第35話 最高指導者、語る

 二ビル襲来から三カ月。

 中国はいまだ混乱の最中だ。

 最高指導者こそ一命を取り留めたが、亡くなった政治家や政府高官も多く、政府中枢は麻痺、国内体制の再構築が急務……とネットでは言われている。

 あの国の政府は混乱を知らせたくないのか、つけ入る勢力を恐れてか、二ビル禍以降は海外メディアを国外退去させた。

 まともな公式発表は何も出されていない。

 世界中に流れている中国に関するニュースのソースは各国メディアの憶測と、正体不明の情報通が書くブログやSNS。

 そして、国を捨てた人々の言葉だ。

 あの日以降、中国ではスポーツ選手やビジネスマン、留学生の国外亡命が激増している。

 【声】を聞ける者が国外へ出たら、高い確率で国を見限る。

 そのため、人材流出対策で出国する者全てに二ビルのインプラント手術が義務づけられるようになった。また、軍人や政府関係者、役人らは全員二ビルを体内に埋め込まれている。さらに、全社員への二ビル・インプラント手術を行った企業には報奨金が出ている。

 もちろん、これら全てネットで拾った情報。

 実態が不明で悪者にしやすくて不幸だから、この国は世界中からいじられている。

 電脳空間では中国こそ世界一面白おかしく刺激的な地域であり、信じるか信じないかはあなた次第な国家なわけだ。


 今朝、中国政府は公式声明を動画で配信すると発表した。

 二ビル禍以来、初めて公の場に出る最高指導者の姿と言葉に全世界が注目。

 俺も注目。

 今、きっと、数十億人の野次馬が胸のときめきを抑えられず、ネットやテレビに張り付いているはずだ。

 ペントハウスでも、合衆国議事堂におけるジュディの勇姿を拝んだ大画面テレビで、今日は病み上がりの最高指導者を見る予定。

 もうすぐ午後三時のティータイム。

 ドリンクと菓子の準備は万端。

 いつものごとく、美人上司の皆様とソファでモニターを眺めている。



 黒一色だった画面が部屋の映像に切り替わった。

 執務室だろうか。

 広いテーブルに最高指導者が腰かけてカメラ目線。

 丸々と太った顔と体、目は微笑むように細いが仏頂面だ。

 彼の真後ろには国旗と、万里の長城を描いた巨大な油絵が飾られており、その左右には艶々と輝く木製の書棚が壁一面に広がる。

 糸のような目を一瞬見開いてから、最高指導者は語り始めた。

「世界の皆さん、こんにちは。私の国は一つの焼売になって宇宙からの豪雨により、ひしゃげて傷つきました。しかし、死体のまま復活して話しています」

 なんだ、この字幕。

 自動翻訳が悪いのか。

 話し手が狂ってるのか。

「ひっどい通訳ね。これ見ないでいいわっ。私が訳すっ」

 ジュディは肺活量検査のような大きな溜息をつく。

「中国語もいけるんですね」

「当たり前でしょ。これまで何ヵ国の男と付きあったと思ってるの?」

 そのカミングアウトいらねっす。ドクター、お気を確かに。

 恋愛遍歴自慢が始まる前に、最高指導者は口を開いてくれた。

「今はこっちが大事ねっ」

 テレビへ向き直ってくれた。ありがとう、中国。

 我らが博士はスイッチが入るとどこに向かっちゃうかわからないもの。

「んじゃ、通訳するわよっ。隕石雨が北京や上海を襲い、多くの人々が傷つき、命を落としています。中国の政治と経済は大混乱に陥りました。私も小さな隕石の直撃を受けました。外科手術では除去が難しい部分であり、脳に微細な欠片は残っています。ですが、国内最高峰の医師により、今では政治の場に復帰しています……かあ……じゃあ、この人は一生【声】を聞けないのねっ」

 中国にも二ビル被害のなかった地域は多いはず。

 そういう場所に住む人達は【声】が聞こえてるんだろうか。

「【声】という妄想により、世界の国々は宗教や思想を越えて同じ方角を向いています。これは多様性に対する大いなる逆行であり、人類の進化を阻む悪魔の仕業です。中国は五十以上の多民族で構成された国家です。各民族の文化や習俗を大切にし、理想的な共生を成し得てきました。世界が正体不明の【声】に踊らされている現状は見過ごせません。我々は国内の多様な文化を守るため、今後一年の間に全人民に対して無償でニビルのインプラント手術を行います。さらに、全人類の解放に向けて為すべきことを進めていきます。現在の【声】による各国の連帯は自由を愛する我が国への包囲網といえます。世界人民の平和と自由のため、大いなる第一歩として国連からの脱退を宣言します……ねえ、ルキルキ。まずいことになってるわねっ」

「まさか、戦争フラグかしら。でも……」

「【声】でつながった全世界軍相手にそんなことしないと思うけど。あっ、話し始めた。通訳通訳。ええとっ……米国と日本が中心になり進めているサイオですが、我が国は、さらに優秀なサイオ技術の実用化に成功しました。既に実験都市を指定し、全燃料をサイオのみでまかなっています……嘘つけ、バーカ。開発者の拉致か機密文書を盗みでもしなきゃ簡単にできるわけないでしょっ」

 その両方をやったんじゃね。中国系の研究者は世界中にいるもの。

 帰国した時に拘束しちゃえば合法拉致の完成だし。

「かーっ、よく言うよっ! 訳してて笑っちゃうねっ……世界の流れは、人類の幸せとは真逆に向かっています。人々を【声】の呪縛から解放するため、中華人民共和国は科学と軍事を進化させていきます。我が国は世界人民の解放と平和を実現するために歩んでいきます。シェーシェー、ツァイチェーン、チンジャオロースー、シャンハイガニ―だってさっ」

 最後の一行は言ってないだろ。

 最高指導者さんの気持ちは、同じ『聞こえない者』としてわからんでもない。

 世界中が【声】で団結し、対立してた国々が濃密に交流を開始。

 国連でも、自国以外は事実上の事前協議終了状態。

 村八分ならぬ地球八分だもの。辛いわな。

 俺だって、【声】が聞こえないストレスでとっくに切れてるもの。

 ルキとジュディがいるから耐えられたようなもの。持つべきものは美人上司。

「ねえ、ジュディ。中国産サイオって、もしかして」

「うん、ルキルキの予感、ビンゴかも。たぶん、あれよねっ」

 ジュディがなにかを言いかけた時、ヘビメタが鳴り響いた。

 スマホの着信だ。

「ん、ハロー」

 英語でなにやらやりとり。

 通話を終えて、溜息ひとつ。

「アメリカ大統領からよっ。呼ばれちゃった。ちょっとNASA行ってくるわっ」



 二ビルと思われる天体について、その夜、ジュディから説明があった。

「ルキルキとメイジにだけ言うけどさ。結構、やばい」

 苦々しげな表情でビールをごくり。

「現在の座標位置と軌道から計算すると、三年後には地球を直撃するわっ。サイズは月のほぼ二倍、このままだと運が良ければ人類全滅、悪ければ地球は影も形も無くなっちゃう。大統領が【声】と相談したら、私を呼べと言われたんだって。電話番号を教える男は選ばなきゃダメね」

「鹿原がいっていた二ビルの襲来は十年後だろ。早すぎない?」

「メイジ、いいとこ突くね。二ビルはわかんないこと多いのよっ。だからこそ、科学で動きを突き止めて阻止するのっ」

「でも、どうやって」

「それはこれから考えるのっ。【声】のおかげで世界中の天才を集めてタスクフォースを組めるわっ。泣いても笑っても三年経てば答えは出る。そりゃ、泣きたくないけどね」

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