第25話 ご天覧


 僕が乗ることになったギアローダー、TGrSチグリスは格好よくない。だいたいなんで白ピカなんだ。こんなので戦場へ出て、いちいち付く傷を気にしろっていうのか?

 僕がチグリスを睨み上げているところへアルがやって来る。やつもチグリスを見上げ、そして無言になった。アルでさえコメントに困る機体、それがチグリスだ。

 アルはなにも言わずに帰っていった。いや、なんか言えよ。せめて一言、なにか言ってくれよ。

「言うほど悪い機体でもないですがねぇ」

 そう言ってくれるのは工廠付きの上官で、この人は軍人と言うよりは技術者らしく気軽に言葉をくれる。

「君にはうってつけだとも思いますし」

 ぜひともその理由を僕は聞いてみたい。

「チグリスは恐らく後期に作られていた機種で、性能はもとより燃費がいいんですよ。エネルギーポットの交換回数が少なくて済みますから」

 ギアローダーの全電源はエネルギーポットと呼ばれるでっかいバッテリー的なやつに依っている。普段はともかく、戦場では搭乗者本人が交換をしなければならない。なかなかの重労働だ。

 その回数が少なくて済むから良かったねって、それは僕がチビだからチビの機体で良かったねってことか、おい。



「今日の訓練は予定を変更し、模擬試合を行う」

 半日訓練の日、教官が僕らを並べて言い放ったその言葉に僕はぎょっとした。

 ちょっと待ってほしい。試合? 皆はともかく、いろいろ出遅れた僕はようやくチグリスの基本的な動かし方を覚えたところで、まだまともに訓練も出来ていない。

「なお、ご天覧試合である。恥ずかしい動きはするな」

 続く教官の言葉には、僕だけでなく並ぶ全員が「は?」となった。教官は微かに顎を振り、横をちらりと示す。僕ら全員が馬鹿正直にそちらを見た。

 訓練場横の観覧席の高御座たかみくらに入学式以来の皇女殿下のお姿があった。小さなパラソルのもと、偉そうな人たちに囲まれ、優雅にお座りになっている。僕らの視線に気づかれた皇女殿下は涼やかな微笑みとともに小さくお手をお振りになられた。

 なにやってんじゃあああ!

「新人をお気遣いになられる皇女殿下たってのご希望である。無様な動きをした者は、死ぬと思え」

 なぁにしてくれてんじゃああああ!

 それにしても、遥か高みにおわす皇女殿下のお姿は、僕のベッドでゆるゆるポテチを貪る皇女様ととうてい同一人物とは思えない。どうもおかしな感じだ。

「各自準備の上、指示に従い試合に臨むこと。一時解散」

 あー。恥ずかしくない動き以前にまず動けるかどうか、なんだけど。死んだ。



 唯一、僕がチグリスで良かったと思うところがある。なんというか、居住性アメニティがくっそいいのである。いや、兵器としてどうなんだ、というレベルで良い。というか、これは本当に兵器のつもりで作ったのか?と思う。

 普通のギアローダーなら搭乗者の安全が最低限確保されていれば後はどうでもいい、と言わんばかりの造りである。ところがチグリスときたら、なんの素材でできてるんだか、しっかり優しく全身を包んでくれる低反発クッションで、すっぽり収まった僕はやたら居心地が良い。やっぱりコレ兵器じゃないだろ。

 チグリスは操縦桿などが一切ない、完全神経接続型のギアローダーである。つまり搭乗、操縦中の僕の身体はほぼ寝てるみたいなものなので、この居住性はなんのご褒美ですかと聞きたい。いっそ夜は寝袋じゃなくてチグリスで寝たい。と言うわけで、僕の機体名は「シュラフ/チグリス」で登録されちゃってある。

 手順に従い装置を付けてチグリスへ接続。この辺りはしっかり練習させられたので問題ない。教官の指示を聞くため回線へつなぐ。僕の出番はまだ先のようだ。

 試合、といってもそう大層なものではなかった。僕ほどではないせよ、クラスメートもローダーを動かしはじめたばかりの初心者である。大したことはできない。だからルールは簡単に言ってしまえばお相撲すもう。武装等は使わず、決められた線の中で動いて、相手を範囲外に出すか転倒させれば勝ち。動けさえすれば、とりあえず試合っぽくなって無様とは言われずに済むかもしれない。


 先に結果だけ言おう。無様な棒立ちで吹っ飛ばされた僕は、死ぬほど恥ずかしい動き(動けてないけど!)だったとの評価を受けて死ぬ目に遭わされたクソ。

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