第31話 太もも!


 僕が今なにをしているかというと、全力で頭の下にあるのが皇女殿下の太ももかどうか確かめています。頭痛? 忘れました。

 うーん、柔らかい。暖かい。頬っぺたですりすりすると気持ちいい。いい匂い。間違いなく殿下の太ももだと思う。いやあ実はアルでした、というオチも一応検討したが、やつの太ももがこんなに柔らかくていい匂いのはずがない。僕は皇女殿下に膝枕されている。……ヤバいな。

 あんまり動くと皇女様が目を覚ますかもしれない。僕はやや息を詰める。さっき手を払われたが、寝惚けて払っただけなのだろう。穏やかな寝息が聞こえてくる。

 なんでこうなった? 思い出せ、僕。

 あの時の頭痛は本当にひどかった。なんとか部屋へは戻ったが、そこで耐えられず床に倒れた、そのはずだ。床が冷たくて気持ち良かったのを覚えている。立ってても横になってても頭痛はひどくて、でもとにかく頭が動くと痛みが増すので床にくっつけて凌ぐのが精一杯だった。

 そこへ降ってきたのが皇女様の声だ。頭に響くし、肩なんか叩かれた日には頭が揺れて吐きそうだった。とてもなにがあったか説明などできず、ただ「頭が痛い吐く」だけ伝えたと思う。もしかすると、泣きながら。

 それに対して皇女様はなにかいろいろ言っていた。なにを言っていたか分からないけど、たぶん医務室へとか医者をとか、そういう常識的なことで、決して膝枕ではなかったはずだ。そりゃそうだろう。

 けれど頭に爆弾を抱えているみたいだった僕は、少しでも動かしたら木っ端微塵になる状況で、とにかくそっとしておいてほしかった。あるいはたちどころに痛みを消してほしかった。それで困り果てた皇女殿下は、さてどうしたんだったか。ここから膝枕へは、やはりもうワンクッションありそうなものだ。

 確か、医者も医務室も駄目だと言う僕に皇女様はどうしてほしいか聞いてくれたように思う。すでに限界だった僕は駄々こねながら「痛いの取って」なんて泣きついたわけで、思い出せば申し訳なさすぎる。さらに困ってしまった皇女様は、そう、あの小さな手で僕の頭を揉んでくれたのだ。それは全然痛みには効かなかったけど、なんだか安心した僕はちょうどいいところにあった皇女様の膝に痛む頭を乗っけて――おおう。膝枕してもらったんじゃなくて、無理矢理やらせたんじゃねぇか。まずすぎるだろ。

 すべてはあの酷い頭痛が、ひいてはあの変なテストが悪いのだ。……という言い訳が皇女様に通じるかどうか。お先の暗い僕に今できることは、とりあえず皇女様の太ももを堪能しておくことぐらいということか。

 こうなっては仕方がないので、もうひとつ気になっている件についても考えておかなければならない。今、僕は横を向いて皇女様に膝枕してもらってるわけだけど、このままそっと寝返りをうって反対を向くと皇女様のお腹に顔を埋められるのではないかと、つまりその可能性に僕は気づいてしまったのである。なぜ気づいてしまった。気づかずにおれば良かったものを。

 僕はそろそろと首を動かす。別に皇女様のお腹目当てではない。夜の光源に乏しい部屋は非常に暗く、見上げてみても皇女様のお顔はよく見えない。それでもすやすやと穏やかな寝息をたてる寝顔がすぐそこにある。迷惑かけてごめん。ありがとう。

 さて。ここから僕はどんな顔で朝を迎えればいいんだ、一体。

 ……よく分からないし、それじゃあまあ、ちょっとお腹の方でもごにょごにょごにょ。



 悩みつつも気持ちよくうとうとしていた僕の頭がごちんと落ちた。痛いというよりは驚いて飛び起きそうになった僕は、しかし皇女様がごそごそ動いている気配を敏感にさとり、慌てて寝ているフリをする。

 うっかり僕の頭を落とした皇女様も慌てたが、寝たままの僕にほっと息をついた。そのまま立ち上がり、ロフトの上へ。そして皇女様は部屋から姿を消した。

 完全に彼女の気配が消えてから僕もそっと身を起こす。机の上の時計を見れば、時刻はまだ夜中。三時になるかならないかである。

 こんな夜中にどこへ行ったのだろう。トイレか。

 ずっと僕の看病をしてくれていたなら夕飯もトイレもまともに行けていないかもしれず、そう考えると本当に謝罪と感謝をしなければならない。

 どうやって伝えればいいのか、枕のなくなった床へ寝ながら考える。ただ言葉でありがとうと言うだけではとても足りない。どうにかして穴埋めしなければ。

 微睡みながらつらつら考えていた僕は、なかなか皇女様が戻ってこないことに気がついた。女の子のトイレの時間を計るのもあれだけど、それにしたって夜中のトイレが三十分も四十分もかかるか? そろそろ小一時間である。夜食でも食べに行ったのか。

 それからさらに時間が経ち。僕らの起床時間が迫る頃、皇女殿下は出ていったときと同じくするりと帰ってきた。ごく静かに、なにごともなかった様でいつも通りベッドへもぐり、彼女は二度寝に就いた。

 ほどなくして起床ラッパに僕は起こされる。皇女様がベッドで、僕は床。いつもと何ら変わらない朝を迎えた。


 この日はなんとなく不思議に思った程度だったけど、それから数日何度か確認して、ようやく僕は気づく。

 皇女殿下は毎晩夜中に小一時間、どこかへ出掛けている。

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