生徒会長を殺したい

 今回の秀英高校生徒会選挙では、二人の会長候補が名乗りを上げた。


 トップ以外の役職は、誰一人立候補しなかった。この場合、当選した会長が人選を進めることとなる。


 立候補者の一人は、前会長であり圧倒的な支持を得て当選したイカサマ師、丸山まるやま英司えいじ


 自分の成績とハーレム形成のために生徒会を利用するオフパコ野郎。


 一見清潔で真面目な容貌とは打って変わって、眼鏡の奥に潜む目には野望が灯っている。既にらしい。


 ヤツは人に媚びを売る天才で、まともにやったら勝ち目がない相手だ。


 もう一人の候補者は、我らが藤宮カレン様。


 最近まで友達が一人もおらず、美術部では一方的に可愛がられているものの《氷の女王アイス・クイーン》のイメージを未だ払拭出来ていないところが難点だ。


 可愛さ税で男子から票をむしり取ることはできるが、如何せんこの学校の男女比率は 3対7。女子に勘違いされがちなカレン様には逆風が吹いている状況だ。


 まぁ、一言で言うと《無理ゲー》。コンボイの謎に匹敵する程の理不尽な難易度。しかし、《不具合バグ》を利用すれば勝てない相手ではない。


「……蓮二。丸山の情報を手当り次第に探ってみたのだけれど。ご両親があまり家に居ないということぐらいしかわからなかったわ」


 昨日の夜、カレン様は俺の部屋に来て、そんなことを言った。


 そうだ。カレン様の男ファンと、丸山の犠牲者の票を見込んでもヤツには絶対に勝てない。


 そして何より、奴の壇上スピーチはそこらの政治家よりも上手だ。俺たちが作戦を行うのは、早い方が絶対にいい。


 ……ちなみに、会長に当選することはメリットだらけである。


 まず、成績が甘めに付けられる事になるので、大学に推薦入試で入る際に大きなアドバンテージとなる点だ。


 次に、今回のように他の役職の候補者が居なかった場合、会長が好き勝手に部下の人選を行えること。


 これが非常に大きい。これを利用して丸山はハーレムを形成した。指名された側に拒否権は無いに等しい。


 ……っと、こんな感じだろうか。


 秀英高校は普通に進学校なので、そこの会長となると成績以上に良い経歴が得られることになるのも魅力だ。


「やぁ、こんにちは」


 俺が廊下で考え事をしていると、黒髪眼鏡の清純男子が挨拶をしてきた。


 こいつこそが、丸山英司だ。


「こんにちは。──急に挨拶とは。驚きました」


 今日はなんとなくカレン様モードである俺は、あくまで笑顔で応対した。


「ふふ。気さくに挨拶出来るほど、僕には余裕があるってもんさ」


 丸山は笑顔で恐ろしいことを言った。しかし、想定済みである。


「前回のように不正を行う気さえ持てないよ。相手が弱すぎて──おっと失礼。さっきの話は聞かなかったことにして。あ、ところで君たちは責任者を決めていないようだね。期限は明後日なのに、勝つ気はあるのかい?」


 気がつけば、丸山に会話の主導権を握られていた。いや、こいつは一人で喋っている。俺のことなど眼中に無い。


 でも、こいつと話しすぎるのは得策ではないだろう。俺の作戦に影響する恐れがある。


「こちら側の心配はしなくていいですよ。勝つ手立ては十分にありますし」


「へ、そうか……君は真っ直ぐな男と聞いた。その真っ直ぐさ、どこまで貫き通せるかね」


 ヤツは舐め腐った目で俺を一瞥すると、やがて去っていった。


「……フッ」


 どこまでも嫌味な奴だ。でも、彼は大きな勘違いをしている。


 丸山は、自分だけが不正をして、相手は自分に恐怖を抱くことを当然だと思っている。


 自分は筋がひん曲がっているから仕方がないという思考だ。故に、彼は知らない。


「……バーカ。真っ直ぐということは必ずしも、正々堂々やることとイコールではないぞ」


 自信に満ちたその後ろ姿に、そんな言葉を投げかけてやった。



 *



「カレン様は、彩海と放課後にビラ巻きを行っていてください。それだけでいいです」


 俺はそうカレン様に告げた。


 色んな人に協力してもらって、この作戦は成り立つ。だから、絶対に失敗は許されない。


 あと、言っておくが、俺たちは丸山陣営とまともに勝負するつもりは無い。


 今回の作戦では、丸山に立候補を取り下げさせることが最大の目的だ。


 生徒会の選挙なんて当事者以外は割と無関心だし、不正なんてし放題だ。バレない努力さえすればいい。


 でも今回、票を買うことはしない。相手に頭を下げる気もない。


 ただ、相手の弱みを握るだけだ。法に抵触するような、どデカい一発を俺が打ち上げる。


 今回の作戦に協力してくれるのはこの人だ。


「蓮二くん、今日はよろしくお願いします♡」


「こちらこそ。よろしく」


 少し遠くにあるカフェで、俺と伊代さんは対面していた。学校帰りに見つかるとまずいので、二人とも私服である。


「本当に無償でいいんだな?」


「いいですよー。カレン先輩の当選に貢献出来るのは嬉しいですしー! そして何より──憧れの先輩と今二人きりになれてるんですから〜♡」


 伊代さんは、ほっぺたをもちもち触りながら幸せそうな顔をしている。


 実に可愛い後輩だ。しかし今回の作戦は壮大かつ結構法律ギリギリなので、真面目に俺は作戦内容を説明する。


「ええっと、私で良ければ──頑張ってみます!」


「良かった。ありがとう」


「いいえー!」


 今回、伊代さんを選んだ理由は幾つかあるが、最大の理由は丸山と交流があるという点だ。


 丸山は巨乳かつ股が緩そうな(失礼)伊代さんをエロい目で見ている。二人きりにさせれば、もうイケるんじゃないかという俺の目論見だ。


「では、頼んだぞ」


「はーい♡」


 そして、翌日。俺は丸山家に向かって遊歩道を歩いていた。


「伊代は本当に大丈夫なんですか?」


 隣を歩く初対面の女の子が、不安そうに俺に訊いてくる。


みおさん、心配はいらないぞ。今、伊代さんは勉強を教えて貰いに丸山家にお邪魔させてもらっているだけだ。彼女の忘れ物を渡したら、そっと俺たちは帰ろう」


「……ですが!」


「もし襲われれば彼女は大声を上げるだろうし。鍵が空いたままであることも知っている」


 横にいる女の子は、古枝ふるえだみおさん。赤髪ショートであり、メガネをかけている快活な女の子だ。


 彼女はどうやら、伊代さんと同級生の親友らしい。


 この子は俺の作戦を知らないから、素直な反応をしてくれるだろう。


「……にしても暑いな」


「ですね」


 伊代さんの声は、とてつもなく大きい。こんな所でそれが役に立つとは──おまけに盗聴器も彼女に持たせておいた。証拠もバッチリだ。


 そして、鍵が空いているというのもハッタリで、しっかり合鍵を入手している。大家に嘘を言って作ってもらったのだ。


「鈴木先輩は伊代とどういう関係なんですか?」


「カレン様繋がりの知り合いってとこかな。お嬢様と伊代さんは仲がいいから」


「……あの、気になることがあって」


 澪さんは声の調子を落とすと、小さく呟いた。


「実際、先輩は藤宮さんのことどう思って」


「──止めて、ねぇ!!」


 丸山家が目前に迫った瞬間、家越しにその声が聞こえた。


「蓮二先輩! 聞こえましたか!? 伊代は絶対襲われてますよ!」


「まだだ。まだ待ってくれ」


「どうして─────」


「……キャー!!」


 その声は、俺たちへの合図だった。

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