お嬢様は勝ち取りたい

「クソ……なんでカレン様はSNSアカウントの一つや二つも作成できんのだ」


 俺は盟主の命令により、藤宮家のパソコンを操作していた。


 どうやら、「やることがあるからTwitterのアカウントを作っておいて」 と言ってお風呂に入ったらしいのだ。


 Twitter? なんでこのタイミング? などと思いつつも、俺はパスワードとIDをメモする。


 自分でできるのか、面倒なのか、本当にやることがあるのか───真相は定かではない。


「よし、完了」


 アカウント作成など朝飯前である俺は、ちゃちゃっと仕事を終わらせた。


 ふぅー、っと息を吐いてから俺は立ち上がった。もう風呂も入ったし(何故か最近は一番風呂を強いられる) 、あとはアニメ見て寝るか……


「蓮二」


 部屋のドアが勢いよく開いた。


 もちろん、カレン様である。風呂上がりでポカポカしていた。お団子は解除され、顔はちょっと赤らんでいる。


「あぁ、お疲れ様です。Twitterのアカウント作成は完了しましたが──」


「頼み事があるの」


 あくまで、彼女は真剣な面持ちをしていた。


 その顔を見て、俺は結構マジな案件だなと身を引き締める。今すぐスーツに着替えたくなるほど下僕魂が疼く。


「あのね、私」


 それから、カレン様は自らの薄い胸を張って、やがてそれをドンと叩いた。


「生徒会の会長をやろうと思うの!」


 キリッとした表情でカレン様はそう言った。両方パジャマ姿でパッとしないが、どうやらこれはマジな方である。


本気マジですか?」


本気マジよ」


 彼女は即答した。しかし────カレン様は損得勘定のプロだ。面倒なことはしないし情に流されるようなことはしない。


 誰かに頼まれたと言うよりは、自発的に立候補したということか。


「とは言え、今回の会長の立候補者が誰だか知っていますか?」


 そう、俺は知っている。カレン様の会長当選の確率は、限りなくゼロであることを。


「うっ……丸山英司」


 カレン様は顔を歪めた。


 丸山まるやま英司えいじという男は、とてもずる賢い男だ。


 というかもう詐欺師である。一年次から会長を務めているエリートで、目的の為なら何でもする。


 去年は他の立候補者を脅しつつ無理無茶な公約を掲げて勝利した。本当にセコい。


「カレン様。──わかりました。勝ちましょう。俺にも策があります」


 俺は拳を握りしめてそう言った。


 そうだ。相手が強ければ強いほど、胸が熱くなるものだ。それに、決して勝てない相手ではない。


「……正直、諦めろって言われると思ってた」


「カレン様の願いは俺の願いですから。ちなみに、何故会長をやろうと思ったんですか?」


 俺がそう言うと、カレン様は少し顔を赤らめてこう言った。


「そうね──夢のため、かしら」


「そうですか」


 それ以上、俺は何も訊かなかった。


 まぁ自分で言うのもなんだが、頭脳戦は絶対に負けない自信がある。


 丸山英司なんてクズ男、俺様がフルボッコにしてやるぜ。


「何かの為に何かを壊すことなど朝飯前です。それが俺の信条ですから」


「なんて身勝手な信条なのかしら……」


 そう言って、カレン様は俺の方へ再び近づいた。


「あ、ごめんなさい。ここはカレン様の部屋でしたね」


 俺はドアへと向かった。


 すると、カレン様は無言でこちらへと近づいてくる。


 俺は右へと少しズレた。すると、カレン様も同じ側に寄った。そして、


「な、な、なんですか……?」


 ぶつかった。


 ただぶつかっただけかと思いきや、カレン様は俺の胸に顔をうずくめ始めた。


「……!」


 ちょっとドキッとした。こうやって並ぶと、けっこうカレン様って小さいんだな……


 小動物みたいで可愛い、などと思いながら、俺はその場から動かなかった。


「──いつも、私はワガママ聞いてもらってばっかり。私だって、蓮二のワガママ聞きたい」


 カレン様は俺の胸に顔を押し付けたままそう言った。


 そんなことを言って貰えるなんて。胸が熱くなる。カレン様成長したなぁ……


「ワガママ、ですか」


 俺は少し思慮した後、こう言った。


「じゃあ、選挙に勝ったら友達のみんなをここに集めて祝勝会でもやりましょうか。みんなで丸山の悪口を言って、そして最後に、笑ったカレン様が見たいです」


 彼女の顔はよく見えなかった。けれど、ぶるぶる震えていた。


「い、良いに決まってるでしょう」


 カレン様は顔を上げた。真っ赤になっていて、リンゴみたいで可愛かった。


「友達を集めるって言うのも、なんだか悪くないわね」


「悪くないどころか最高ですよ」


 彼女にとって果てしなく遠かった、『友達』という存在は、今では欠かせないものであった。


「……そうね」


 そして、カレン様は俺に抱きついてきた。


 俺もまた、その華著な身体を抱きしめた。


「絶対勝ちましょうね。選挙」


「うん」


 カレン様のとびっきりの笑顔が、目に飛び込んできた。


 思わず、胸が高ぶった。それは本当に、本当に可愛かった。


 ◾︎


 という訳で、任務が入ってきた。


 その名も【生徒会選挙の勝利】である。


 今回の敵は、丸山英司。イカサマのプロであり、生徒会をハーレム形成と自身の成績の為に利用する真の悪だ。


 黒髪メガネで、俺よりも背が高い。しかし犬山とは違って眼光は鋭く、清潔感が漂う嫌な男だ。


 でも問題ない。相手が悪だったら、こちらも悪で行かせてもらうだけだ。


 数多の不条理が浮き彫りとなっている世の中で、セコい手を使うことは何ら恥ずかしいことではない。


 悪をもって悪を制すことは正しい。どんな手を使ってでも、勝てば良い。


 パラドックスのように聞こえるかもしれないが、所詮そういうものなのだ。


 そして、勝つことだけが、正義として認められるのならば。俺は喜んで工作するし、どんな汚い手だって使う。


 それに、俺は元々悪い男だ。助けたい奴だけ助けて、壊したい奴は徹底的に壊す。


 そんな男が何故「優しい」 とか「性格が良い」 などと評価されているのだ?


 本当の悪は、俺のような男では無いのか?


 ダメなことをダメと知っていてもなお行う。


 そうだ。本来、使用人の主との恋愛は禁じられているはずで、それでも俺は自分を止められないでいる!


 所詮、俺はそんな男だ。弱さを捨てきれない。


 カレン様のことは嫌いではないと言った。しかし、本当は大好きだ!


 好きに決まってる!今までずっと、その現実から目を背けていただけなんだ。


 俺はカレン様の笑顔に胸が高ぶった。それはもう、「好き」 ってことなんじゃないか……?


 あぁ、クソ!


 はっきり言って、この感情が恋愛的なものなのかは分からない! 自分のことは、意外によく分からないものだ。


 ……Twitterの件にしてもそうだが、生徒会のことでカレン様が企んでいることなんて全てお見通しだ。


 どうせ、俺のことを知っている人物を生徒会に集めて、俺と距離を詰める方法を詮索しようとしているんだ。わかってて、何故それを止められない!


 ……俺は本当にダメだ。


 これが禁断の恋だと知っていても、止められない。


 使用人としての責務を全うするのか、今ここにある幸せを守るのか。


 俺にはどちらか一方なんて、選べない。


「全て欲しいに決まっている」


 暗闇の中で、俺は呟く。未来も幸せも、はたまたカレン様と笑い合う日常も。


 欲しいもの、全てが欲しい。


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