お嬢様と打ち上げ花火

使用人は打ち明けたい


「……おーい!」


 教室で犬山と談笑していると、後ろから元気な声が聞こえた。


「彩海か。どうした?」


「どうしたも何も、今日は一年に一度のフェスティバル・デイだろ。一緒に行こうぜ」


 あぁ、そうだった。今日は毎年近所で行われるお祭りの日だ。


 老若男女が集まり、一斉にワイワイして楽しむ例のアレである。


 着物や浴衣を着ている人はあまり居ないが、あの独特な雰囲気はまさに《祭り》だ。


「もちろん行く。犬山は?」


「アニメが──と言いたいところだが、祭りとなれば話は別だ。行こうぜ」


「よっしゃ、決まりな」


 彩海ほどの人間であれば、他にもっと一緒に行く友達がいそうなものだが、意外とそうでも無いのか。


「ま、変な男に絡まれないためにお前らを選んだんだけどな!」


「クソ正直だなおい!!」


 あと、俺が唯一心配なのはカレン様のことだ。


 彼女は簡単に祭りに行かせてもらえない。何故なら、お父様の圧力があるから。


「か、カレンは行けるのか? 藤宮家の娘ともなれば、そういうの厳しそうだけど」


「確かに。蓮二、今からお嬢様を連れていくためにも家の連中に話をつけておいたらどうだ?」


「うーん……残念だが、カレン様は行けない確率の方が高い」


 なんだと!? と、二人は仰け反る。


「でも、ちゃっかり毎年来てるよな」


「あぁ。実は──」


 お父様は、例年この夏の時期は出張で家にいない。


 母親の存在しない藤宮家には、その間行動の自由が与えられる。もちろん、お父様は俺たちに興味なんてない。冷酷非道で、娘に朝の挨拶もしてやれないクソ親父だ。


 だが、小六の時に一度だけ、お父様の出張がキャンセルになった時があった。


 その時、俺とほかの使用人の外出は認められた。だが、カレン様と妹様だけは──認められなかった。


 お嬢様も、友達はいなくとも、藤宮家の人間で祭りを回りたかったはずだ。それなのに、お父様はそれを拒み、家で勉学に励むことを強制した。


「俺の娘たるもの、完璧で在らなくてはならない」


 最後にお父様に会ったのは、カレン様と付き合う前の3月だ。


 普段は無関心な癖に、自分の気分で娘を支配しようとする悪人なのだ。


 そして、運の悪いことに。


「今日、お父様は残念ながら家にいる」


 よりによって、つい最近になって帰ってきてしまったのだ。


「カレン様は、普段怖い顔をしているが、花火を見る時だけは、優しい表情になるんだ。俺はそれを見たかった。特に今年は、俺と彼女はつきあっ──」


 刹那。俺たち三人の間に、静寂が訪れた。


「え?」


「いや──まぁそういうことだ」


 失礼。完全に余計な一言だった。誤魔化しきれたか……?


「なるほど。《禁断の恋》ってヤツね」


「薄々分かってはいたが──ラノベのような展開。これには興奮が止まらぬ」


 二人のニタっとした視線。それが、後ろに退く俺をじわじわと射抜いた。


「や、やめろおおおおおお!!!」


 大声で叫ぶ俺。だが、二人の質問は止まらない。


「おいおい、いつからだよ? 親友の俺に教えてくれないなんてなぁ〜」


「蓮二ー。あたしの耳はごまかせないよ?」


「いや、俺はな。祭りの力を借りて、『好き』って気持ちをカレン様に伝えたかったんだよ」


 ふたたび、三人の間に静寂が訪れた。


 キョトンとする二人をみて、俺はなおも熱弁をふるう。


「実は今年の春に、カレン様に一方的に告白されて承諾して付き合ったんだけど、……その、段々と好きになっていったんだ」


「くぅー! こいつちょろいぜ!!」


「そうと決まったら、カレンを祭りに誘ってやるしかないだろ!」


 口々に理想を叫ぶ二人を見て、俺はため息をついた。


「だから、カレン様は来れないんだって……」


「なんでだよ。父さんの顔面でも殴ってさっさと脱北しようぜ」


「藤宮家を北朝鮮に喩えるな」


「何言ってんの。こっそり抜け出せばいいじゃんか」


藤宮家ウチのセキュリティを舐めるな」


 俺には悪知恵というものがある。


 必死に考えた。カレン様をどうすれば、祭りに連れて行けるのかを。


 でも、思いつかないんだ。


 強大な存在であるお父様の裏をかける、そんな方法が。


「なるほど。話はわかったわ」


「!?」


 すると、後方から俺の盟主かのじょが現れた。


 カレン様、貴女は他クラスの教室に入って来れるほど、成長したというのか……!


「お父様にも考えがあると思うの。だから、私が話をつけておくわ」


「カレン様……」


 本当は心配でならなかったが、


「絶対、来てくださいね」


「これで説得出来たらかっけーぞ、カレン!」


「私は藤宮カレンよ。当然だわ」


 ここは素直に彼女に任せよう、と思った。

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