第39話 三月二十三日、午後二時四十七分
「日本の皆さん、明けましておめでとうございます。ジュディ・ホージョーです」
ペントハウスのテレビには宇宙からの映像が映し出されている。
「今、私は地球から二千キロメートルの場所にいます。ここまで来ると二ビルの影響を受けません。つまり、私とスタッフ達には【声】が聞こえています」
我らが栄えあるプロジェクトリーダーは先程まで英語で、今は母国語で宇宙からのリポートを届けている。
しかし、もう一月も下旬、あけおめはちょっとないよな。
「人類が六年ぶりに聞く【声】です。懐かしくて泣きそう。ここにいる十人の科学者はそれぞれに【声】から知識や情報を得ています。そこに妄想や勘違いが含まれていないか、皆で話し合い、まとめて、数時間後には地球の皆さんにメッセージをお伝えします。では、【声】に集中しますので一旦中継を切ります」
混迷する世界の行く末と、二ビル再来襲の噂を確かめるため、ジュディが始めた有人宇宙飛行計画『プロジェクト・ボイス』。
ただ【声】を聞くためだけに十人もの科学者を宇宙に送り出している。
【声】の聞こえない俺には、遠くに住む占い師に見てもらうため、高い交通費を払うのと大差ないように思えるけど。
何千億円という予算をうちの会社からNASAに渡している。
参加した科学者の国籍は米国、ロシア、フランス、イギリス、ドイツ、日本、イラン、イスラエル、インドネシア、フィンランド。
かつて二ビル迎撃でジュディと組んだ仲間を中心に各国の精鋭が顔を揃える。
米国とは政治的に揉めている国も含まれるが、ジュディはビッグネームだし、プロジェクト予算は自前で用意しているし、無事希望通りのメンツに決定した。
正義のヒロインがマスコミと大衆を味方に主張すれば、自前で予算を出すのなら、無理は通るってことだ。
「私も行きたかったな」
ルキが言葉をこぼす。
「【声】が恋しい?」
「そうね……懐かしいってとこかな。親元から離れた感じかしら」
テレビに映し出された宇宙空間を、故郷を想う眼差しで見ている。
「前は【声】なしの人生なんて想像もつかなかったけど。これはこれでありね」
俺がいるから、とか甘い言葉はなし。
まあ、いいけど。
宇宙からの中継か再開されたのは三時間後だ。
今度は日本語なし。ジュディの言葉をルキが通訳してくれる。
「地球の方向へ移動している巨大天体について【声】から伝えられた情報を発表します。六年前と同様、今回の巨大天体も次元転移をします。つまり、画像やレーダーで位置を追跡しても消えたり現れたり。しかも、消滅、出現共に距離も間隔も不規則です。地球は確かにその軌道上にあるのですが、決して衝突はしません。安心してください。巨大天体は太陽系の外で別次元に入り、太陽系を飛び越えてこちらの次元に現れます。その時期は三カ月後とかなり近いですが対策の必要はありません」
ルキは溜息をひとつ。
「だってさ。メイジ君、まだ日は高いけど、ビールいく?」
☆
巨大二ビルは無害。
このニュースが吉だったのか、凶だったのか。正直、わからない。
共通の脅威が去ったせいか、各国は宗教、民族、領土、経済と様々な面でさらに緊張感を高めている。
独自の道を進む中国は周辺国や地域への侵略を行い、似非サイオの『工場』建設と軍備増強に余念がない。
世界はきな臭さを増す一方、内戦や国境沿いの小競り合いは常に絶えない。
☆
春、日本は戦争状態に突入した。
沖縄に侵攻した中国軍に対して、日米共同部隊が立ち向かい、双方に死者が出た。
世界各地でも戦火が上がっている。
西アジアでは、市街地への初めてのサイオ爆弾攻撃が発生。
核を凌駕する破壊力で大きな都市が完全に消滅した。
サイオ兵器の地上での破壊力を目にした世界は絶望に包まれた。
ネットでもテレビでも、各国の指導者はサイオ爆弾の発射スイッチに指をかけた状態だと報じられている。
もし、どこかの国が暴発すれば、世界中で、かつて二ビルを焼いたような火花が散ることだろう。
☆
絶望の中、日本は春を迎えた。
世界情勢は、冬から春を通り越して真夏の激熱状態だ。
ルキ、ジュディ、俺。
いつもの三人でペントハウスでテレビのニュースを眺めている。
アジアの独裁国家が同盟国だったはずの中国にサイオミサイルを発射した。
中国は誤射なのか、インドに向けてミサイルを発射。すぐに報復ミサイルを喰らい、両国とも深刻な被害を受けている。
また、ロシアに周辺国から米国の支援を受けた軍が入り、両国が大陸間弾道ミサイルを発射し合ったらしい。
もう、二ビルと無関係に世界はぶっ壊れそう。
ジュディはいきなり手を叩いて、立ち上がった。
「ルキルキ、メイジ、ちゅーもーく!」
やたらとテンションが高い、声音は明るいけど表情はシリアス。
「今は日本時間で三月二十三日、午後二時三十七分ねっ」
はい?
「発表します。十分後に地球は滅びますっ」
え?
「宇宙で【声】が言ってたのっ。二ビルは地球の座標位置にまんま出現するって。天変地異が起こる間もなく、終了するわっ。それが今日の二時四十七分」
ルキは何か言いたげな表情だけど言葉が出てこないみたい。形の良い唇を開けたまんまだ。
「こんなの下手に発表したら大騒ぎじゃん。対策の打ちようもないし。科学者全員で嘘をつくことに決めたのっ」
ええと、どうすりゃいいんだろ。
「私はこれから最後の晩酌。ビールで世界の終わりを迎えるわっ。あなた達もお好きにどうぞっ」
頼れるはずの天才は世界の終わりを告げるだけ告げて、冷蔵庫へ向かう。
「ルキさん」
「メイジくん……」
見つめ合う。
テレビからはアナウンサーの半狂乱の絶叫が流れてくる。ワシントンとモスクワが灰になったらしい。北京もニューデリーも音信不通だそうだ。
ルキと俺。互いを抱き寄せる。
ジュディは缶ビールを開けて、右腕を精一杯、宙に伸ばして缶を掲げる。
「世界に献杯っ!」」
一口目をグビグビしながら、俺達を見守っている。
口づけをする。
愛する人を抱きしめて死ねるとか。
想像もしなかった。
唇を離す。
目を見つめる。
「たぶん、この後もあるから、あんまり悲観しないでもいいわよっ」
天才おじゃま虫がなんか言ってる。
いいとこなんだから黙っててよ。
つか、二本目かよ。
まあ、いいや。時間がない。
キスに集中。
もう一度、顔を寄せて。
愛してるよ、ル
☆
あれ?
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