第二四段 北陽台

我が母校、長崎北陽台高校は膨れ上がる長与方面の高校生を受け入れるべく、『長崎』に作られた五番目の公立の進学校である。

しかし、その実体は長崎市内にはなく、西彼杵郡に属しており、故に、電話帳に母校の番号が載っていないのを知ったときには、母子共に言葉を失ったものである。


北陽台高校は小高い丘の上に立つ、それこそ自然豊かな中にある高校であり、秋には教室を虫(主に蜂)たちが行き交うような高校である。

周囲には、高校生の興味を惹くようなものは一つもなく、歩いて(谷を越えて)少々行った先にあるファミレスが残された光であった。

それだけに、勉学に集中するにはよく、そのせいかはともかく、長崎でも屈指の進学率を誇っている。

が、その中で私は先述したとおり、文芸の世界にどっぷりと浸かり込んでしまったのである。

成績は落ちた。

『貴重な』青春における恋愛は放棄してしまった。

それこそ、頭から崖へ飛び込んでしまったようなものである。

とはいえ、高校入学の当時は文芸などというものに一切の知識はなく、部員が少ない中で(先輩は三年生一人という惨状)我武者羅に文芸へと打ち込んだのである。


それに、北陽台は私が文芸に打ち込むにはいい条件が揃っていた。

「文芸」があり、何もない状況があり、話の種があり、そして、自然があった。

これが、私の文芸観を大きく左右し、今に至る文芸の基礎を創り上げた。

特に、無為と自然への敬慕は文章への優しさに繋がってゆく。

この『優しさ』はそれこそ幸福である。


そして、この精神を支え続けたのは校舎裏に広がる畑であった。

迷った時にはここへ行き、学び舎を下から眺めた。

夕暮れと自然の威圧の中で見る現は、どこか温かであった。


 夢現 彷徨う者は 惹かれゆく 温かき火の 灯る陽の丘

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