第34話 ハーイ、大統領

 ピンと立った猫耳に縦長の黒目。

 可愛い口元には牙がずらり。

 顔は毛で覆われていて、鼻の下には左右に数本ずつの白いひげ。

 つまり、顔はほぼ猫。

 首から下は幼女体型&メイド服。

 本日のリュウはリアルすぎる猫少女だ。

「【声】をなんとかしてビジネスに使えないか、頭を捻ってるんだ」

 キンキンの幼女ボイスで語りだす。

 こいつも聞こえ始めたらしい。

「ビジネスで【声】を使うのって難しくてさ。儲け方を訊いたんじゃ、まともな返事は来ない。世界をどのように変えたいか。人々にどんな幸せをもたらしたいかが明確ならアイデアや助言が手に入る。【声】はとことんユーザー目線なんでね」

 ビリオネアにも【声】が聞こえて、俺には何もなしか。

「どの株が上がるとか、投資資金の試算にはてんで役に立たない。俺みたいな投資家は金額以外の目標値なんかないからさ。売上よりも社員の喜びのためのコンサルとか、需要がない。いっそ【声】の使い方マニュアルでも書いた方が儲かるかもニャ」

 最後だけキャラを思い出したか。

 愚痴ばかりで【声】に人生をひん曲げられてるっぽい。

「まあ、もう商売替えするかな。金儲けも飽きたっちゃ飽きた。他人への金儲け指南もな。シンガポールでお好み焼き屋とかどうだ、俺、好きだから。おっ、【声】がメニューのアドバイスを言ってるニャ」

 聞こえる内容には個人差があるらしいけど、粉モンの話かよ。

「俺に聞こえる【声】は韓国なまりの大阪弁なんだよ。ガキの頃、近所にあったお好み焼き屋のおばちゃんとそっくりニャ」

 声音だけが聞こえるケースと、姿も見えるケースがあるんだとか。

で、一人一人違うっぽい。それこそキリストや仏陀、天使や悪魔の姿から、普通のおじさんおばさんまで千差万別だとか。

しかし、 言ってる内容は大まかに言えば、全部同じ。

 ありがちなスピリチュアル御託に個別事情に合わせた適度な予知をまぶしてある。

 ジュディによると、他人の霊視ができる人は他人に集中できる人らしい。

 ほとんどの人は興味がない誰かさんを霊視したいとはならないから難しいんだと。

 アミガがファンしか視ないのは、ファンを大好きだから理にかなってる。

 いや、優しく笑って許してもらえるからってのもでかいか。

 それも含めて大好きなのかも知れんけど。


 小一時間でリュウはログアウト、俺は深夜のファンタジー空間に一人残った。

 ソロで狩場をうろつき、行きずりのアメリカ人ユーザーと野良パーティを組んでクエストをこなし、チャットをだらだら。

 バグだらけの自動翻訳でも、アメリカでも誰もが【声】を聞いているとわかった。

 ついでに鹿原が海外でビッグネームになっていることも。

 ディーバ・サラとジャック・ジョンソン、二人のスーパースターがネットやライブ、地上波テレビに連れて出まくっているらしい。

 やっぱり、世界中で【声】と無縁なのは俺だけかも。

 あ、いや、中国の皆様もそうか?


 有意義なリサーチで夜を過ごしたがために昼出社、ペントハウスに一直線。

 パソコンを立ち上げて、お決まりのニュースサイトを巡回する。

総理大臣は国会で資源政策を語ったらしい。動画を見る気はなし。

「あれ、ジュディは?」

「メイジくん、忘れたの? 昨夜、アメリカへ向かったじゃない」

 長時間ネトゲは記憶力に響く。

 そういえば、彼女は白衣のままノートパソコンとパスポートだけをショルダーバッグに入れて旅立ったっけ。

「ジュディの姿を拝めるまで、まだ半日あるわ。私は下で仕事だけど、メイジ君はここで仮眠してたら?」

「じゃ、お言葉に甘えて。ゲームをして疲れたら寝ます」

「そこまで言ってないけどね。そうしてもOK。じゃ、また、夜に」

 全国ツアー以来、ろくに働いてない。でも、毎月結構な額が振り込まれるし、出社してもこんな感じで誰も怒らない。

 ひょっとして、俺史上、最高に幸せな日々じゃないか。

 ともかく、体質的に働くのに向いてないので、とてもありがたい。



 時計は深夜三時になろうとしている。

 ルキとラボに二人っきり。

 軽くいちゃつきながら、ビールとピザを楽しみつつ、大画面テレビを見ている。

 この世にこんな夢のような時間があるとは、かつての俺には想像もつかなかった。勝ち組宣言したい。


 ワシントンはランチを終えた頃。合衆国議会議事堂前は凄い人だかりだ。

 大統領のスピーチだけでなく、ゲスト目当ての人も多そう。

 ゲストの名前はルキに聞いたけど、海外の俳優や歌手にうとい俺には検討もつかない。まあ、国内の芸能人も知らないのだけど。いざ出てきたらルキの説明をあてにするとしよう。

 満場の拍手に迎えられて壇上に現れたのは大統領ではない。

 見たことあるぞ、俳優?

「アメコミのヒーロー役で十年以上活躍してるスターよ」

 いくつかの豆知識や名前も言ってくれたが、俺は覚える気なし。

 ともかく、そういう名優が司会進行だ。

 動画の下に表示される同時通訳字幕を見ると、ジョークも交えて会場を暖めているらしい。

 続いて、司会に招かれて長髪のおじいさんが元気に登場。

 しわくちゃの顔だが、グッドシェイプ。

 大音量が鳴り響き、マイクを握ってロックナンバーを歌い始める。

 これ、大統領スピーチだよな。

 二曲続けて、会場を盛り上げたところで司会が今日の主役を呼び込む。

 大拍手と歓声の中、のっしのっしと大統領が巨体を揺らして現れた。

 司会や歌手と抱擁を交わして中央へと歩を進める。

 すぐに挨拶せず、ゆっくりと左右を見回す。

「この場にいる方、テレビやインターネットを通して見ている方、ラジオを聴いている方、ありがとう。皆さんは今日、歴史の目撃者になります」

 ごつくて、声がでかくて、アピールがうまい。

 若い頃はプロレスのリングに上がったこともあるらしいが、さもありなん。

「ここにいる皆さんはリストバンドを付けていますよね。どうぞ、手を挙げて私に見せてください」

 無数に突き上げられた手首には鮮やかな青いバンド。

「ありがとう。一度、手を下げてください。では、この中で【声】が聞こえている人はいますか?」

 またもや、聴衆の手が一斉に上がる。

 おそらく、全員なのだろう。

「ありがとう。【声】のおかげで話が早くなって助かってますよ。では、前置きなしで話しましょう」

 大統領は咳ばらいをしてから話し始めた。

「今、世界には二つの重大な問題があります。一つは燃料問題。化石燃料からは二酸化炭素が排出され、核施設からは放射能廃棄物が産み出される。人類の存続には第三の燃料が必要です」

 言葉を切り、大きくうなずく。

「長年、全世界で探し求め、研究を重ねてきた新燃料。その答えは東洋の国からもたらされました。後はこの革命的な発明を成し遂げた本人に紹介してもらいましょう。ドクター・ホージョー、こちらへどうぞ」

 青いドレスに身を包んだジュディはゆっくりと大統領のもとへ歩く。

 キラキラと光る生地は陽光に照り輝き、裾はひらひらとたなびく。

 金髪も一際美しく輝き、高級金魚のよう。

 いつものがさつな雰囲気はみじんもない。

 大統領と握手をし、頬にキスをし合って、マイクの前に立つ。

 いついかなる時、誰が相手でも堂々とした立ち居振る舞いは今日も同じ。 

 涼やかに微笑んで、ピンクの紅をひいた口を開く。

「こんにちは。日本から来たジュディ・ホージョーです。ここワシントンには母の実家があります。また、ジョンズ・ホプキンズ大学でも学びました。今日、この場所に母校の友人達も来ているかも知れません」

 滑らかな英語に同時通訳字幕が重なると、残念美人と同一人物に思えない。

「サイオは石油や原子力とは完全に異なるエネルギーです。人のポジティブな感情を源泉にし、生産において一切の廃棄物を生み出しません。高効率に圧縮できて、長期間の貯蔵にも耐えます。先ほど大統領が示されたバンドはサイオを収集する機能を持ち、今日この場にお集まり頂いた皆さんから集めたエネルギーだけでも、ジェット機で日本まで飛べるでしょう」

 ジュディの隣に大統領が立つ。

「ジュディ、ありがとう。ああ、まだ、戻らないで。ここにいてください。さて、皆さん。世界が抱える重大な問題の二つ目をお話しします。二ビルです。中国で起きた悲劇は記憶に新しいところです。そして、恐ろしいことに【声】にもニビルのことは正確にはわかりません。ですが、ドクター・ジュディに話したら怖れることはないと言うことです。そうですよね、ドクター」

「はい、しょせん二ビルは隕石です。人類には科学があります。NASAをはじめ、各国の宇宙機関が連携することで二ビルの襲来は必ず予測できます。そして、サイオによるロケットとミサイルで宇宙空間で迎撃できるでしょう。人類には【声】と科学があります。この災難は必ず乗り越えられます」

 拳を振り上げて言い切る。

 時折しも風が吹いて金髪と青いドレスが美しくたなびく。

 その勇ましい姿はジャンヌ・ダルクにも並ぶレベル。

 聴衆は大興奮、ジュディコールが沸き起こっている。

 見た目だけなら五億点の美人、面目躍如だ。

 ジュディは一礼をして下がり、大統領は再びマイクの前に立った。

「ドクター、ありがとう。皆さん、お聞きになった通り、サイオはポジティブな感情が源です。これはエンタテイメント大国の我が国に持ってこいの燃料です。映画、演劇、カジノ、スポーツ、テーマパーク、あらゆるコンテンツでサイオエネルギーを集めましょう。リストバンドを各家庭に配り、定期的に回収。圧縮、蓄積するサイクルも国家事業として確立していきます。サイオは素晴らしい未来を創造することでしょう!」

 割れんばかりの拍手と歓声が収まるまで、大統領は満足そうにうなずきながら聴衆を見回す。

「では、最後にもう少し、皆さんにはエネルギー事業に協力してもらいましょう。ディーバ・リサさん、どうぞ」

 シャツにジーンズとカジュアルな姿で歌姫が登場。

 ジュディに会うために来たけれど、大統領に言われて一曲歌うことにしたとジョーク混じりのトーク。

 アメリカ・ザ・ビューティフルという歌と共にこの日の演説は終了。

 今日のこれ、世界のサイオはアメリカがリードするという発表だよな、つまり。



 大統領の演説から三日間で世界は大きく動いた。

 日米首脳は電話会談を実施し、サイオを石油、原子力に次ぐ第三のエネルギーとして両国の共同事業とすることを確認。

 続いて、大統領は議会においてサイオに言及。

 多くの国が日米と歩調を合わせて、サイオ導入と二ビル対策に協力すると言い、既に確認が取れている国の名を明らかにした。

「確実に協力するのは、EU諸国、イギリス、インド、シンガポール、イスラエル、インドネシア、そしてロシアです。ですが、これらはほんの一部、近いうちに主要国のほとんどが宗教も政治体制の違いも越えて結びつきます。アラブ産油国のリーダー達も【声】を聞いています。きっと手を挙げてくれるでしょう。各国元首は【声】のもとにワンワールドとなっています。世界は素晴らしい未来へと進んでいます」

 そして、新たな情報を発表した。

「NASAの報告です。二ビルらしき天体が太陽系の彼方に見つかりました。距離はおよそ一光年。詳細はまだ発表できませんが、先程あげた各国の機関と連携して追跡を続けます」

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