第29話 アミガ霊視ショー

 愛の告白をされたのに、自分でも驚くほど冷静だ。

 秋田の経験があったからか?

 そして、ここ数日で精神的に成長したからか?

 もしくは疲れ果てて心の反応が鈍いからか?

 幸か不幸か、たぶん全部だよな。


 あの夜のように『何でもないこと扱い』されちゃたまらない。

 一昨日は彼女も正気だったと思うし、大丈夫とは思うけど。

 そんな不安を抱えつつ、ウラノスのロビーに赴く。

 前回と同じく、ルキの名を告げたのに、ジュディが案内役として登場した。

 今はその方が気分も楽だけど。

「いちいちロビーを通すのも面倒でしょ。私のラボ、出入り自由にしとくよっ。ルキルキとのこともあるしさっ」

「こんなでかい会社でそんなの通るんですか」

「ジュディ様をなめちゃダメよっ。研究部門トップでサイオ事業の総責任者だもの」

 企業にとって天才は黄金の卵を産むガチョウ、ワガママ通り放題ってわけね。

 サイオ事業が本当の資源革命だとしたら先行投資はいくらでもするよな。

 いや、インチキであっても儲けられそうなら金をかけるか。

 もともと怪しげなビジネスで伸びた会社だ。


 二日前と同じ部屋に行くと、ルキは思い詰めた表情で座っていた。

 背筋とこめかみをつたう変な汗。

 この前もこんなシチュエーションから始まったぞ。

「おはよう、メイジくん。座って。相談があるの」

 うなずいて、腰掛けてた。

 無言で一分経過。相談があるんでしょう?

 緊張感に耐えられず、彼女に話を促す。

「あの、お話って?」

「うん……」

 無言アゲイン

 正面から目が合った。微笑んでうなづいてみる。

 慣れないことだから、きっと俺、不器用な笑顔だろう。

 ルキは少し笑って話し始める。

「例の欠片を持ち歩こうと思うの。その、メイジくんは【声】、嫌でしょ」

 気にしてるなあ。

「随分、おどおどしてますね。もしかして、持ってます?」

「ええ」

 【声】と離れている時の彼女は迷子みたいに不安げ。

 バシバシとビジネスを仕切る敏腕プロデューサーの面影はない。

 俺と一緒の時、いつも例の欠片を身に付けてたら、仕事なんかままならないのでは。

「それ、ジュディさんに返しちゃってください。俺は【声】の聞こえるルキさんと出会い、付き合ってきたんです。だから、そのままでいいですよ」

「えっ……」

 驚きと喜びと戸惑いの入り混じった表情を見せる。

 【声】のサポートがないと心が剥き出しなのね。

 少女っぽくて可愛いし、素敵だけど。

 仕事においては、彼女の立場的にノーガード戦法は無理、無茶、無謀。

「本当にいいの?」

 嬉しそう。

 そんな顔になるってことは、欠片を持ちたくないんでしょう。

「プライベートで二人の時は付けて欲しいかな。その時だけ借りましょう」

 あまり、【声】が邪魔なようなら改めて考えよう。

 俺の好きな城戸ルキは【声】と離れた時の怯えた女の子じゃないんだから。

「ありがとう。これ、戻してくるね」

 心底の笑顔と共に席を立つ。

 そんなに【声】が恋しかったのか。

 頼れる【声】を捨ててまで俺を選ぶ気持ちとか、ありがた重い。

 嬉しいけど、肩こりそう。

 体感時間一分間で戻ってきたルキさん。

 きびきびとした動きで腰かけて、俺の顔を見る。

 目の輝きも、肌の張りも、髪の艶やかさすら二割増しな印象だ。

 背筋もさっきよりピンと伸びている。

「じゃ、打合せしましょうか」

 声にも覇気があったりして。

 心なしか、美しさや凛々しさも数倍増し。

 【声】の美容効果おそるべし。


「メイジくんには鹿原さんと離れてもらうことになるわ。せっかく、いい感じでコンビを組めていたのに残念だけど」

 いや、ルキさん、申し訳なさそうな顔しないで。

 俺、皆が思ってるよりずっと鹿原を嫌いですよ……とは言わず。

 神妙にうなずいておく。

 リュウが教えてくれた情報通り、あのデブは海外進出。

 ディーバ・リサの全米ツアーに同行している。

 その後の世界ツアー参加も検討中だそう。

 その立役者として俺の社内評価はあがるんだとか。

 

 本格的な仕事復帰の前に、明日の夜、アミガのライブを観るように言われる。

 俺はこれから彼女達の企画スタッフになるらしい。

 とりあえず、明日はルキが企画構成した舞台だそうだ。

 全国ツアーで一皮剥けた姿をのんびり眺めて欲しいそう。

「モンモちゃんの正式な霊能者デビューでもあるから、見守ってあげて」

 ふむ。お兄さんがじと~っと見つめてあげよう。



 土曜の昼、渋谷は様々な人種で大賑わい。

 SNS用の写真を撮るため、スクランブル交差点には世界各国から観光客が来訪。盛大に通行の邪魔をしている。

 高カロリーなスイーツとスリムに見える服を求めて、若い女性はぺちゃくちゃ集う。

 そんな喧噪とは離れた裏通りに目的のスポットはあった。

 渋谷駅からラブホテル街を目指して徒歩五分。

 スナックや風俗店のけばけばしい看板、昔ながらの飲食店を横目に坂を登ったり降りたりすると、ラブホテル街の端に大きなライブハウスが営業中だ。

 未成年の少女が出るには微妙な立地だが健全優良な小屋。

 そして、実は結構でかい。アミガにとって、単独ライブでは初のキャパ五百人超えな会場となる。

 だが、チケットはそこそこのお値段なのに前売りで無事完売。

 ツアーで知名度アップを果たしてファン急増らしい。

 ルキさんに「今回は金、取るんだね」と言ったら、売れ始めは有料にした方が話題になると返された。

 SGBことサイオ・ギャザリング・バンドで資源回収もするから一石二鳥だとか。

 これまた謎のウラノス式ビジネスモデル。

 もちろん、盛況ぶりにはモンモのスピリチュアルデビューも一役買っている。

 アミガ初の霊視ショーという話題はSNSを中心に広まり、ニュースサイトにも記事が載り、そのおかげか有料ネット生配信の予約購入者は一万人突破。

 収益の面では成功確定だ。

 今日を無事に乗り切れば、未来は明るい。

 キャパシティ数千人の会場ライブやツアーを組む話すら持ち上がっている。

 ただ、配信には煽って炎上させる目的で見る連中もいるから、終わるまで安心はできない。

 ライブは文字通りの生もの。

 俺だって、つい最近酷い目にあったもの。


 今日の俺はオブザーバー、見届けるだけのお役目。

 ルキには関係者席を勧められたが、業界ムードは苦手なので一般立ち見席に変えてもらった。

 最後方のドリンクカウンターに近い場所でアミガと観客の両方を眺めさせてもらう。

 ビールを飲んでいると、いつも通りのオープニング曲が流れ、少女達が登場。

 いつもと変わらない全力の歌とダンス。

 観客のコールと手拍子に会場が揺れる。

 曲の合間に、息を整えるためのトーク。ゆるい笑いで客席が温まる。

 以前、秋葉原の小さなライブハウスで観た時と同じ一体感。

 いつものアミガライブだ。

 このまま終わっても、ファンの皆様は納得満足だろう。

 無理しなくていいじゃん。これで最後までいっちゃえよ……俺のそんな想いは誰にも届かず、二時間を越える頃、ダリがマイクを手に語り始めた。


「いつもなら、これでおしまい! なんですけど。今日はここからがメインイベント! 今、モンモちゃんが準備しに行きました。ちょっと時間がかかるので私がトークでつなぎます」

 ここまでの熱演を忘れるようなダラダラしたトークが始まる。

 客席はファンばかりなので、ほんわかと受け止めている。

 なお、霊視を受けるのはファン代表だが、事故の防御は図られている。

 事前にアミガのファンサイトで霊視して欲しいことやモンモへのメッセージを個人情報と共に募集。

 問題なさげな相手をチョイス済みだ。

 俺が全国ツアーで仕掛けた無差別霊視ショーは、百戦錬磨の霊能オヤジに加えて、用心棒代わりのプロレスラーがいたから許されたことなんだろう。


 ステージ中央に、オープンカフェにありそうな白いテーブルと椅子が置かれた。

 その後ろには白いベンチ、アミガのメンバーは手を取り合い、不安げな表情で腰をおろしている。

 そこへモンモとファン代表が手をつなぎながら入ってきた。

 白いテーブルに向かい合って着席。

 照れくさそうなモンモ。

 ニヤニヤが止まらないファン代表。

 大好きなアイドルと近距離でトーク、心の交流ができるのだし、今の手つなぎからして、悪い流れになるはずもない。

 鹿原の時と違い、悪意を持った人がステージにも客席にもいない幸せなショー。

 まあ、あそこで鹿原に悪意を向けてたのは俺だったのだけど。


 霊視ショーはふんわりと終了した。

 相談事はペットの気持ちという荒れようのない話題だったし、笑いも取りつつ十五分程の楽しいお喋りタイムだった。

 ファン代表が客席に戻った後、モンモはマイクを持って立ち上がる。

 歩み寄るアミガのメンバーを右手で制して、ゆっくりとお辞儀。

 客席を見回してから語り始めた。

「はじめての一人きりでの霊視、ちょっと緊張しちゃいました。でも、うまくできたと思います」

 うおおと言う声援と拍手が沸き起こる。優しい世界。

「私の霊視は。自分で見ているというより、【声】が聞こえてくるんです。この能力はバロック鹿原さんにご指導頂いて身に付けました。ご存知ですよね、バロックさん。顔も体も丸いおじさん」

 笑いが起こる。霊能デブはアイドルファンにも人気。

 それは主に俺のおかげのはず。

「これからは歌とダンスと霊視のサンキンコウタイ…じゃなくて、サンカンシオン…でもなくて、えーと…サンミイッタイ? そう、三位一体です」

 客席からは大歓声、床を踏み鳴らすドドドドドという効果音付き。

 ほめ過ぎだし、喜び過ぎ。

「【声】から皆さんにメッセージがあります。鹿原さんもよく言っている二ビルのことです」

 世界に破滅をもたらす星であり、【声】から人間を切り離す物質。

 鹿原お気に入りのネタだ。

 さすが弟子だけのことはある。

 一門で二ビルブームを起こすつもりか。

「二ビルは地球を狙っています。もう既に、この星の近くまで来ています。近いうちに降り注ぐでしょう。空を見て嫌な予感がしたり、ニュース速報を見たら、厚い屋根のある場所へ避難してください」

 最敬礼に懇願口調。

 言ってることはよくわからないが、モンモの必死さは伝わった。

 大声援のなか、フィナーレのイントロが流れて、お決まりのエンディングへと雪崩れ込んでいく。

 終わってしまえば、ファンの暖かさに支えられたいつものライブだった。

 この調子なら、モンモの霊視ショーは続けられるだろう。

 霊視相手はファン限定で、事前審査をしっかりやるのを絶対ルールとして。



 ショーが終わっても日は高い。

 二時間以上のパフォーマンスを繰り広げた少女達だが、まだまだ元気一杯。

 この後はライブ後のお楽しみ、打ち上げパーティーだ。

 健全未成年なので当然ノンアルコール。

 会場近くのハンバーガーショップのワンフロアを貸し切ってある。

 好きなメニューを頼み放題、食べ放題だが、そんなに食えるものなの?

 店に入り、ソフトドリンクで乾杯。

 アミガも舞台スタッフも、ライブ成功の充実感とカロリー摂取に向けてやる気満々。

 食細め、飲み太めの俺なんぞ、酒抜きでバーガーとポテトとナゲットを死ぬほど食うとか寿命が縮みそう。

 とりあえず、腹を満たすため、放課後の高校生的なワイワイガヤガヤ状況を横目に、隅の席でフィッシュバーガーを頬張る。

 マヨネーズの酸味に安らいでいると、ルキが対面に腰かけた。

 ナゲットとポテトが乗ったトレイをテーブルに置き、手でどうぞと勧めてくる。

「霊視アイドルと言っても、いつも通りの客層だと何も変わらないのね」

 プロデューサー様は半ば呆れた口調で、しょうがないなと言いたげに笑う。

「いいんじゃないですか。ファンの好意に甘えてステージで色々と試せるでしょう」

「それもそうか……ところでメイジくん……」

 ルキ、やばいことでも話すかのように声を潜める。

「モンモが言ってた二ビルの話だけど。私も【声】から聞いてるわ。場所はわからないけど、半月以内に降ってくるはず」

「その情報じゃ対策も立てられないし、逃げようもないし。まあ、覚悟しておきますよ」

「今回はかなり深刻な被害になりそうよ。これを凌いでも十年後には二ビル本体が攻めて来るし」

 心配げに話してくれるんだが、日時も場所もわからなきゃ、科学的根拠もない。

 そんな災害予報に実用性ないってば。

 だいたい、予言をされても、その頃どこで何をしてるかわからない。つまり、備えようがないって。

 ビジネスの仕切りではぶれずに目的を狙い、最短距離で最適解に辿り着くルキですら【声】が絡むと鋭さが鈍る。

 厄介なもんだ、スピリチュアル。

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