第30話 強い気持ち強い愛

危機迫る黒沢の元に寺田が颯爽と登場した。


鍛え続けた氷結スキルで若井の手を封じ込め、襲われる寸前に守りに入った。


これ以上ない男前な登場の仕方に他でもない寺田本人が一番酔いしれていた。


「寺田さん? あ、ありがとうごさいます」


「かっこいいだろ! ヒーローみたいだろ?」


「ステキです! お願いします寺田さん、助けてください!」


つい先ほどまで沖田に罵声を浴びせていた黒沢とは思えないほどのネコなで声で寺田にすり寄っていく。


シャツの裾を指先で軽くつままれながら話をされ、寺田は満更でもなさそうに口元が緩んだ。



その間にも若井の怒りのボルテージはより高まっていた。


手を地面に叩きつけ覆われていた氷のつぶてを砕く。



「喰わせろ! オマエらさっさとオレに喰われろォォォォォォォォ!」


襲いかかってくる若井に対し、寺田は氷のナギナタを作り構える。


「失せろバケモノが……」



寺田に掴みかかろうと伸ばした手に向けナギナタを振りかざす。



鈍い斬撃音のあと、ボトリと大きなかたまりが転がった。



「いけるな」そう言いながら寺田はニヤける。


転がっていたのは若井の右腕だった。

自分の能力が若井にも通じることをこれで確信した。



しかし左腕をなくしても若井は気にするそぶりもなく、残る右手を寺田に伸ばす。


体勢が悪くナギナタで応戦ができない、咄嗟に氷の壁を若井に向けて展開した。



防弾ガラスをハンマーで叩いたような音がなり、若井の手は氷の壁に遮られた。



「ウガァァァァァァァァ」


それでも若井は止まらない。


氷の壁に体ごとぶつかりだした。


頭や体を打ちつけ、そのたびに出血していくが構わずぶつかり続ける内に氷にひびが入りだした。



「オオォォォォォォォォォ!」



掛け声と合わせた体当たりで氷の壁は砕け散った。


寺田は迫ってくる若井から身をかわし、距離を置いた。


「ガードは破られるのか、やるな……」



若井は切り落とされた、左腕を拾い上げ切断された断面同士を合わせた。




異常な相手が何をしているのかは理解できない、寺田は若井の行動がただの狂った奇行としかみていなかった。



しばらくすると若井の左手の指が動きだした。

若井は手をグーパーとくり返し正しく動作することを確認する。


「ウソ……人の体ってあんな風にくっつくものなの?」


「プラモデルじゃないだぞ……スキルの力……だよな?」


膨大なエネルギーとダメージを受けても回復できる治癒スキル。

それに加えて小島、山田を殺した時に得た『肺活量』『視力』スキルでさらに強くなっていた。


肺活量スキルはさほど効果のあるスキルには見えないが、脂肪を蓄えすぎた若井はすでに自力で呼吸することができないほど脂肪が内臓を圧迫していた。

過剰に太りすぎた若井にとってこのスキルは生命線ともいえる重要なスキルとなっていた。


「すげえバケモノじゃねぇか、ワクワクしてきたぞ」


どこかで聞いたことのあるような言葉を吐き寺田はニヤリと笑った。





「黒沢さん、ここから離れた方が」


沖田が腕を引っ張るが黒沢は振り払った。


「何をビビってるの? ダサすぎ、ひとりで逃げれば?」


「そうは言っても……ここはもう俺らが太刀打ちできる場所じゃない、危険だから離れた方が」


「うるさいなぁ……ひとりで行けっていってるでしょ、ウザいんだけど」


そう言われても沖田は引けなかった。

言葉で通じないなら自分が黒沢を守るしかない。


黒沢の前に立ち身構えた、何ができるわけではないがいざというとき壁になれればいい、せめてもの沖田の誠意だった。

すでに若井に右手を喰われ、万全な状態でも善戦することすら難しい相手に対し手負いで対処しなければならない。


「邪魔なんだけど……」


黒沢に気持ちは伝わらなかったが、それでも沖田の気持ちは揺るがなかった。


目の前では2人の怪物がSF映画のようにバチバチと能力を駆使して戦っている、こんな危険な場所から愛する人を守る手段はこれしか思い浮かばなかった。



戦いは寺田がやや優勢だった。

氷結スキルは武器も作れる上に守りや地面を凍らせトラップにできたりと応用が効く。

攻撃スキルを持たない若井は単調な攻撃しかできないため攻撃を回避されてはナギナタで切り刻まれダメージを負っていった。


だがダメージを負ったものの、この3日間エリア内の食料をほぼ1人で食べ尽くした若井は尋常ではないほどエネルギーを蓄積していたため、治癒スキルや攻撃のためエネルギーを使用したとしても蓄積されたエネルギー全体から見れば微々たるものだった。


「グゥゥ……ウオォォォォォォォォ!」


ダメージはそれほどでないにしろ、思い通り寺田を攻撃できない若井は苛立っていた。


何か手段はないか、食事の邪魔をする者に制裁を与えられないか。

スキルを使えば使うほど腹はより減っていく、食べるものさえあればこんな男に負けるはずがない。


そんな若井の目に入ったのは、沖田の庇う奥でこちらを覗き込んでいる黒沢だった。

食欲スキルにとりつかれた若井には若い女性の肉がご馳走にしか見えなくなっていた。



標的が変わった、寺田のことに目もくれず黒沢に向かっていく。


「えっ、私?」


沖田が前に立ってはいるが、若井の狙いは黒沢にも十分理解できた。


「いや……怖い」


黒沢の震える声に沖田が反応した。


「大丈夫だ、俺が助ける」


勝算などないが時間が稼げればいい。

沖田は左手で正拳突きを放つ。



しかしリミッターの外れた怪物に多少力の上昇した攻撃など、無意味に等しいものであった。


大型トラックに巻き込まれるかのように沖田は若井の巨体に覆われ、首元を噛みちぎられた。


首元から噴水のように血が吹き上がる、勢いで口にした沖田の肉だったが、若井はそのまま噛みちぎり食べ進めていく。



途中、若井は沖田を放り捨てる。


「クックックッ……イイものをテにいれたぞ」


沖田を食べ進めるうちに絶命したためスキルを手に入れることができた。


ーーよりパワーアップした今なら寺田ごときに遅れをとることなどない、だがその前に女の肉をーー


若井の思考の最優先はあくまで食欲だった。



「ウソでしょ……なんで私なの……」


若井は興奮を隠さずに黒沢に近づいていく。



大きく口を開け食べる準備に入ったとき、若井の後頭部にナギナタの突きが入った。

剣先は口から飛び出し、若井は動きを止める。




「良かった、ようやく効いてきた」


寺田の目が血走り充血している。

黒沢は寺田を魅了し、自分を守らせたのだった。


死亡者

沖田 暁

噛殺(若井 優希)


残り10名

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