第24話 燃え尽きメイジ

 真っ白な灰になって燃え尽きていたのなら、自分なりの納得感もあるだろう。

 だがあいにく、俺は生焼け。

 ハートからぶすぶすと煙をあげている。 

 ステージで晒し者になってから、何にも覚えていない。

 気がついたらショーは終わっていて、舞台袖のパイプ椅子に腰掛けていた。

 ルキに導かれるまま、タクシーに乗せられた。

 あらがう気力など小指の先ほども残っていない。

 呆けるより他、できることはなし。

 車窓の景色を見ることもなく、ルキの話に生返事をしつつ、車の揺れに身をまかせていたら、御茶ノ水にあるホテルに着いた。

 それから二時間経過。

 宴会場ではプロレスラーがバカ食いし、世界の歌姫がカラオケを歌い、アイドルが来賓を次々に霊視するカオス極まりない宴が続いている。

 俺はただただテーブルに着いて、ただただアルコールを採りながら打ち上げパーティを眺めていた。

 開放感に溢れる騒ぎの全てはすりガラスのあちら側にある風景のよう。

 知る顔、知らない顔、色々な人達が俺に声をかけてはグラスを差し出してくる。

 そのたびにグラスを持ち上げて一口舐める。

 「どうも」の一言以外は何の言葉も口をつかない。

 会ったこともない皆様は、俺がウラノス本社から来ている者だから。

 カバラのお気に入りらしいから。馴れ合っておきたいのだろうか。

 この手の薄っぺらな人間関係には縁がない人生だったのに。

 ルキも今夜はそんな連中の相手で、俺にかまうヒマなどなさそう。

 プロデューサーにとっては飲みの席もビジネスの現場ってとこか。

 くだらなさに辟易しながらも、アルコール摂取は止まらない。

 疲れた心に染み入るように酔いはまわり、どんどん考えられなくなっていく。

 時折、会場に驚いたような声が上がる。

「あれ? 私にも【声】がっ!」

 この二時間くらいの間に三人ほどが鹿原の席へ行き、助言を求めている。

 あんたら、耳か頭がおかしいんだよ。

 相談相手は医師免許の持ち主にしな……いつものごとく頭の中で毒づくが。

 負け惜しみだよなあ。これ。

 前みたいにやっつけちまえ的な、どす黒い熱意が湧いてこない。

 ふむ……

 ……………うん

 もう、逃げよっか。

 宴もたけなわ、俺はトイレへ立つ。

 出すもの出して、洗面所で文字通り洗面。

 顔に水をバシャバシャかける。

 面の皮は薄いから、冷たさは脳にしっかり届いた。

 宴会場に戻る気はない。

 霊能マスターと愉快な仲間たちの集いなんて、俺には敷居が高すぎる。


「ばいばい」

 別れの言葉をつぶやけば、足は自然と出口に向かう。

 だだっ広いロビー、上等な絨毯を踏みしめて現実への扉を目指す。

 ドアボーイの最敬礼を受けながら夜風を浴びる。

 冬以上夏未満の気温は、火照った頬と傷だらけの気持ちに優しい。

 空には半端な三日月が浮かんでいる。

 月も口の端を上げて皮肉笑いを投げてきやがる。

 俺はよたよたと歩き出す。

 神田川に沿って歩く。

 幅広な川に音はなく、車の方がうるさい幹線道路。

 色々なことを考えたり、何も考えなかったり。

 ひたすら、足を交互に前へ出す。

 少しアルコールが抜けてきたのでコンビニに入る。

 度数高めのレモンサワーを買い、プシュっと開けてごくり。

 冷たく、甘酸っぱく、身体に悪そうで最高。

 ちびちび飲みつつ、だらだら歩く。

 再び、酔いが脳細胞を犯し始める。

 ベンチと標識だけのバス停で休憩だ。

 だらっと座り込む。

 もう最終バスは出たんだろうか。興味ないけど。

 色々な車が猛スピードで通り過ぎていく。

 タクシー、軽トラ、ダンプ、ワゴン、セダン、バイク。

 みんなビュンと飛ばしていく。

 誰もかも自分のことで精一杯、当然だけど。

 俺、何やってんだろう。


 ふと、脳裏にルキの抱き心地と匂いがよぎる。

 悲しいんだか、悔しいんだか、寂しいんだか。

 あらゆる想いを含んだ感情が背筋を駆け抜ける。

「ああっ」

 声が出る。

 溜息をついても、涙ぐんでも始まらないけどさ。

 深呼吸みたいに酒臭い息を吐いちまうし、世界はにじんで見えちまう。

 レモンサワーを飲み干し、缶を潰す。

 目の前にタクシーが停まった。

 ドアが開き、巨大な顔が突き出される。

「こんなとこで何やってるんですか」

 力山か。

「風邪ひきますよ。乗ってください」

 タクシーから降りてきた巨人は俺を軽々と車中へ放り込む。

「運転手さん、行き先を変えます。東中野へお願いします」

 ドアが締まり、車は走り出す。

「メイジさん、どうしたんすか。今夜のヒーローなのに」

 言葉が浮かばない。バツが悪い。

 寝たふりでやり過ごそう。



「おはようございます」

 悪夢まじりの浅い眠りを消したのは、でかく野太い声だった。

 目を開けると見知らぬ天井。

「おはようございます。メイジさん」

 大声は右斜め下から聞こえてくる。

「食事ができました」

 声のする方を見ると、アキバの暴力ハゲこと沼田じゃないか。

 うっ、目が合った。

「おはようございます。道場へおいでください。失礼します」

 一礼して去っていった。

 礼儀正しいのはともかく、汚れのない瞳がどうもしっくりこない。

 それにしても体中がだるい。

 頭は起きたが、肉体はまだ寝ぼけていやがる。左右に寝返りを打ちながら、全身の覚醒を試みる。

 四回、左右にごろごろしてから上体を起こし、あたりを見回す。

 どうやら、二段ベッドの上段らしい。

 やたらと幅のあるベッドだ。

 壁掛け時計は十二時ちょい過ぎ。

 そういや昨日、力山に連れ去られたっけ。

 ここはプロレス道場ってわけか。


 ベッドが並んでいるだけの部屋を出ると一本道の廊下。

 その先から男たちの声が聞こえてくる。

 いずれも気合の入った大声だ。

「はい!」

「わかりましたっ!」

「ちゃんこ、まだか!」

 廊下の端にコンクリート打ちっぱなしの空間が現れた。

 手前にはプロレスのリングが置かれており、奥には、床に畳を置いただけの和室風スペースがあり、座卓が並んでいる。

 座卓には食器や鍋が乗っており、上半身裸のごつい男たちが、ひい、ふう、みい、六人。忙しく立ち働いている。

 皿を並べていた沼田が俺に気づき、大声を上げる。

「メイジさん! おはようございます!」

 他の連中も声を揃えて続く。

「おはようございます!」

 何百ホーンだか不明の音量と音圧に襲われ、よろけそうになったが、なんとか挨拶を返してみる。

「おはよう……ございます」

「メイジさん。おはようございます!」

 すぐ左手から力山が登場。こちら側にシャワー室ね。

 バスタオルで頭を拭きながら挨拶をしてきたが……髪ないよな。

 拭いているのではなく、磨いているのだろうか。

「すぐ飯です。食ってってください。おい、メイジさんの分もどんぶりな」

「はい、喜んで!」

 沼田が良い返事。居酒屋か、ここは。


 行きがかり上、食卓を囲むはめになったけども。

 ぐつぐつ煮え立つ鍋。

 大皿にてんこ盛りのソーセージ。

 どんぶりに山盛りの白飯。

 アルコールの残る身にはビジュアルだけでも一杯一杯。

「改めて紹介します。うちの若手達です。沼田以下、総勢六人。昨日の国技館も総出で手伝った連中です」

 再度、挨拶の集中砲火を受ける。

「おまえらも見たよな。昨日のメイジさん。鹿原さんが信頼してる最重要スタッフだ。これからの日本に欠かせない人と言ってもいい」

 オカルト好きの巨人よ。

 弟子に趣味を押し付けるなよ。

「メイジさんはダイプロを盛り上げてくれた恩人でもある。一緒に飯を食えて光栄だ。じゃ、おまえら、死ぬ気で食えよ! いただきます!」

 力山の掛け声で全員が一斉に食い出す。

 鍋は飲み物、飯も飲み物、ソーセージも飲み物という感じ。

 家畜の給餌タイムじゃないんだから。

 どいつもこいつも秒速でおかわり連発。

 味わってないだろ。

 だいたい、君たち、昨日の打ち上げで馬鹿みたいに飲み食いしてなかったっけ。


 力山は飯を食いながら、世界の行方や悪の星ニビルの話をしている。

 鹿原の大ファンなのは知ってたけども、弟子を洗脳してるのか。

 みんな純粋なのか、熱心にうなずきながら聞いてるし。

「お? メイジさん、遠慮せずに食ってくださいよ」

「いや、ちょっと、酒が残ってて……」

「うーん、そうですか。いけませんねえ。消化にいい物、例えば、うどんでも作らせましょうか」

 なんで、そこまで食わそうとするのか。

「食わないとでかくなれませんよ」

 俺はレスラーじゃないし。

「いや、いいです。もう、帰るんで」

「ああ、確かにツアーお疲れですものね。わかりました。ゆっくりお休みください。おい、おまえら、お帰りだ!」

 全員が箸を置いて、一斉に立ち上がる。

「お疲れ様でしたっ!」

「……お疲れ様」

 二日酔いの脳に、フードファイト並みの食欲と男臭さの追い打ち。

 とっとと家に帰りたい一心で俺は道場の扉を開けた。

 濃厚な熱気から解放されると、雲一つない青空。

 深呼吸一発。

 あれ、ところで、ここはどこなんだ?

 スマホを取り出し、バッテリー切れを確認。

 踵を返し、扉を開ける。男臭さアゲイン。

「力山さん、最寄駅はどこでどっちに行けばいいんです?」

 

 プロレス道場を出て駅へ向かう途中、おばちゃん三人組に声をかけられて握手をねだられた。

「ネット中継、見てたわよ。この人ね、鹿原さんがほめてた人よ」なんて、いじられて。

 電車に乗ったら反対方向で、しかも終点まで寝過ごして。

 アパートに帰り着いた頃、ボロボロの心身はさらに地盤陥没なみに凹んでいた。

 狭い玄関、すり減った階段、きしむ廊下を通り、錆びたドアノブを回して部屋に入ると据えた空気が出迎えてくれる。

 たった一日半ぶりの帰還なのに、懐かしくて仕方がない。

 華やかなステージ、賑やかなパーティ、熱気溢れる道場は俺の居るべき場所じゃない。

 この散らかった部屋が本来の居場所なんだ。

 とにかく、眠ろう。

 ジャージに着替えて布団にこもろう。

 睡魔が優しすぎる……。

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