第27話 手紙
この日、僕は不貞腐れていた。怒るようなことがあったわけじゃない。だから不機嫌になるような道理もないのだけれど。理屈でなくモヤモヤ不満が燻っている。
夜、部屋へ戻ってもそれは収まる気配がなかった。口をついて漏れたため息をとうとう皇女殿下に咎められる。
「どうした。不景気だな」
ベッドの手すりにもたれ、整った顔が覗く。僕はそれを億劫に見上げた。このわだかまりは人に分かってもらえるような類いのものとも思えず、僕の口は重い。
「なにかあるのであれば、ほれ、話してみよ」
皇女様は引っ込むことなく催促してくる。どうにも持って行き場のない感情を僕はどうにか吐き出した。
「今日、国語があって。作文の授業だっていって遺書を書かされた」
微かに皇女様が顔を傾ぐ。緩やかな金髪がこぼれた。
「遺書を書くのが嫌だったのか?」
「いや、いや、そうじゃなくて」
なんて言えばいいのだろう。学兵とはいえ軍属にあるのだから遺書の必要性は分かる。書けと言われるなら書く。でも。遺書を書くのが作文の授業? 作文の授業で遺書を書け? なんというか、それは違うと僕は思った。授業としても遺書としても、それはあんまりおざなりじゃないか。
「ふむ」
皇女様は肯定も否定もせず、小さく相槌を打つ。
「なんか、おかしいと思うんだ。しかもぴらりと一枚例文を寄越して、それで書けって。そんなの、遺書でも作文でもないだろ」
そんな適当なくせして遺書は
もっとも、アルなんかもらった定型文の上に紙を敷いて上からなぞっていただけで、文言の言い替え例なんかもそのまま全部書いていやがった。あの遺書を受け取ったら家族は悲しめばいいのか呆れればいいのか、さぞや分かんないことだろう。
「それでお前は? どうした? 書かなかったのか?」
「書いたよ。書かされた」
書かないなんて選択肢は許されてなかった。クサクサしていた僕は文面を考える気になれず、アルみたいに例文をそっくりそのまま殴り書きして封にして提出した。もちろん、さすがに言い替えのとこはちゃんとしたが。
「まぁこんなこと言ってるの、僕だけだけどさ」
誰一人不平を言わない粛々としたあの雰囲気が、また僕の癇に触った。結局、僕の度量が狭いだけなんだろうが。
「そうか」
皇女様の穏やかな瞳はずっと僕を見つめている。
どうせ皇女様にもこの腐る気持ちは分からないだろう。それでも、ただ聞いてもらっただけで半分ぐらいは気分も軽くなったように思う。
「そういえば」
腕へ顎をのっけた皇女様が言う。
「お前は家族へ手紙を出さないのか? こちらへ来てしばらく経つが、まだ一度も書いてないであろう?」
僕はちょっと黙る。手紙。家族への手紙、か。
「書いてもうちの親、文字読めないし」
うちでは兄が僕と同じで読めるけれど。
「兄は僕が軍へ入るのにすごく反対で、一番怒ってて、見送りもしてくれなかったから」
その人へ僕の近況を伝え家族の安否を尋ねる手紙は書きづらい。
「いくら反対していようと無事に過ごしているかどうかぐらい知りたいものではないか」
皇女様はそんな風に言う。でもそれは、皇女様が知らないからだ。兄の反対がどれほど苛烈で、それを押し切った僕にどれだけ怒っているのかを。
「無理だよ」
僕からの手紙なんか受け取って、また烈火のごとく怒る兄しか想像できない。きっと火に油を注ぐだけだ。
ロフトの上からは沈黙とため息が降ってきた。どういう意味のため息だろう。
「アオイ・カゼ」
やるせないほどの静寂の間をおいて、皇女殿下が言った。
「それほど反対されてなお、お前はなぜ来た?」
目だけで見上げた皇女様はとても静かな表情で、そこに感情の色はなにも読み取れはしない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます