皇女殿下と僕の約束。

第35話 酒

　酒瓶片手の“先輩”は、監視任務についている一機のギアローダーへ近づいていった。その外殻をコンコン叩く。

「おい。支援来たからお前は休み入っていいぞ」

「まじっすかー！　やったー」

　でっかいローダーが喜ぶ。いや、中の人が喜ぶ。

「そんじゃ、すいませんけど俺――」

　ローダーで器用に振り返りつつなにか言ったが、僕（チグリス）を見て固まった。

「――……休憩入りまーす」

　なんだよ、その間は。見なかったことにするなよ、チグリス（白ピカ）。

　ギアローダーの人が見張り台から去って行くと、“先輩”は僕へちょいちょいと手を振った。

「白チビ、降りてこい」

　嫌だなー。しかし“先輩”もとい上官相手に逆らうわけにもいかない。チグリスへの接続を切り、僕は自分の体でため息をついた。さて、なにされるんだろう。

　ローダーから出た僕に酒の並々注がれた湯呑みが突き出された。

「……」

「ほれ、呑め呑め。シラフでできる仕事じゃねぇ」

　隊長ー！　ここに学兵に酒を飲ませようとしてるやつがいますー！

　湯呑みを押し付けた“先輩”は見張り台の縁へと歩いていく。湯呑みの酒からはひどいアルコールの臭いが立ち昇ってきた。

「ボケッとしてないでこっち来い」

　呼ばれて酒を溢さないように気を付けながら隣まで行く。“先輩”は自分の湯呑みをカチンと僕の湯呑みへぶつけ、一気に呷った。

「お前も呑めよ」

　ニヤニヤ顔で追い詰められ、仕方なくそっと一口含む。途端に鼻と喉を灼くような刺激が走って僕は吐き出した。なにこれ、お酒不味い。

「うはははは。見ろよ」

　ひとしきり笑った“先輩”は、すっと遠くを指差した。

「あっち。あっちがスカデの巣のあるほう」

　僅かに高いだけの見張り台からも彼方に地平線が広がっているのは見える。

「あっちから来るヤツらを、例え一匹でも群れでも津波でも見つけるのが俺らの仕事」

　よいしょっと向きを変え、今度は反対をまっすぐ指差す。

「で、あっちが俺らの家のあるほう。あっちへは絶対にスカデを行かせないのが、俺らの仕事」

　そして“先輩”の指が僕を差す。

「お前は少しでも動くものを見つけたり、変だと思ったら俺に報告しろ。迷わず即座に全部言え。できるな？」

　僕は小さく頷いた。“先輩”はニンマリ笑う。

「よし。じゃ、時間交代な。なにか質問は？」

　この湯呑みの酒は捨てていいですか、じゃなくて。

「……どこを見張れば、いいですか？」

　“先輩”はちょっと考え、こう答えた。

「見える限り、全部」

　僕は黙ってもう一度頷く。それを確認した“先輩”は駐機していたギアローダーへ歩いていく。ほっそりとしたフォルムのそれは、ひどく背が高く見えた。

　“先輩”が僕の視線を振り返る。

「俺のローダー。ApiS（アピス）。超超遠距離武器（アウトレンジ）積んだ狙撃型」

　白ピカよりカッコいいだろ悪ィなァ、とニマニマ笑う。思ったより嫌な人ではなかった“先輩”へのお詫びも兼ねて、僕はそうですねと答えた。

「で、お前の白ピカはなにができんの？」

　奇遇ですね、僕もそれが知りたいとこです。

　“先輩”は見える限り全部、と言ったけど、チグリスの「見える限り」は人間のそれと比べてかなり広い。しかもすごく良く見える。

　どういう仕組みなんだか知らないが、視野は三六〇度あるし焦点も複数ある。拡大縮小ついでに俯瞰も自由自在。見ようと思えば形状・温度・距離なんかまで視える。

　最初は戸惑ったけど、慣れると周囲が手に取るように視えてとても便利だ。いい気になって視すぎると頭がくらくらするけど。

　地平線に動くものがないか見張る。今のところなにもいない。極めて順調。それにしても、この地平線というのはどれぐらい遠くなんだろうか。即座に距離を視てみる。約12．6キロ。ふむ。スカイデーモンの最速なら6分の距離。

　え、全然遠くない。むしろ見つけたときには、もうすぐにも来る距離。それがつまり、“先輩”の言った「迷わず即座に」の意味。

　もっと遠くを視る方法はないんだろうか。僕はチグリスに探りを入れる。なかなか訓練の時はゆっくり試している余裕がないので、こういう時間は助かる。

　レーダー索敵範囲を拡大？　意味が分からないけど、とりあえずやってみたらいいんじゃないだろうか。

　ほんの軽い気持ちだった。

{attachedｰaccessory=（外部機器を従属化、）"leadingSa（衛星を接）tellite;182A"（続しました。）}

　直後、なだれ込んできた大量の情報に僕は悲鳴をあげた。