第37話 爆散!
「チェックアウトしちゃうよ」
ルキの声がアルコールの残ったこめかみに響く。
十時まで、あと三十分ちょい。最初に声をかけられたのは九時だった気がする。
深酒明けの朝はやさしくしてよぉ。
だいたい、連泊じゃないとか聞いてないんだけど。
「さくっとシャワーを浴びて準備してね」
はい。強く言われると弱い系男子。
ロビーを出ると、再び黒光りのリムジンが待っていた。
「次のホテルまで四時間かな。寝足りなければここでどうぞ。お腹減ったら、そこのバスケットを開けてね」
「んじゃ、寝ます。ところで、毎日、これやるつもりなの?」
「安心して。今日からは三連泊。朝はゆっくりで大丈夫。その後、さっきのホテルに戻って世紀の打ち上げを見届けるってスケジュールよ」
「了解です。ふぁあ……おやすみなさい」
「おやすみなさい。私も……」
目が覚めたのは午後一時過ぎ、窓外に目をやると、どうやら空港から来た道を戻っているらしい。
腹が鳴った。そういえば、バタバタして朝食も食べていない。
備え付けの冷蔵庫からコーラを取り出す。
ホテルで受け取ったバスケットを開けるとサンドイッチがぎっしり。
ルキの寝顔を見ながら、ハムサンドを頬張る。
世界の終わりを女性と一緒に迎えるなんて、想像もできなかったな。
いや、もちろん、終わらない方がいいんだけども。
半々の確率って言ってたもんなぁ。
ぼーっと景色を眺める。
ぼーっとするのは得意だ。
このまま目的地までぼーっとしよう。
考え事をしたりしなかったり。
リムジンの外がやけに華やいできた頃、ルキは目を覚ました。
道行く人も通りもハッピーに彩られている。
「ずっと、来たかったの。ウォルト・ディズニー・ワールドリゾート。三泊四日、遊び倒しましょう」
はい、姫様、仰せの通りに。
☆
夢の国のエントランスでサイオ・バンドを渡された。
俺のは黄色でくまのプーさん、ルキのは水色で人魚姫のアリエルがプリントされている。
見渡す限り、スタッフもゲストも手首にバンド。
キャラも色とりどり。
ポジティブな感情が無公害なエネルギーになるサイオ。
実験から見届けていて、遂には地球を救うために宇宙へ出かけるとこまで来た。
これから俺とルキはアトラクションを巡ってポジティブ感情をたっぷり作るんだけど、この分はミサイル打ち上げに間に合わないか。
でも、意地でも楽しんでやろう。
ミッキー、スターウォーズ、アベンジャーズ、アラジン、アナ雪、トイストーリー。
アトラクションもパレードも、キャラクターが行き来するレストランも行けるだけ行こう。
楽しむことが生きる力になるんだから。
☆
三日間、体力の限り遊び尽くした。
明日はいよいよ打上げの日。
二人してリムジンで爆睡。
目が覚めたら、リゾートホテルにカムバックしていた。
初日と同じ部屋でダイニングのソファにダイブする。
俺がふかふかクッションを満喫していると、ルキはスマホで話し始めた。
そのままテレビでの大画面ビデオチャットへ移行だ。
高精細なモニターにジュディがにっこり。
安定の白衣姿で微笑んでいる。
「ルキルキ、遊び倒してきたっ?」
「もちろん、行きたいとこ半分は行ってきたわ」
「そりゃ、上等。残りは二ビルをぶち壊してから行って。あなた達のサイオ、初日の分は燃料に使うわねっ」
「早っ」
「メイジ、私を誰だと思ってるのっ? ところで初日はどこで遊んだの?」
「スターウォーズ漬けだったよー。俺、地味に好きなんで」
「そりゃいいわ。うちのミサイルにフォースの守りがあるかもっ」
だらだらと世間話を十分間。
「朝、そちらへ使いを寄こすわっ。さすがに兵器だし、地球の危機だから、探査船みたいなお祭り打上げにはならないけど、お楽しみに。今夜は酒を抑えて寝坊しないようにっ」
☆
朝八時、見事に飲み過ぎて寝坊。
ごめん、たるんでました。
着の身着のままで迎えの車に乗り込む。
夢の国で買ったミッキーやグーフィーのハッピーすぎるシャツを着た俺達を、短髪マッチョなザ・米国軍人さんがお出迎え。
ジープの堅いシートはリムジンに慣れて軟弱化した骨盤に響く。
真面目が人の形をしたような軍人さんと、夢の国を引きずる日本人カップル。
車内ではお互いに無駄口ひとつ叩かない。
緊張感のある空気でケープカナベラル空軍基地へ到着した。
案内されたのは、管制センター内にあるミサイル発射場が見える部屋だ。
窓は一面のガラス貼り。真正面にミサイルがどーん。
俺とルキは一番乗りだったので最前列に座る。
星条旗カラーに塗られたミサイルの上空には、カリフォルニアの青い空がどこまでも続いている。
三十分程経ってから、ぽつぽつとギャラリーがやってきた。
十時の段階で二十人ちょいと言ったところか。
見覚えのある俳優や歌手の姿も見える。
一際、がたいのいい男がこちらに気づいた。ジャックだ。
俺達の方へ、ずんずんと効果音が付きそうな大股で歩いてくる。
ルキが英語で話し、俺は筋肉の塊にハグをされる。
ジャックに紹介されて、上等なスーツのじい様やアーティストらしき女性と握手。
もちろん、誰が相手でも会話担当はルキ。俺はハグと愛想笑いのみ。
その後も紹介の数珠つなぎで次々に会っては言葉を交わす。ルキが。
世界が終わるかもしれないのに、ビジネスカードを渡したり、自己紹介をしたり、皆さんお忙しい。
一通り、全員と挨拶を終えたのは発射三十分前のアナウンスが響いた頃だ。
「ほとんど、サイオのビジネス関係ね。開発者の身内とかはゼロ。それもそっか、みんな家で過ごしたいよね」
「ルキさんは、最後に一緒にいるのが俺でいいの?」
「んー」
考えるのかよっ。
「いいんじゃないかしら」
軽いなあ。
発射場では人の動きが激しくなってきた。
地球の命運を背負ったミサイル。
課せられた使命は二ビルを迎撃するという離れ技。
発射が無事成功しても、宇宙空間を旅すること一ヵ月で敵をやっつける確率はざっくり二分の一しかない。
いや、実のところ、半分ないかも?
十分前からカウントダウンが始まった。
五分前。ギャラリーが無口になる。
三分前。予備エンジン点火。
一分前。青空に真っ黒な物体が現れる。
悲鳴やどよめきが上がる。
瞬く間に巨大になる物体。
どうやら地球めがけて降ってきている。
空の半分が黒で覆われる。
三十秒前。
さらに巨大になる物体。
「行け!」
ルキが叫ぶ。
発射。
青い空が黒く塗りたくられた頃、ミサイルは予定通りに飛び立った。
暗闇に呑み込まれるように、地球最高峰の科学兵器は空を駆け上がる。
本当は一ヵ月の旅の末、出会うはずだった敵に発射して即遭遇。
誰も何も喋らないまま、時間が過ぎていく。
闇の中心に光が生まれた。
光は弾けながら広がっていく。
さながら、闇夜の線香花火。
小さな火花の奮闘はしばらく続いた。
やがて、火花が縁取る円は徐々に広がり、漆黒を突き破る。
光が射した。向こう側には青空。
暗闇を喰らうように陽光の穴は広がっていく。
弾けた部分から闇は粒子状になり、青空へ溶けていく。
発射から十五分が過ぎた。
何事もなかったような、平和すぎる空を見上げながら、誰もが頭を抱えている。
皆、呆然とした表情だ。
ルキのスマホが振動する。
「ジュディからのメッセージよ。ホテルに戻ってて、だって」
☆
夜の十時を回った頃、ジュディがやってきた。
ドアを開けると、疲れ切った表情でルキに抱き着く。
体格が違い過ぎて覆いかぶさるよう。
「ちょ、おもっ」
そのまま、床に倒れる二人。
「ルキルキ―」
うめくジュディ。
ルキは下敷きになりながら、その背中をぽんぽんと叩いてあやす。
「よしよし、さっ、まずは立とっか」
「うん」
なんとか立ったものの、一仕事終えた天才は生まれたての仔馬のよう。よろめいて椅子に座り込む。
「メイジ―、なんか酒っ」
はいはいと答えて、冷蔵庫から出した缶ビールを手渡す。
一気に飲み干された。
「あー、くそっ。あんなとこにワープしてくるとか反則じゃん。メイジ、もう一本」
二本目を渡す。
「でも、ジュディさん。地球は救われたわけだし」
「そっかなー。まあ、限りなく失敗に近い成功かしらっ。メイジはともかく、ルキルキは何が起きたかわかってるでしょ」
はい?
「ええ、【声】が聞こえなくなった」
「そう、成層圏のすぐ上、ギリギリ宇宙って場所で迎撃。粉砕された二ビルは気流に乗って全世界へ拡散中なわけ。オゾンよろしく、地球の周りに二ビル層ができそうな感じね。まあ、地球壊滅は免れたけどさっ。今、全世界はしょげ返っていいものか、命拾いして喜ぶべきか。悩みまくってるとこっ。でも、確かに勝利だから祝杯でいいか。メイジも飲めっ。とにかく、ひとまず、なにより、すなわち、地球は救われたからっ」
この日から地球上の誰も【声】を聞くことはなくなった……らしい。
俺にはよくわからんのだけどさ。
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