第31話 強欲の果てに

迫ってくる若井に向けて寺田は氷の壁を展開する。


「ヌウゥッ」という掛け声と共に若井は壁に突進し、破壊する。



「ちっ! もうガードの意味がない」


続いて地面に氷の膜をはる。


スケートリンクのように一面が氷で覆われる、氷上に立たされた若井はさらに足まで氷で覆われ氷床と結着された。


足を封じた、ナギナタを構え隙だらけの若井を攻撃しに向かう。



「ガァァァァァ!」

若井の掛け声とともに足を封じていた氷は粉砕された。


新しいスキルの力か?

今までなら多少は通じた攻撃が通じなくなった。



ナギナタでの攻撃はまだ通じる、だが圧倒的な回復力を持つ若井から一度も近づかれずにずっとダメージを与え続けるのは困難だ。



「大丈夫なの? スキルが効かなくなってるんじゃ……?」


「心配するなよ香耶、俺が守ってやるから」


「香耶……」


魅力したものの寺田から名前で呼ばれることに抵抗があった。


それはさておき寺田に焦りはなかった。



足止めもなくなり若井がまた迫ってきている。


「何度も何度もイノシシかよ」



ナギナタを捨て、両手を若井に向けた。



「これでもくらいな!」


どこか芝居がかった言い方で決め台詞のような言葉を言ってすぐ、寺田の手から火の玉が放出された。


若井にぶつかった火の玉は燃え広がり、火の柱となりしばらく若井を焼き続ける。


「どうだ、これなら効くだろ!」


火スキル、山田も持っていたスキルを寺田も手にしていた。



炎に飲まれる若井をみて黒沢は料亭でのことを思い出していた。


「これじゃ倒せない……」


あの時も同じように火に飲み込まれていたが、若井には致命傷とはならなかった。


黒沢の表情をみて寺田は気を引き締める。


「マジか……じゃあもっともっとダメージ与えないとダメか……」


火柱から若井が出てきた、ところどころ焼け焦げてはいるが黒沢の予想通り大きなダメージはなかった。




「冷たっ……」


黒沢が放り投げられたナギナタを拾い上げ寺田に手渡す。


「ん?」


「危ないから先のほうは触らないで」


受け取ったナギナタを見つめ寺田は首を傾げる。


「いいから使ってみてよ、ちょっとは効果あると思うの」


効果……このナギナタに細工でもしたか?

黒沢は何かをしたようだ、寺田はとりあえず言われた通りこれを使うことにした。



若井の体型が変化し始めていた、上半身の筋力を膨張させ攻撃に特化した状態に向かっていた。


エネルギーを大量に消費し体から脂肪も減り始めていた。



若井が筋力をさらに膨張させ地面を裂く叩きだした。



地面が波打ち始める。


新しく得た振動スキルを地面に向けて使い、地震を起こさせていた。



足場が崩れ、寺田は踏ん張りが効かない。

そこを若井は見逃さなかった。



一気に距離を詰め寺田に掴みかかろうとする。



「ううぅ……ぐぉぉぉぉぉ!」


掴まれたらそのまま殺される、揺れる地面に無理やり氷の分厚い膜をはり、足場をつくり紙一重で若井の手を回避する。


距離を離す隙にナギナタで背中に一太刀いれ、寺田は若井との間をとった。



地震は止んだ。

立っていることが困難になるほどの地震を起こせるのなら、あれを体に受けたらそれだけでも命に関わるダメージとなるだろう、掴まれるだけではなく、下手に触れられることも危険だ。


かなりの強敵だが寺田はこのスリルを楽しんでいた。



「行くぞ!」


若井に向けて火の玉を放つ。



先ほどと同じ攻撃だ、若井は大きくふりかぶり火の玉を弾いた。

若井を中心に火の粉が舞い散る。



視界が遮られた隙に若井首を切る。



大量に出血こそするが、致命傷に至らずすぐ回復する。



「くそ……キリがない」


普通の人間ならそこで死んでもおかしくないような急所に攻撃を何度も喰らわせているが倒せない。


「よく見て、背中!」


黒沢の言葉を受け若井の背中を見ると、回復していた背中の傷が治りきらず血が滲み爛れている。


首もだ、回復はしているが、完治せず傷口が溶けてずり落ち始めている。


ナギナタで攻撃した場所はダメージが残っている。


いい情報を得た。



寺田がみなぎってきた。




どれだけ若井が攻撃に特化した体型に変化しても寺田を捕らえられるほどまでには届かなかった。


反対に寺田からつけられるナギナタによる傷は増えていった。

傷が増えるにつれ治りがより悪くなり、徐々に若井の動きも鈍り始めてきた。


若井の傷を回復させないようにしたナギナタの正体。

黒沢はナギナタの刃に毒を付与していた。

それに傷つけられると、傷そのものは治癒できても毒を浄化させることはできず蝕み続けていく。

複数箇所切り刻まれた若井は皮膚だけでなく、体内にも毒が回りだし、体が思うように動かなくなっていた。


「グエェェェェェェェ」


若井が大量に血を吐き出し前のめりに倒れ込む。


「終わったな……」


寺田が動かなくなった、若井に近づいていく。




黒沢には覚えがあった、この状態は嫌な予感がする。


「まだダメ! 近寄らないで!」



小島への奇襲、あの時と同じものを感じていた。


案の定若井は起き上がり寺田を捕まえる。



「ハァァァァァァァァァァァ! ツかまえた!」


寺田の頭を両手で掴み、首元にかじりつく。




「ガッ!?」



違う、若井は違和感を感じた、固い、これは寺田ではない……



「そんなことだろうと思ったよ……」


寺田は小島ほど人を信じるタイプではない、氷で自らのダミーを作りおとりにしていた。


氷でできた寺田の複製は若井に張り付き離れない。


「グッゥゥゥゥゥゥ、グゾォォォォォ!」



毒に汚染され治癒にエネルギーを使いすぎた若井には氷を破壊する力が残されていなかった。



寺田はナギナタを若井の腹に突き刺した。

腹の中に残るナギナタの刃体からさらに体内に毒が広がっていく。





若井白目をむき、痙攣し始めた。




ーー何故こんなことになってしまったのだろうーー



みんなと同じようにやりたいだけなのに、いつも悪い意味で目立ち笑われてしまう。


決して器用な人間ではないことは自分でも理解していた、それでも負けたくないから人一番努力をしてきたつもりだった。


誰よりも早く出社して、誰よりも遅くまで仕事して帰る。


成果だって一番に出していたはずだった……


なのに、いつも最後には他の誰かが俺より成果をだして俺よりも目立ってしまう。

結果、俺のことなんて誰も見向きもしなくなる。


残るのは奴は変わり者だというレッテルだけだ……




大きな力を得てわかった。


一瞬でも誰よりも強くなれたはずだった……だが俺はその力を自己を満足させるためだけに使ってしまった。

いつの間にかスキルに飲まれていたんだ。



今になればわかる、みんなが俺をバカにしてるように話を振ってきていたが本気でバカにしてた訳じゃなくて、変わったことばかりしてしまう俺を少しでも輪に入れるようにしてくれてたんだ……

居心地が悪かったんじゃない……ずっと輪の中心にいるマネージャーや竹内さんがうらやましかった……


本当はみんなと……


いまさらそんなこと思ってももう手遅れだな……



もういい……




意識が……遠くなってきた……





死亡者


若井 優希

噛殺(寺田 朋和)


残り9名

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