第38話 バラバラな世界
二ビル迎撃から五年。
あの時は一致団結していた世界の国々も、いまやバラバラだ。
思想も宗教も越えて、共通の敵撃破に打ち込んでいたのも遠い夢。
あの絆も【声】あってこそだから仕方がない。
敵も【声】も消えて、どの国も元に戻っただけだ。
そんな世界で中国だけは相変わらず。独自の道をひた進んでいる。
かつてと同じ最高指導者が権力を握り続けており、首脳陣は世界から【声】が失われたことを信じていない。
いまだに、世界各国が【声】のもとに団結して自国に敵対しているという妄執に囚われている。【声】に関するどのようなニュースも虚偽の報道と言い張り、罠と感じているっぽい。
そのため、軍備の拡充とエネルギーの確保に血道を上げている。
世界は不穏なものの、うちの会社は好調だ。俺の生活はたいして変わらない。
大晦日から元旦にかけてペントハウスで年越し。
いつもの三人で酒を飲み、取り寄せのおせち料理をつついて過ごした。
つけっぱなしのテレビに映るのは世界のあちこちで起こっている戦争や暴動のニュースと、芸人が悪ふざけをする番組ばかり。
ただニュースだけを報じればいいのに、正月だからとくだらないバラエティを何時間も流す、いつもどおりの狂ったテレビ編成。
とはいえ、この番組でも視聴者からサイオを集めてるんだよな。
さて、ここから先はネットで拾った、真偽不明の適当なニュースだ。
中国が独自に開発したサイオ的技術は進化を重ねている。
自力で理論から実用まで辿り着いたのか知る由もないけれど。
とにかく、 日本発のそれとよく似た技術を産み出している。
もっとも大きな違いはネガティブな感情からサイオを採ること。
ジュディの発明では、喜怒哀楽の喜と楽、つまりポジティブな感情からのみエネルギーを収集した。
その方が高純度なサイオが集まり、高効率に燃料へと精製できるから。
中国製は喜怒哀楽の怒と哀からサイオを集めている。
例えば、誰かが誰かをいじめている時など、怒りにまかせて攻撃している者からも、酷い目に遭って悲しんでいる者からもサイオを収集できる。
もちろん、純度は低いが量でカバー。
この暴挙を知ったジュディ曰く
「できるけどやらないわっ。科学者が倫理を忘れたら地獄へ墜ちるもの」
我らがスーパードクターからは軽蔑されている似非サイオ生産は、二種類の生産施設に支えられている。
一つは『工場』。
【声】を聞く者や政治犯は『工場』へ収容される。
再教育と国家奉仕を一度に行うための施設だ。
怒り、悲しみ、憎しみ、後悔、恨み……ネガティブな感情を湧き起こさせ、サイオを搾り取られている。
もう一つは『牧場』。
基本的には『工場』と同じ目的の施設だ。
ただし、収容されるのは女性のみ。
軍隊から感情の起伏が激しい男性を選んで種付けをし、サイオ抽出専用人間を量産しているそうだ。
『工場』については、ネットにかなり生々しいテキストや写真が流出しており、脱走者の映像もあり、残念ながらリアルな話のようだ。
『牧場』については、都市伝説というか、ちょっと眉唾だと思っている。
まだ中国でサイオ利用が本格化して五年だから、二世代目を作るとかあり得ないだろう。将来はともかくね。
中国はこうしたサイオ生産施設へ収容する人々を確保するため、周辺諸国へ侵攻し、戦闘状態に突入している。アフリカにもサイオ工場を建設し、人狩りを行っているという。
悲しいことに、世界の火種は中国だけではない。
サイオ兵器の研究はあらゆる国で進められている。
軍事におけるサイオの実力については、二ビル迎撃が格好のプレゼンテーションとなった。
米国、西欧、東欧、アジアと地域を問わず、あらゆる国がサイオ兵器の開発に邁進している。
核ではないため、抑止する条約は存在しない。
非核三原則を守る日本もサイオ爆弾はいくつか保持している。
今や原子力を凌駕する爆弾は多くの国に配備されており、数カ国が打ち合えば瞬く間に世界滅亡だ。
そんな世の中でスピリチュアルは黄金期。
誰もが神様のあり難きお言葉を求めて、終末ビジネスは盛り上がっている。
【声】なんか、もう聞こえないのに。
来年は、かつてバロック鹿原が二ビル襲来と予言した年だ。
実際にはそれ以前に何度か襲来しちゃってるんだがね。
おっさん、あの笑顔で全国行脚、今回が本命と言ってトークショーで儲けている。【声】のなくなった今、霊視は捨てて、占い師として口八丁手八丁でショーを続けている。
本来のインチキぶりを発揮しているわけだが、こんな世の中じゃ人々に希望を感じさせる必要悪かも。
サイオのおかげで俺は怪しげなビジネスから手を引けたので、業界事情はわからないけれど。
そして、残念なことに鹿原の予言は当たっていた。
ジュディによるとNASAは過去最大の二ビルが地球を目指していると確認。
もしも予言通りなら、後一年ちょいでおいでになられる。
「ジュディさんは前みたいにアメリカへ行かないの?」
「向こうじゃ朝から晩まで会議をしてるみたいね。私みたいな現場博士は手を動かす仕事だからさっ。対策が決まらなきゃお声もかかんないわよっ」
地球でただ一人の二ビル迎撃経験を持つ女は肩をすぼめた。
だが、次の瞬間、何かを思いついたように笑みを浮かべる。
「あー、会議の結果を待つ必要もないかっ。ルキルキ、二ビル対策って名目で会社からいくら出せる?」
「どんな名目だってOK。ジュディが使うのなら一兆円程度まで何とでもなるわ」
スマホをいじって、軽々と冗談みたいな金額を口にする。
「じゃあ、有人宇宙船を作りましょっ。そんなに長くは飛ばないから、さくっとできるでしょ。地球から千キロ程度でいいかな」
「じゃ、一兆円もいらない?」
「NASAの年間予算が百五十億ドルだから……日本円で、そうねっ、五千億円もあればねじ込めるでしょ。【声】を聞くための宇宙船開発っ。名付けてサイオシャトル」
宇宙に出て【声】を聞くのか。
あれ、でも確か、宇宙にも地球人っているよな。
「ジュディさん、宇宙ステーションってありますよね。あそこにいる人は【声】を聞いてるんじゃないの?」
「メイジ、良いとこに気付いたねっ。宇宙ステーションはいくつかあるけど、地球からの距離は遠い物でも十キロ程度。これじゃ二ビルの影響圏なのよね。地球からどれだけ離れれば声が聞こえるのか。正直わからないけど、そこそこ燃料と食料を積んだシャトルで行ってみましょう。【声】が聞こえたらターンしてくりゃいいんだしっ」
ジュディ・サイオ・ジャパンはNASAに開発協力という形で資金提供をすることになった。
実質的には【声】を聞く宇宙船を作るための外注費だけど。
来年の一月にはジュディをリーダーに、彼女が選んだ各国の科学者が搭乗。
地球を遠く離れて【声】の聞こえる空間までいく計画だ。
「民間の宇宙旅行会社もあるけどさっ、金とコネがあるならNASAが一番。科学者もいいのが揃ってるしね」
そりゃそうだろう。
「大統領は変わっても世界を救った私の名前はまだまだ効くのよ」
恐れ入ります。
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