第33話 ねっ、総理

 全国ツアーからこっち、サイオ事業が現実味を帯び始めてきた。

 そのため、プロジェクトの中枢にいる城戸ルキ直属の俺は正式にジュディ班ペントハウス所属となり、芸能仕事から卒業と相成った。

 社内的位置付けはアンタッチャブル、あいつらはほっとけである。

 これに伴い、食生活は大きく変わった。

 ジュディ班は経費使い放題なのだ。

 出社中の食事はなんでも精算を認めてくれるから、ラボでランチミーティングをするなら、デリバリーのパスタかピザ。

 外で食う時はハンバーガー、牛丼、カレー、ナポリタン、居酒屋ランチと、好きな外食チェーンを選び放題。

 今日の昼飯はチーズ増量バーガーだ。

 混みまくりのバーガー屋でトイレ前の小島みたいな一人席を確保。

 隣席の奥様グループは耳をそばだてろとばかりに世間話をがなり立てている。

「習い事を選ぶ時は【声】が決め手よね。才能があるものを習わせたいじゃない」

「財布に限りあるしね」

「そうそう。【声】に訊ねてみたら、オスッって掛け声と組手をしてるイメージが浮かんだのよ」

「それで、女の子なのに空手を」

「ダンスとどっちか迷ってたんだけどね」

「うちはさ、旦那の稼ぎと出世の見込みを訊いてみたけど。あの人次第って言われたわ」

「そりゃ、うちも同じよ。だから、旦那本人に【声】に訊いてみろって言ったの。そしたら、牧場で働けと言われたって。できるわけないじゃんねえ」

「たぶん、向いてるんでしょうけどね」

 世の奥様方は【声】に夢中。

 無料の占いアプリ代わりに日常使いしている。

「【声】の聞こえ方って個人差が大きいんでしょう」

「鹿原さんみたいな人はなかなかいないわよね」

「上の子が行ってる小学校、先生みんな凄いわよ」

「校則を全部なくしたって話でしょ」

「そうなの。全先生が同じ【声】を聞いて、すぐに全校会議。PTAも【声】に従って一日で結論ですって」

「色々と決まるの早くなったわよね」

「晩御飯の献立とか、イケメンのいるスポットとか、痒いところに手が届けばいいのに」

 そんなくだらないこと、占いですら訊かないくせに。


 アミガの特別ライブからまだ一ヵ月も経っていない。

 彼女達を見くびっていた。

 まさか、ライブ翌日にはほぼ全ての人が【声】を聞いているとは思わなかった。

 今や、老若男女、政治家、会社員、主婦、学生、子供、ホームレスも芸能人も【声】と共存している。

 なお、俺は相変わらず何一つ聞こえないし、イメージも見えない。

 ただ、時代が変わったのはわかる。

 国会中継を見たら、質疑は二言三言交わしただけで終了。

 与野党の議員は、お互いが【声】に聞いた内容を確かめ合っているだけだ。

 官僚も大臣も視聴者も【声】を聞いてるんだから抗議などなし。簡単スピーディ。

 警察の発表では犯罪率も激減しているらしい。

 ジュディによると、いや、ジュディが【声】に聞くところによると、日本人口の九割以上は【声】を聞いていて、やがて、その割合は十割になるそうだ。

 おそらく、俺はノーカンで。

 テレビの情報ワイドショーは「【声】の上手な使い方」を特集し、ネットには「自分の聞いた【声】が正しいか、皆と答え合わせしたい」系の書き込みが溢れている。


 意外なことにスピリチュアルなショーは相変わらずの賑わいぶりだ。

 【声】だけでは不安な人が多いみたい。

 誰もが【声】に加えて、「寄るための大樹」「巻いてくれる長いもの」「同調圧力」を求めているんだろう。

 バキバキに自我を確立したジュディ並みの人なら【声】は使い勝手のいいヒント。でも、自分を持たない人には手に余る危険物ってことだ。

 いつの世も心の弱みをつんつんする商売はなくならないもの。

 合法スピリチュアル企業のウラノスはそんな世の流れに乗りまくり。

 新人スカウトに余念がない。

 必要なのは【声】の内容を噛み砕いて他人へ伝えられる。

 できれば、キャラクター性のある人材。

 でも、多少、キャラが弱くてもトークが上手ければ、バロック鹿原の弟子という触れ込みにして無理推し。

 【声】はトレンドだからね。

 ルックスさえ良ければ嘘まみれでも百人程度のライブハウスなら埋まる。

 一応、鹿原本人が弟子のねつ造はしない主義で、弟子入りを事実とするために電話で一回は話すそうだ。

 それでいいのだから、逆に適当なもんだが。

 ダイナマイトプロレスで改心した元暴力ハゲ、沼田なんかいい例だろう。

 彼の場合は話すどころか、一度霊視を受けたので弟子を名乗る資格は十分ってとこ。

 力山の鉄拳指導でかつての狂犬ぶりは消滅、優しい目つきのお兄さんに進化を遂げている。今や、対面相談での女性人気はうなぎ登り。動画を見たところ、相談者の言葉を言い方を変えて伝えてるだけだけど。

 これで売れるんだから、ちょろいよな。

 ルキによると、相談者の【声】が出した答えを沼田が自分の【声】に再質問して、より深い助言を与えているんだとか。

 全力で「へ~」と答えたい。


 ハンバーガーを食べ終えた頃、奥様グループの話題は変わった。

 俺はポテトの袋を逆さにしてカスをトレーに出し、つまみつつ、話を聞く。

「二ビル、怖いよね」

「中国の被害者って何千万人だっけ」

「メディアによって違うのよ。ああいう国だから。それに【声】も二ビルのことはよくわかんないって」

「マシンガンみたいな隕石なんでしょ。あんなの逃げようないわよ」

「何とかなるんじゃない。【声】は安心しろと言ってるわ」

「そうなのよね。私もそう言われてる。今、訊いたらそう返してきたわ」


 【声】が聞こえる人々にとって、ニビルはごく普通の話題らしい。

 秋田のものはともかく、中国のあれは誰もが知る事件だ。

 かの国の隠ぺい体質ゆえに画像も数字も虚実入り混じって飛びまくり。

 さらに【声】も真相を明かさず、噂と憶測は止まらない。

 ネットでもバーガー屋でも噂満開だ。

 モンモは「ニビルへ対抗するために、地球の意思が全世界の人に【声】を開放した」と言っている。

 もちろん、俺は【声】も、思春期少女の夢物語も信じない。

 ただ、ニビルの名を聞かない日はない。 

 奥さん連中は、いつまでも興味深さの欠片もないだべりを続行。

 俺はジュディのラボへ戻るため、氷を噛み砕きながら立ち上がった。

  

 ウラノス本社に戻ると、ビルの周囲にもエントランスにも警官がずらり。

 なかなかに重々しい雰囲気だ。

 しかも、ロビーでは金属探知機を当てられた。

 ラボ行きのエレベーター前にはスーツ姿のガタイのいいおじさんが二人、門番さながらに突っ立っている。

 いつも社内を巡回している警備員とは明らかに違う。

 眼光鋭く、人を見たら犯罪者だと疑ってる風情。

 屋上のエレベーター前にもスーツのおっさんが一名。

 一体、何が起こってるのか。

 ペントハウスに入り、いつものごとく、リビングの引き戸を開けた。

目の前にいたのは、ひと際ごつすぎるおっさん二名。

 揃って熱線を放ちそうな目で俺を射る。

 本日は、おっさんデイ? いや、なんだそりゃ。

 ゴーレムみたいな中年達の向こう、ジュディとルキが楽しげに話しているのは、俺の記憶に間違いがなければ、この国の総理大臣だ。

 ルキが俺に気づいてくれた。

「エスピーさん、その人、大丈夫です。総理、あちらがサイオ・プロジェクトで私とジュディがもっとも信頼を置いているスタッフです」

 空気が緩む。

「メイジ、おいでっ」

 ジュディは手の平を上に向けておいでおいでをする。

 それ、犬にやるやつだよなあ。

 権力者に逆らう趣味はないので、愛想笑いで総理のお側へ参上、お辞儀をして無難な自己紹介。

 しかし、なんで、ここにVIPが?。

「はじめまして、総理の神部です。つい先ほど【声】がジュディさんのもとへ急げと告げるものですから、矢も楯もたまらず参りました」

 百七十センチの俺より少し低め、我が国のトップを見下ろしつつ握手。

「メイジくん、国のエネルギー計画はサイオを中心に組み直されるそうよ」

「ええ、今朝方、経産大臣が【声】にそう告げられましてね。私や事務方もそれぞれ【声】に確認して会議を開いたんです。明日の国会で話すために、どうしても今日、ウラノス社に許可を得る必要があったものですから」

「社長は海外出張中なので、サイオの全権を委任されてる私が話しているとこなの。ねっ、総理」

 ジュディが親し気に総理の肩を叩くと、彼は恐縮気味にうなずく。

 平常営業の白衣を颯爽と着こなしたジュディの身長と態度の前では、我が国のトップも貧相にしか見えない。

「では、ホージョーさん、よろしくお願いします」

「はい、こちらとしましては米国の件さえご配慮頂けましたら結構です」

 おじぎを交わし合い、案内役のウラノス社員に先導されて総理とお連れの面々はエレベーター扉の向こうへ消える。

「あ、あの。ジュディさん、下まで見送らなくていいの?」

「何言ってるの? 勝手に来たのは向こうだからさっ。見送る義理なんてないわ」

 ごもっとも。

「明日の国会中継で何か喋るでしょっ。ルキルキもメイジもここでテレビを見ればいいわ。あー、でも。私が留守なんだよね。明日の夜、アメリカでもっと大きな発表があるんだ。サイオ絡みで。それに出なきゃいけないのっ」

 アメリカの方に断然興味が湧いちゃうんですけど。

 日本のはどうせ原稿棒読みのくだらない演説なんだから。

「メンツ的にも結構面白いイベントになるはずよっ。ネット配信をお楽しみに」

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