第二五段 長与

長与町は長崎市より北方にあるベッドタウンであり、北陽台高校の母体となっている。

地形は長崎市と似たり寄ったりであるが、長与川という小川と県央との境ともなっている琴の尾岳が聳えている。

周囲に自然が多いのは長崎の他の市町村に漏れず、それでも、人はその合間から開拓を進めており、山地にまで家々が連なっている。


このような環境の中で私は高校生活を送り、文芸生活を始めた。これが、今にしてみれば正に幸いであったと思う。

自然と人間とが奇妙な立場で相対している中で、文芸家の端くれとして詩的な情緒を磨くことができたのである。

特に、三度登った琴の尾岳は私に数々のエネルギーを与えてくれた。

また、堂崎の岩場では革靴で遊んだこともあり、自分と自然との対比を考えさせられたものである。

微小、そして、広大。

今までも、そして、これからも、私は自然に対する畏敬の念が文芸観のどこかにあるものと思う。


 蒼天の ちぢれし雲の 海原の 万里の果ての 芥子粒よ 我


高校時代は何も文芸ばかりではない。

曲がりなりにも理系のクラスに在籍した私は、その立場でもこの長与を礎とした。

長与港、橘湾を高二の夏には高校生として『研究』し、その時初めて、海というものが非常に異質なものであり、楽しいものであるということを覚えた。

それが、行く行くは大学受験へとつながり、その直前には一悶着を起こすこととなるのだが、今でも、その神秘性に魅せられた人となっている。

それも、幼少期の圧倒感に似た神秘性ではなく、この時はその幻想性と輝きに似た神秘性であった。


船虫を、私は愛した。

それこそが私の海に対する神秘性の象徴であった。


 船虫の 黒く駆け行く 岸壁に 繋がりを見る 青年の影


唯一つ、色沙汰は皆無であった。

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