第29話 暗闇

 嘘のように平穏な毎日が続く。というか、嘘の平穏が毎日続く、というべきか。

 授業受けたり走らされたり、ローダーに乗ったり吹っ飛ばされたり、アルが寝てたり皇女様と喧嘩したり。すぐ隣には戦場が広がっているのだけれど、でもまだ戦塵は僕の横を通り過ぎるだけだ。未だろくに動けもしないぺーぺーの僕らを戦闘に出したって足を引っ張るだけなので仕方ない。

 その仮初めの平穏も後少しで終わる予定だ。


 10日に一度の休息日、僕は野暮用で格納庫へ来ていた。休息日といっても、掃除やら洗濯やら決められた日課があって一日のんびりしたりはできない。

 休みの日にまでなんでこんな細かいきまりに縛られなくちゃいけないんだと思うけど、そうしないとお前ら掃除も洗濯も絶対しないだろなどと言われればぐうの音もでない。あと戦場へ出ている兵士の分の洗濯掃除も僕ら学生の仕事である。知らないおっさんのパンツなんか洗いたくはないが、じゃあお前ら出兵中はパンツ替えなくていいのかと言われれば、やっぱりぐうの音もでない。

 というわけでとても忙しい。それでも午後には自由にできる時間もある。たいてい僕は図書室で過ごす。でも今日は格納庫だ。

 基地の格納庫はとても広く、その全体像を僕は把握していない。下手に迷い混んだら遭難して死ぬかも、なんて思う。でも移動には便利なリフトが使えるから苦労はしない。基地はそれ自体がまるで生き物のように動いている。不思議だ。

 僕は技術者の上官の姿を探してうろついた。休みの日に呼び出しとか迷惑だ。呼び出しておいていないというのも困った。

 いつものヤードへ来た僕は、いつもと違いぞろぞろと並んだギアローダーの機影に驚いて足を止めた。どれも大破したローダーだった。鋼鉄の手足が引き千切られ、腹が切り裂かれたその姿は悪夢でしかない。一体にはなにか異様な臭いが漂っていた。

「460301」

 突然後ろから番号を呼ばれて僕は飛び上がった。慌てて振り向けば、僕を呼び出した上官がいつの間にか来ていた。

「あ、はい。460301番、呼び出しで来ました」

「すみませんね、予定外にローダーの搬入があったもので」

 姿が見えなかった詫びだろう。上官はそう言いながら近寄ってくる。

「いえ。あの、このローダーは」

「ああ、この間の迎撃戦で放棄してきた機体の回収がようやくできましてね」

 上官の答える声には、特になんの感慨もない。

「さすがにもう動かないでしょうし、ばらして換装用のパーツを取ります。さて、こちらへ付いてきてください」

 言われるがまま奥へ向かう上官の後を追う。

 ギアローダーに乗るようになって、あの硬い殻に包まれていれば戦場でも大丈夫なんじゃないかなんて気になっていたけど。そんな幻想は脆く打ち崩される。一体どんな敵と戦ったら、あの鋼鉄が粘土のように千切れるのだろう。

「君のローダーのログにいくつか気になる点があったので、確認がてらテストをさせてもらいたいわけです」

 上官はいとも気楽に言ったが、僕はその言葉に不穏なものを感じる。気になるってなんだ。なにをさせられる。

 ドックのひとつへ来た上官は、出庫パネルを操作して立体格納庫から僕のTGrSチグリスを呼び出し、クレーンでドックへ納める。

 チグリスへいつもとは違う変な配線を差し込みながら上官は言った。

「いつも通り乗って、いつも通り接続してください」

 いつも通り、と言われたことに少し安堵して乗り込む。チグリスは小さい機体なので中も当然狭い。このすっぽり包まれる感じ自体は嫌いではないが、暗闇で身動きの取れない息苦しさはあった。接続がうまくいって外の景色が見えるとほっとする。

 チグリスの正面に立った上官がぱたぱたと手を振っていた。

「こちら見えてます? 聞こえてますか?」

 声は外の音を拾ったものではなく、音声通信で繋げたものだった。僕も通信で返す。

「見えてます。聞こえてます」

「ん、いいですね。それじゃあ外部出力へ切り替えますので」

 外部出力の意味が分からずにきょとんとしていたら、突然にすべてが途絶えた。

「―――――!?」

 すべて、だ。まっ暗闇なのではなく、無でなにも視えない。なにも聞こえない。なにも感じない。自分が無くなったみたいだった。驚いて声をあげたのに声も出ない。なにが、どこで、どうなって。じたばたと暴れたいのに、動いてくれる体も無い。なんだこれ、助けて助けて。

「はい、ちょっと落ち着いてくださいね」

 どこからともなく上官の声。聞こえるんじゃなくて入ってくる。人の声にさわれるなら触りたい、なんて思ったのは初めてだ。とにかく上官へ助けを。けれど声は出ないしどうすればいいか分からない。

「大丈夫ですよ。こっちへは聞こえてますし」

 全然大丈夫じゃない。

「簡単に言えば、機体と君の電気信号をすべてデータ化してこちらへ出力してるだけです」

 意味が分からない。もう嫌だし出して欲しい。

「駄目です。全部終わるまで出せません。早く出たければ大人しくしてなさい」

 上官の声が冷たい。

「君が動こうとすると信号がみだれます。まず出来るだけフラットなデータを取りたいので、力を抜いてリラックスしていてください」

 無理無理無理。この状態でリラックスとか、どこのアルだ。

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