したことのないメガネを見て、あたしは少し煽ってみた。


「……」


「マジか」


 目の前のファンタを一気飲みして、あたしは瞬きをした。


「黙るくらいなら、なんか質問でもしなよ」


「なんで勘解由小路さんはそんなに陽キャって感じなのに文芸部に入ってるんですかねすげーきになります僕」


「早口だし長いし敬語!! オタクのルールブックなのかお前は!?」


 ダンス部と兼部なんだけど、大した理由はない。暇なのは嫌だし、時間が余ってくだらない事で悩むようになってしまうのはゴメンだからだ。


「ま、乙女の秘密ってことで」


「なんだこいつ!! 質問させたのはテメーの方だろーが!」


「答えるとは言ってないじゃん。アホかお前」


「あ? クソビッチ殺すぞオラ」


「アァー!? ビッチちゃうわ!!」


「あの〜」


 場が盛り上がってきた時、申し訳なさそうに手を上げる者がいた。


「澪っち、どうしたの?」


 伊代が不思議そうな顔をした。一方、元氷の女王アイス・クイーンことカレンは、知らない人間の登場に先から黙りっぱなしだった。


「ふじ、藤宮カレン先輩って……その、会長になったら何がしたいとか、そういうのはあるんですか?」


 蓮二が顎に指を添えた。そして、カレンの耳がピクっと揺れた。


 なるほど、これは的確な質問だ。古枝澪という女は、既に未来を見据えていたのか。


「………」


「ここで喋られないのがお嬢様クオリティ」


 おっと。コミュ障がまた一人。


 藤宮家の令嬢は、目を閉じたまま口を開かない。


「もしかして、何も考えていなかったのですか? それは次期会長として、如何なものかと──」


 その時、お嬢の眉がピクリと動いた。


「勘違いしないで頂戴。ビジョンなら勿論あるわ」


 藤宮カレンは立ち上がった。


「基本的な方針としては、『民主主義の徹底』よ。まず、指名権を最大活用して、生徒会のメンバーは全員を優秀な人間で固める。勉強だけでなく、要領の良さや、コミュニケーション能力、論理的思考力など全てを加味した選考をするわ。それと、もっと一般生徒が学校運営に意見できるように、秀英高校生徒会のWebサイトを開設。そこで広く意見を募る。生徒会は生徒の代表に過ぎないものだから……あと、今までは生徒会歳費を役員が着服している事例が目立ったから、余ったお金などは全てその年のうちに学校に還元するわ。具体的に言うと、破損した道具の補填や、設備の拡充ね。これに加えて、学校行事の迅速な運営。これらを行えば、もっと生活が充実すると思うの」


 ……なるほど。全てが合理的だ。ひょっとしたら、丸山にスピーチで真っ向勝負をしても勝てていたかもしれない。


 藤宮カレンの演説に、澪は肩をすくめた。


「でも、カレンせんぱーい」


「!?」


 KYの登場である。あたしの後輩こと斉川伊代が、予想外のタイミングで会話に割り込んできた。


「伊代、今までそうやって言ってる人沢山見てきたんですけど〜。だいたい例年と同じ感じで終わっちゃうんですよねー」


 ごもっともな意見だった。確かに、『改革』と叫んだのは良いものの、実際には大したことをせずに人気を終えるパターンが多い。


「一理あるわね。例えるなら、マニフェストを掲げた国会議員が当選してからまるで仕事をせずに、ただの税金泥棒と化してしまう現象に似ている、とか」


「そのとぅーりっ!」


 かつて、氷の女王などと言われた藤宮カレンの姿は、もうそこには無かった。


 問い詰められる度に相手を冷たくあしらい、自分に差し伸べられた手を払うような彼女は、もういない。


「でもね。未来永劫に語り継がれるような改革なんて御茶の子さいさいってものなのよ。……そう、この私、藤宮カレンならね」


「かっくぃー!」


「おい蓮二! お前んとこのお嬢イケてるぞ!」


 隣に座る、使用人が微笑んでいる。こいつも中々イカれてるけどな。


 普通の人なら絶対に思いつかないような倫理観ゼロの作戦を次々に考案する。それでちゃんと成功させるのだから、恐ろしい男だ。


 ただ優しいだけの人間だと思っていたが、とんでもない牙を隠していたようだ。


「蓮二だけは敵に回さないようにしとくわ」


「どうしたんだよ急に!?」


 あたしは、ニヒヒと笑った。もうしばらくは、藤宮家を見ていたいと思った。


 *



《後書き》

 

 ※くれぐれも、生徒会選挙などは公正公平に行い、犯罪行為などは絶対にしないようにしてください。以上です。(それだけ)

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