第26話 衝撃


「しかし無様だったな」

 部屋へ戻った僕へ投げかけられた、皇女様の有難い第一声だ。

 果てしない腕立て伏せで両腕の死んでいた僕は、椅子へ腰掛けた皇女様を睨んだ。

「……ほっとけ」

 昼間の模擬試合の話である。皇女様の顔は意地悪く笑っている。

「首脳部も期待外れだと、えらく失望していたぞ」

 皇女殿下の言葉がグッサリ刺さる。別に勝手に期待され、失望されても僕の知ったことではないが。懲罰の腕立て中に頭上から浴びせられた罵声で既に砕けていた僕のガラスのハートへのトドメにはなった。

「もう勘弁してよ」

 疲れていた僕はいつか皇女様がしていたようにロフトの梯子へ腰を預けた。

「だがまぁ、下手に期待されて激戦区へ送られるより安全だからな。良かったな」

 あんまり慰めになってないけれど、それももっともだ。

「それにしても。もう少し動けるものと思っていたのだが。あの棒立ちはどうした?」

 あれはでもまぁしょうがないんですよ、殿下。


 チグリスを動かしてみて、そう悪い感じはしなかった。なんせ神経接続だ。煩雑な操作をしなくても神経の信号を読み取って動いてくれるのだから、あとは僕の感覚の問題。まだまだ練習不足で慣れてはいないけど、僕は機体に相性の良さを感じていた。これでも適性率ピカピカの100%だし。

 ここまではいい。

 試合の番が来てしまったから、おっかなびっくり定位置へ就く。相手の姿が見えた。チグリスの操縦席には窓も画面もないのだが、なぜか視える。チグリスの撮影した外部映像データが僕の神経へ入ってきてるんだとか。……深く考えると恐いので考えない。

 相手は標準的な四メートルのギアローダー。鈍いカーキ色で羨ましいことだ。中身が誰かは知らない。教官は相手の出席番号を言っていたけど、聞いたところで分からない。いい加減クラスメートぐらいは覚えたほうがいいんだろうか。この視界、ちょっと見辛いな。小さい画面で覗いてるみたい。不利かも。

 とりとめもなく、そんなことを思っていたときだった。

 ぴるぅーと気の抜けた笛の開始合図。動かなきゃ。と思った刹那、チグリスのシステムが唸った。

{ident拡張機ified能を接ーplug続、英in="H雄シリero sーズ・eriesタイプ; typ「風」e03 Kを認識AZE"}しました。

 急に視界が広がる。なんだ。ぐるり360度の風景。見たことない。十二時方向6M先にギアローダー一。試合の相手。脳へ雪崩れ込んでくる情報。敵。俯瞰刷る光景。訓練場48,752平方M。でこぼこ。まるで裸で突っ立ってるような。敵機種別elePsエレパスⅢ。重量型。天候快晴。機体記号069-795。拡大映像。試合場四方10.0M。位置認識。微風と砂埃の匂い。50cm方眼レイヤー合成。識別名ジェーン。搭乗者番号460327。顔映像。15歳。フィールド立体画像化。周囲360度探索。暑い。訓練フィールド内人間三十二名。息づかい。57.69kg。36.2℃。右手発汗3ml。elePsⅢ069-795脚部稼働開始。上空四時79度鳥影一。elePsⅢ069-795位置10*6スタート。距離5。近い。クラスメート十八名。気温湿度24℃41%。二時14.3M教導上官230138。37歳、手に笛。青空、雲なし。鳶メス。南南西へ49.16m/s飛翔。光源太陽。陽ざしが強い。高度76.10方位186.22。戦術線がレイヤー表示。お洗濯日和だ。elePsⅢ069-795基本武装振動刃76.2mm砲搭、非起動、脅威零。elePsⅢ069-795接近加速。戦術線変更。俯瞰。観客の視線が刺さる。周辺危険域に人なし。2秒後衝突。elePsⅢ069-795右脚部二間接部駆動機関に損耗。動きがおかしい。九時07.9M上官記録係22023欠伸。排気熱。フィールド位置14*16に抉れと突起。衝突地点予測10*16。衝撃予測62G。後方3Mフィールドの限界。風向北東風速3m/s。乾いた空気の匂い。誰かの息を飲む音。衝撃。

 気づいたらぶち倒れていた。というのが僕の身に起きた出来事である。試合が終わると情報の嵐が嘘のように急に静かになったけど、僕の頭の中はぐわんぐわんしていた。


 僕は殿下に向かって首をひねる。

「もうなにがなんだかさっぱり」

 思い出しても頭の中がぐちゃぐちゃして、説明できる気がしない。だから僕はそれだけを言った。

「そうか。適性が高くともやはり操縦は難儀するのだな」

 もはやそういう問題でもない気がする。

「まだちょっと頭痛いし」

「打ったのか?」

「別に打ったんじゃないよ」

 衝突したときは自分へ当てられたように感じたけれど、僕の身体はクッションにばっちり守られて打ち身ひとつない。実際の衝撃はゼロ。自分が無事なのだと理解するのに少し時間がかかってしまった。

「そうか。しかし、もしひどくなるのであれば、ちゃんと診てもらうのだぞ」

「うん、大丈夫」

 たぶんちょっと頭が疲れただけだと思う。そのうち治るだろう。

 むしろ痛みより、頭にこびりついて残っている言葉が気になっていた。英雄シリーズ。チグリスのシステムに流れた、それ。なんとも不穏な気配がして、実に嫌な感じだった。

 もっとも、今日の僕がヘボだったおかげで〝英雄の孫〟疑惑視線はさっぱり消えた。もっけの幸い。

 負けて喜ぶ僕を皇女様はなにか言いたげな顔で見ている。僕はふと思う。

 ねぇ、殿下。もしかして、君も僕に英雄の孫を期待して、それでこの部屋へ来たのか。期待が外れて失望したら、そうしたら出て行ってくれるんだろうか。

 でも、それを聞くのは、なぜか怖い。

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