第34話 "先輩"

 居住区よりにある基地。のさらに外には、茫々たる荒れ地が広がっていた。

 映像では見知っていたけど、実際に初めて出てみるとなかなか息を呑む光景だ。だだっ広いわけでもなく、起伏や岩や灌木があって予想以上に視界は通らない。人間が陣地を敷く警戒区域内ではあるけれど、侵入した敵にいつどこから襲われてもおかしくない。

 僕の遠足班は二年四人に一年二人+輸送貨物ローリー。班長を始めとする二年生たちは絶えず周囲を警戒し、銃口を向けていた。

 TGrSチグリスにも遠距離射撃武器はついている。が、どれぐらい遠くまで撃てるのか僕は知らない。誰かの手書きらしい取説によると「結構遠くまでいける気がする」らしい。いや本当にそう書いてある。

 そもそも学兵一年は、許可がない限り射撃武器の使用は禁止である。一部の実弾兵器を除いてメインの銃器は高圧縮エネルギーを弾として打ち出す仕様だ。エネルギーには全電源であるエネルギーポットを使う。つまり撃ちすぎればバッテリー切れになるわけで。パニックの末に無駄弾撃って立ち往生(文字通り)、これが初心者死因の堂々第一位だった。

 というわけで、一年は専ら近接武器の取り回しを叩き込まれる。けれどもローダーの動きもこなれていない一年は、白兵をしたところで敵に取りつかれて食い千切られる。これが死因第三位。射撃にしても近接にしてもどっちにしろ死ぬのかよ、とツッコまざるを得ない。

 え、死因第二位? 栄えある第二位は、乱戦の中で味方から敵もろとも蜂の巣にされる、である。一年なんてよくてオトリ、悪ければただの邪魔なのだそうだ。もっとマシな死に方はないんですか。

 僕ら一年が生き残るには、スカイデーモンと出くわして戦闘にならないことが肝要だが。遠足においてそれは、つまりただの運の問題である。

「ダラダラ歩いてんじゃねぇぞ、一年」

 班長の苛ついた声が聞こえてくる。ローダーの動きにダラダラもチンタラもないと思う。

「前方のアレが俺らの目標地点だ。気ィ引き締めろ」

 警戒区域もほぼ最前線。遠く土と石で造られた不格好な陣地が姿を現す。……まさか人類がこんないい加減そうなもので守られていたとは、僕は思ってもいなかった。


「ようこそ、陣地拾弐号へ、クソガキ共」

 僕らを迎えギアローダーから降りてきてニッと笑ったのは、黒髪を一つにしばった若い女の人だった。

「あたしが隊長の3502――え?」

 自己紹介が止まった。隊長さんは僕(のローダー)を見て、目をぱちくりした。

「え、なにこの白いチビ? え、初めて見たんだけど?」

 またか。この班のメンバーもそうだったが、だいたいチグリスを見た人間はこういう反応をする。隊長の後ろからやって来た兵士の人もゲラゲラと笑い出した。

「なんじゃこの白チビ! ウケる!」

「……TGrSチグリス、です」

 いい加減慣れっこだ。だから泣いたりなんかしない。

 隊長が笑いを堪えているのがバレバレな顔で言う。

「まぁ、ともかく。全員一度降機、顔を見せろ」

 指示に従いローダーを降りる。降りた僕を見て、隊長は今度は大変湿気たお顔になった。

「……チビからチビが出てきた……」

「ふざッけんな。こっちはスカデのお守りで手一杯だっつの! この上ガキのお守りとか、できるか!」

 こっちの人はめっちゃ怒ってるし。

「支援要員ぐらいまともに送れんのか、あの首脳クソどもは」

「はーもー。遊びじゃねぇんだから、子供寄こすなって。まだ徴兵の方がでかくて盾になるわ」

 なかなかの言われようだが、僕らは黙っているしかない。なんせ前線でストレスを溜めた兵士のサンドバッグ――物理的にも精神的にも――になることも支援兵僕らの任務である。

 そういう意味でも僕は効率よく任務を果たせている……わけないか。むしろストレス高めてそう。後が恐い。

 散々僕に(というより首脳部に)対する罵詈雑言を吐き散らかした隊長たちは、「さて」の一言でそれまでの諸々をあっさりなかったことにした。

「工兵はうちの工兵と共に陣地修復に従事しろ。次、衛生兵。補充物資の配置と点検業務へつけ」

 指示を受けて班員のうち工兵と衛兵のやつが動き出す。しかし突っ立ったままの僕に隊長は目を向けてきた。

「……お前。工兵とか、衛生兵とかじゃ、ないのか……?」

「白兵科、ですけど」

 世の終わりみたいな顔をされた。

「子供だとて配慮はできんからな」

 してくれなんて一言も言ってないよ。

「白兵は、各見張り台にて監視業務の支援につけ。割り振りは、」

 隊長さんを注視していた僕は、突然に肩を抱きすくめられ驚く。見れば、さっきゲラゲラ笑った兵の兄ちゃんがニタリと笑って肩に腕を回してきていた。

「よし、白チビ。お前は俺のとこへ来い」

「おいこら。勝手なことを言うな。采配は隊長あたしの仕事だ」

「いいだろ。俺はこいつで遊びたい。じゃなくって、こいつを仕込みたい」

 ニタニタ笑う部下に対し、隊長は面倒くさそうに手を振った。

「酒は駄目だぞ。学兵に一口でも飲ませたら懲罰だからな」

「分かってるって」

 ……なんで僕はいつもこういう手合いに目を付けられるのだろうか。なんかあるのか。

「白チビ、お前の白ピカに乗ってついてこい」

 この陣地は五角形を描くように見張り台が五つ配置された形をしている。それぞれの見張り台を繋ぐように防壁が巡らせてあり、今僕らがいたのがその防壁の内側、中央の広場である。ギアローダーが複数機で動いても余裕のある広さだ。

 そこから見張り台の一つへ向かう男に仕方なくついていく。見張り台、といっても半ば崩れていて、高さは三階程度しかなさそうだ。足下もひどく悪い。

 いざスカイデーモンが押し寄せてきたらここで食い止める、というにはなんとも心許ない建物だった。

「さてと。ここが俺らの仕事場だ、白チビ」

 なんとも雜風景な台の上で男は振り返って言った。よっぽど白チビの呼び方が気に入ったのか、そう言う度にニヤニヤと笑っている。

「ま、俺のことは気安く“先輩”とでも呼んでもらおうか」

 “先輩”は酒瓶を取り出しながらそう言った。

 ……“先輩”。なんで突然酒瓶とか持ち出してるんですかね?

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