第40話 おっさんとの対話
大きな衝撃を感じた。
視界は暗転。同時に浮遊感に襲われる。
無重力空間に放り出されたようで、ちょっと気持ちいい。
だが、それも一瞬の出来事。
次の瞬間、ペントハウスにいるままと気づいた。
ルキもジュディもいる。
違いと言えば、テレビのスイッチが切れていることくらいだ。
あと、なんとなくだけど、世界がくっきり鮮やかに見えるかも。
暗闇から戻ったからかな。
ジュディは意外なほど冷静な表情で、自らの首に指をあてている。
「バイタルなし。はい、ご臨終っ」
へ?
たちの悪い冗談を。
「メイジ、胸に手をあててみてっ。懺悔しろってんじゃないわよ。心臓を確かめてみて」
胸っていっても、左、うん? 真ん中、右……あれ、心臓ってどっちにあったっけ。
どこにも、鼓動がない……。
「まさか俺、心肺停止とかっていう」
「そうなんだけど、その言い方はたぶん違うねっ。生命活動が消えちゃったのよ。ルキルキ、わかる?」
「確かに……脈、ないわね」
「【声】の言ってた通りねっ。地球は滅亡。私達は死にました。アーメン、なむー」
ジュディはなぜかテンションが高い。
やけくそなだけかも知れないが。
「さっきも言ったでしょ。宇宙で聞いたことっ。三月二十三日、午後二時四十七分に地球は消滅って。二ヶ月で対策が打てるわけないじゃん。公表してもパニックを呼ぶだけだからさ。内緒にしてたの」
「ジュディ、よく正気を保てたわね……」
「ルキルキっ……正直、私一人じゃ無理だったわ。何十億もの命を背負った嘘だもの。頭脳もハートも一流の科学者仲間が一緒だから耐えられたのっ」
天才科学者は大きく息を吐く。
「それにしてもきつかったー。今日が無事来てくれて、まあ、無事じゃないんだけど。やっと肩の荷が降りたっ」
重荷を降ろして早々だけど。ドクター、俺達どうしたらいいの。
「メイジくん、ジュディ。【声】が聞こえるよ」
ん? おお、聞こえる。
俺にも【声】が。
【よう来たな。これからそっち行くさかい、待っとき】
なんか、おっさんのくたびれた【声】が。関西弁で。
「あのさ、お二人さん。【声】、聞こえてるんだけどさ。本当にこれで合ってるの? 神聖さを欠片も感じないんだけど」
「メイジ、個人差が凄く大きいのよ。誰にとっても、自分の聞いているものが本物よっ」
それにしても、野太い、ちょっと酒ヤケしたような声音。
昼間からモツ焼き屋でくだを巻いてる系のおっさんボイスだ。
「ちょっと失礼しまっせ」
頭に響いてるものと同じ【声】の人物が、普通に部屋の戸を開けて入ってきた。
身長は百六十センチないくらい。
色黒パンチパーマでガチムチ。
人相は金融会社かマル暴刑事か反社会系。
なんだ、どっかで見たことあるぞ。
記憶をまさぐる……ああ、確か!
「ダイナマイトプロレスに上がってたグラン田畑」
でも、たぶん、本人じゃないよな。
ベテランレスラーの姿をした誰かは、ソファにどっかと座り、俺をにらみつける。
「あんな、にいちゃん。わしの姿いうんは、見るもんの気持ちを反映するねん」
確かに、俺の右手にいるジュディは涼やかな笑顔。
左手のルキは両手を拝むように組んで、憧れの君を見つめるよう。
どちらも、この加齢臭とアルコール臭のコンボが漂いそうなおっさんへの態度には見えない。
「いま、あんたが見とる、わしの格好。それは【声】っちゅうもんをいかに馬鹿にしてるか言う証拠やで」
「ねえ、ジュディさん」
「わしの話を聞けや。今、そっちが気にしてるもん見せたるさかい。ええか、これがジュディに見えてるわしや」
場末の熟年プロレスラーが一瞬にしてダンディな英国風紳士に変身した。
全体の印象としてはジェームズ・ボンドを思わせる。
上品なグレーのスーツを粋に着こなし、足元も磨きの利いた革靴で決めている。
肩の広さ、胸の厚さは力と色気を醸し出し、深く青い瞳は知性を、顔の程よい皺は理性を伝えてくる。
「ジュディ・ホージョーには、このように見えているのさ」
声を抑えた感じの低音。吹き替え洋画の二枚目壮年スターがはまり役って感じ。
「そして、そちらのお嬢さんにはこう」
またもや変身。
「キリスト教の聖職者です。城戸ルキはカトリック系の学校を出ていますから、【声】のイメージも自然とこうなるのでしょう」
年は二十代後半といったところか。長身で真面目そうな神父だ。
穏やかで優しい声は、女性の琴線に触れそう。
寂しいマダムに改宗を勧めたら、先祖代々の寺すら捨てさせかねない。
「そして、メイジさん。あなたには」
三度、変身。
「こういうおっさんや。このまま話していくで」
しかし、なんで?
「【声】に記憶の中で適当な姿を当てはめた。そしたら、人生のちょい役にも程があるベテランレスラーになったゆうわけや」
「ふうん、どうでもいいや」
「そういうのは思ってても口に出すなや。ともかく、せっかく会えたんや。気にしてたこと教えたるわ」
気にしてたこと?
「ルキとの出会いや。心に引っかかってたやろ。その思い、成仏さしたるわ。もう死んどるけどな」
くだらない冗談を半笑いしながら言いやがる。
「あれ、わしが導いたんや。あんさんについて知りたかったんでな。わしの【声】を聞いて育った城戸ルキに動いてもろた」
「なんで、俺なんかを」
「輪廻転生とか生まれ変わりってわかるやろ? ここ百年であんただけやねん。初めて生まれる魂。地球はもう無くなる星やさかいな」
「ああ、その手の話か……いいよ、もう。スピリチュアルとか飽き飽きしてんの」
「この状況でそれ言われてもな。ここ死後の世界やん」
「まあ……なあ。じゃ、手短にしてくれ」
「ええやんか、時間はたっぷりあるで。それでな、新品の魂が生まれるとかおかしいから注目してな。様子を見に行ってもろたんや。後は自由意志やで。好きになるもならんも本人次第やからな」
「秋葉原での再会は?」
「あれはたまたまや。ただ、秋葉原へ行けとは言うたけど。子供の頃に縁を繋いだから会えたっちゅうのはあるな。あんな、これから世界の仕組みを話すで」
「手短につってるのに……」
「ここが大事なとこなんや。がまんしい。ええか、話すで」
俺は床に胡座をかく。戯言を聞き流すのに立ちっぱなしの必要もない。
「人の魂いうのは種みたいなもんや。何度でも生まれ変わり、育っていく。星に寿命が来るまでな」
ああ、結局、スピリチュアルか。
検証不能な世界の成り立ちを上から目線でレクチャーしてくる奴。
「えらそうに。何様のつもりだよ」
「せやから、考えてること口に出てるて。わし、一応、神様や。ええから聞き」
神様ってこんなに有り難みのない存在だったのか。
生前、何も信心しなかった自分をほめてやりたい。
「星が死ぬ時、魂は宇宙に旅立っていくんや。気の遠くなる時間をかけて育った末にな。もちろん、未熟な魂も多い。そういう子はわしみたいな元の星を創ったもんと一緒になって新しい星を創るんや。でな、適者生存って言葉知ってるか」
俺は首を横に振る。
「魂はあらゆる次元の宇宙に隈なく散っていく。未来の環境や状況に適応できるのがどんな子か誰もわからん。多様性が大切やねん。イレギュラーこそ宝。この世に無駄な存在は誰もおらへん。それがおまえに目をかけてた理由や。なんや寝転がるなや。聞きいや」
「それでさ、俺はこれからどうなるの?」
「聞いてへんかったな……」
「ぶっちゃけ、聞き流した。興味ないんだよ、あんたにも、あんたの話にも。これからのことさ、要点だけ言ってよ」
「しゃあないな。ほな、これからの話や。わしもおまえらも、これから宇宙に散る。わしについてくる魂がほとんどやけどな。独立しようって子もまあまあおるわ。桜葉メイジはどないすんね」
【おっさん】は手を叩いた。すると、部屋が粒子状に溶け始めた。壁も床も天井も、ソファもテーブルもテレビも。
後には見渡す限り、どこまでも続く白い世界。
遠くの方まで大勢の人々がいる。
そして、天には宇宙が広がるのみ。
十人程のグループがこちらに向かって手を振っている。
ジュディは嬉しそうに手と声を上げて、彼らの方へ走っていった。
「ジュディ・ホージョーは、わしから離れると思うてたわ。 あれは科学者仲間やな。皆、あんな感じで縁ある者同士で一緒になりよる。もちろん、一人で旅立つもんもおる。たまに宗教の教祖みたいな子がえらい大勢で行きよるけど。なあ、城戸ルキ、あんたはどないするん」
「そうですね」
ルキは穏やかな笑みと共に口を開く。
「【声】さんからは離れようと思っています。もう、あなたなしでも大丈夫だから」
「そうか。桜葉メイジと旅立つ気か?」
ルキは俺の顔を見てくる。
そんなに腹は決まってないんだけどな。
それ以前に俺、旅立っちゃうの?
「桜葉メイジ、あんさんどうせ、わしについてくる気は毛ほどもないやろ」
「ないね。でもなあ、独立とか起業とか柄じゃないんだよな」
「そら、好きにしたらええ。でも、ついてくる気はない。自分から動く気もない。ほな、ここで消滅する気かいな」
「それも嫌だな」
「メイジくん、私がついてるから」
「自由意志や。二人で新たな世界を創るとかええやん」
「いいえ、【声】さんに勧められても、私にその気はありません」
「ほう」
「私達じゃトウが立ちすぎですって。ボーイミーツガールのセカイ系ラノベは無理無理。皆で行きます」
「さよか。なんや、成長したなあ。わしにおんぶに抱っこやった頃が嘘みたいや。おっ、大所帯が出発しよったな」
【おっさん】は宇宙を見上げる。
光の一群が彼方へと飛び去っていく。
「見てみい。あれはカリスマ的音楽家のグループや。総勢三万人というとこか」
遠くを見やり、感慨深そう。
誰に言うともなく、詩らしきものを呟き始めた。
「星の子らはあまねく宇宙に散り、
幾人かは星を成す。
億、兆、京、那由多、
阿僧祇、恒河沙の世代を経て
闇に咲いた命は、別れ、出会い、
分かれ、融け合い、解かれ、
抱き合い、放たれる。
生命が味わえる自由は余りに小さい。
つかの間の喜びに感情は震えても、
世界はより大きな法則に支配される。
だが、魂の遺伝子で繋がりし者が
幾星霜を味方にくびきを砕く。
地球に芽生えし者よ、
無限の彼方で邂逅すべき魂よ。
次元の先で新たな詩を紡ごう。
んぎゃ!」
気持ちよさそうに吟じる【おっさん】の後頭部をジュディが蹴った。
「お、おまえ、仮にも創造主やぞ。足蹴にすなや」
「気持ちよさそうに、ポエムってんじゃないよっ。まだ、メイジとの話、終わってないでしょ?」
「わしは言うたら、おまえらの親やんか、敬意の欠片もあらへんな」
「親ねえ。じゃ、言わせてもらうけど、ネグレクトと過干渉で人類ぼろぼろよ。私ら【声】にどんだけ振り回されたか。今更そんなこと責めるだけ無駄かっ。おい、【声】。ちょっと、そこで見てなっ」
ジュディさん、きついっすね。
こいつ、俺には関西弁の熟年プロレスラーに見えてるけど、あなたには英国スパイ風ナイスミドルなんでしょ。
よくまあ、思い切りよく蹴れるし、言えるよな。
「ルキルキ、メイジ。あなた達と一緒に旅立つのは種の生き残り戦略として正しいわっ。ノッてもいいよ。彼らは私が決めるなら問題ないって」
ジュディは目で後ろにいる科学者達を示す。
皆、うなずいたり、手を上げたり。
うちのグループの平均知能指数が急激に上がったな。
「ルキさーん、メイジさーん」
アミガの四人が駆け寄ってくる。
「こっちにいたんすか。俺らも付き合いますよ」
力山が率いるプロレスラー軍団ものっしのっしと近づいてくる。
うちのグループの平均知能指数が急激に下がったな。
「メイジくん、私は全部オッケー」
ルキは笑顔。なら、いいや。
「よくわかんないけど、皆で行きますか」
どこまで行くのか、いつまで行くのか。
どうなるにせよ、このメンツなら退屈はしないだろう。
それにしても何処へ?
【おっさん】に訊いてみるか。
「なあ、俺、どこへ行けばいいの?」
「どこでも行ったらええがな。宇宙を旅して、ええと思うあたりに星を創ったらよろし。意志あるとこに星もでけるんや。せやけど、科学的な条件とかあるしな。太陽や他の星との距離も重要やで。そこんとこ、いい加減やとせっかく努力してもパーや」
「メイジ、そこらは私達にまかせてっ。宇宙物理学者も天文学者もいるからっ」
「ういっす、ジュディ。それからさ【おっさん】。星を創るだけじゃなくて、また、肉体を持ちたいんだけど、どうすりゃいい?」
「そら、簡単なこっちゃ。生物ができるまで星を進化させて転生したらよろし。そこまで行くのが大変なんやけどな」
「それは助かったわっ」
言うやいなや、ジュディは科学者グループで一番若くて線の細い男の手を引いて抱き寄せた。
熱いハグと口づけ。見てるほうが恥ずかしくなるディープなのを一分間程。
「ぷはっ、やっぱり死んでるとキスもハグも頼りないわね。肉体が必要よっ」
哀れ、若い科学者はその場で腰から崩れ落ちた。
手をついてぜえぜえ息を吐いている。サキュバスに襲われた村人って感じ。
「じゃあ【おっさん】、さよなら」
俺は軽く手を振って歩き出したが、ルキは踵を返して【おっさん】に駆け寄っていく。
「いままでありがとうございました」
丁寧にお辞儀をしている。
アミガやプロレスラー達もそれにならって頭を下げに行った。
「皆、おおきに。ありがとうな。ほんま、こない礼儀のできた子もおるっちゅうに……」
聞こえよがしになんか言ってるけど無視することにした。
さ、行こう。
「桜葉さーん、私も行きますー」
げっ、バロック鹿原!
後ろには弟子筋らしき者が十人程度ついてきている。
ディーバ・リサやジャック・ジョンソンの姿も見える。
「こいつらもかよっ」
うんざり声を出したらルキに返された。
「いいじゃない。仲良くすれば!」
「まあなあ。しかし、こんな成り行きメンバーで新しい星って創れんのかな」
「大丈夫、メイジくんなら、ちゃちゃっとできるって」
ちゃちゃっと……そうだよな。
地球ってこんな感じだったってパクりゃいいか。
それが俺の成功体験だ。
適当こそジャスティス。
「よしっ、皆。ぼちぼちいこう!」
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