第23話 ツアー最終日

 愛知の会場は楕円形の競技場タイプ。つまり、横浜アリーナと同じ造りだ。

 奥にステージがあり、アリーナ中央にリングを置く形ね。

 八千人は入る大ホールだが、いつものごとくチケットは無料。

 大入り満員確定。超赤字だけど、サービスサービス。

 相変わらず、謎のビジネスモデル。


 今日のオープニングは戦国合戦をテーマにした。

 信長、秀吉、家康のコスプレをしたアミガの掛け声で、足軽軍団がぶつかりあうダンスバトルだ。

 俺は歴史なんて知らないから、アイデア出しはいつもグーグル頼み。

 今回も愛知で検索したら武将がヒット。

 武将で調べたらゲームのミュージカルがヒット。

 いい感じでペライチ企画書に盛り込ませて頂いた。

 モンモは表向きは体調不良ということでお休みしている。

 ファンの反応を心配したが、メンバーが彼女への声援を客席に訴えたら声の限り応援。

 もしもリアルに病欠だったら、泣きじゃくるほどのありがたみだ。

 今頃はネット配信を見て申し訳無さに涙してるかも。

 とにかく、欠席発表が観客の「逆に盛り上げなきゃ」という気持ちを煽った。

 結果オーライ、スタートから最高潮。

 ダンサーも衣装も振り付けも一流どころを揃えただけあって、元ネタの舞台を越える完成度。元ネタを見たことも興味もないけれど。

 今日、ジャック様は他団体からゲスト参戦の有名レスラーとタッグを結成し、我らがダイプロのチームを五分で一蹴した。

 実働時間、短いよなあ。

 時給というか、分給というか、秒給に換算したらいくらだろう。

 さらに試合後はバラエティコーナーで「イラストしりとり」と「箱の中身はなんじゃろな」で大騒ぎ。出演予定はなかったけど。

 このスーパースターの出番、今日はここまで。

 そして、いよいよ俺がお待ちかね、久しぶりのお客さんへの霊視ショーだ。

 鹿原の登場前にアミガとレスラーが在庫処分Tャツを客席に投げ入れる。

 どれか一着に『霊視当たり券』が貼ってあるという寸法。

 これなら、仕込みはできない。

 だが、しかし。

 鹿原ファンにゲットされてしまい、お決まりの感動フィナーレにされてしまった。

 なんとかしてアイドルにしか興味がないような、ごりごりのオタクに当たらないものか。


 

 そして、大阪。

 今回のツアーで鹿原の鼻とか腹とかを明かすラストチャンス。

 霊能おじさん、この数日で知名度は世界的になっているらしい。

 ほうぼうのSNSで「うちの国にも来てくれよ、スピリチュアル・マスター!」と各国語で投稿されているとか。

 横浜のネット動画は再生回数三百万回を越え、昨日のライブ配信視聴者は五十万人に達した。

 とかとか……俺みたいなアンチにはムカムカする情報が耳にねじ込まれてくる。

 直属上司が美しいお顔で嬉々として教えてくれるから。

 しかし、これをネガティブ方向にポジティブシンキングすれば、全世界に赤っ恥を晒してやる機会といえたり、いえなかったり。

 今日、彼が無事に失敗すれば最終日に影響するはず。

 そう、もっとも世界の注目が集まるゲスト、歌姫リサへの霊視に!

 当日は世界の視聴者から、なまあたたか~い疑いの目が注がれるだろう。


 オープニングは大阪伝統の新喜劇にアミガとレスラーが絡むコント劇にした。

 アミガ達はモンモの不在もネタにするハートの強さを見せ、地元に馴染み深い芸人軍団と息を合わせる。

 客のつかみはばっちり。

 彼女達の舞台度胸はこの数日でさらに磨かれた。女子って成長早いね。

 いつものようにステージは進み、いよいよ霊視ショーの時間。

 今回は抽選箱からチケット半券を引く形式で、中にはアミガファンクラブ会員の分しか入っていない。

 つまり、ステージに上がってくるのは鹿原目当ての客ではない。

 体重過剰なオッサンに慣れているプロレスファンとも違う。

 アイドルを求める層だ。

 少女のつるつるフェイスが目当ての彼らにとって、鹿原の脂肪分たっぷりな笑顔はノーサンキューなはず。

 狙い通りのごてごてなファンがヒットするかは運次第だけれど……。


「Mブロック二十八列の九番。スタッフの方、ご案内お願いします」

 司会者が当選チケットを読み上げると、スポットライトが客席に当たる。

 ステージ正面の巨大ビジョンを見て、俺は思わず拳を握りしめた。

 年齢は四十歳くらい。

 ピンクのシャツにピンクの帽子、ピンクの肩掛けカバン。警棒サイズの巨大サイリウムを持った、黒縁メガネのぶよぶよボディ。

 こいつはこじらせてるぜ。

 どう考えても、欠席中のピンク担当少女モンモのファンだ。

 ミスターピンクは口を半開きのまま、スタッフに誘導されてステージへと向かう。

 当選者が辿り着くまでの間、司会者と鹿原は世間話トークで間をつないでいる。

 太った体をえっちらおっちら動かして、男はついに霊能者の前に立ちはだかった。

 緊張なのか、怒ったような表情。

「お名前は?」

「やまだ」

「鮮やかな出で立ちですね。アミガのファンでいらっしゃるんですか」

「ああ」

「鹿原さんはご存知ですか」

「名前だけ」

「今日は霊視をして頂けるんです」

「あ、そう。でさ、ちょっといいですか」

 勇者やまだは司会者のマイクを握った。

「あの、席に戻りたいんすけど」

 いいぞ、勇者。でも、そこで霊視を受けるんだ。きゃつの無様な姿を世界へばらまくのだ。

「まあまあ、ちょっとお座りください」

 途方に暮れる司会者をフォローすべく、鹿原が会話に入ってくる。

 しかし、やまだは突っ立ったままだ。

 鹿原はやまだを見たまま、舞台袖に向かって右手を伸ばし、おいでおいでをするように手を上下にふった。

「はーい」

 ほどなく、元気なピンク色の声が響き、これまたピンク衣装の少女が元気よく駆け寄ってきた。

 アミガのモンモだ。

 勇者やまだの目が見開かれる。

 俺の目も見開かれる。

 いつ会場入りしたんだよ。

 もちろん、ファンはどよめきの後、割れんばかりの大歓声だ。

「みなさーん、ご心配おかけしました。もう、すっかり大丈夫です!」

「実は今まで隠していましたが。モンモさんは、私の弟子なんです。真実を教えてくれる【声】を聞くことができるんですよ。ねっ」

「はい。まだ、ちゃんと誰かを霊視したことはないんですけど。あの、よろしければ、私の初めての相手になってくださいませんか」

 モンモは、だらんと下がっているやまだの右手を両手で握り、最敬礼。


 勇者やまだは、モンモにチャームの魔法をかけられた。

 やまだは硬直した。


 モンモはお辞儀から直り、まっすぐに相手の細い目を見つめる。

 ショッキングピンクの衣装に身を包む男女。

 真ん中にラブの文字が見えるようだ。

「よろしくお願いします。あの、そちらに座っていただけますか」

「うん」

 素直すぎるぞ、やまだ。

 ああ、哀れ勇者は魔王の使い魔の手に堕ちた……つか、ずるいわー。

 モンモの初霊視はスムーズに終わり。

 鹿原は急遽追加の霊視をすると言って、オープニングの新喜劇に出ていた大物芸人を呼び込む。

 もちろん、サービス精神満点の関西芸人相手だもの、無難に終了。

 観客も出演者もスタッフも満足の結果で、俺だけが敗北感に打ちのめされた。

 ルキは最初から最後までプロデューサーとして忙しく立ち回り、俺に気を配るヒマなど皆無。

 ああ、熱い一夜は本当に幻だったの。



 午後一時、両国駅に降り立った。

 国技館に向かう通路には歴代横綱の全身画が飾られている。

 屈強な肥満体に見守られながら改札を通り抜けて、溜息ひとつ。

「帰りてぇ」

 息と共に心の叫びも漏れる。

 泣いても笑っても全国ツアー最終日だ。ほぼ泣いてるけどな。

 スモウアリーナとして世界的に有名な会場でプロレス王者と世界のディーバが共演。

 このニュースは全世界にリリースされた。

 スピリチュアルマスター・カバラの名と共に。

 今日、俺の仕事は舞台袖のパイプ椅子に座り、ステージを見届けることのみ。

「缶チューハイを飲んで寝たい」

 再び、心の叫びが漏れる。

「つまみは柿の種でいい」

 心の叫びが止まらない。

 すれ違った女子高生が怯えた顔で遠ざかった。

 どうやら、俺はぶつぶつ言いながら歩く変な人にまで成り下がったらしい。


 会場ではルキに支給されたばかりのスマホで時間をつぶす。

 客入り前の通路、舞台袖、トイレ、場所を移しながら画面をフリック、タップ。

 パズルブロックの残像が網膜に焼き付いた頃、本番が始まった。

 相撲取りをモチーフにした肉じゅばんを着たアミガとダンサーがオープニングでコミックダンスを務める。

 続いてプロレスが始まり、沼田のデビュー戦は世界のジャックに一分足らずで負け。

 アミガの歌、バラエティと続き、スペシャルゲストのディーバ・リサが三曲披露。

 この時点で客席は大盛り上がりだ。

 歌姫はそのままステージに残り、鹿原が出てきてスピリチュアルなトークから霊視ショーへと進んでいく。

 世界的スターであっても、歌わない時はスピリチュアル好きな若い女性でしかない。

 オカルト詐欺師はペラペラと恋や仕事の悩みにアドバイスをし、亡くなった親族の言葉を伝え、世界の行く末までを語った。

 ディーバ・リサは涙ながらに感謝を述べ、客席からは共感の拍手でフィニッシュ。

 あらあら、お嬢さん、メイクがぐちゃぐちゃですよ。

 俺の手元の端末によれば、ライブ配信の視聴者数は百万人を突破。

 この茶番は世界中で見られている。

 俺は、今日何十回目かの溜息をつく。


「ディーバ・リサさん、ありがとうございました」

 司会の声を合図に音楽が鳴り響き、拍手と共に歌姫が舞台からはけていく。

 台本では、このあと全出演者が勢ぞろいして挨拶をし、ツアー終了となる予定。

 あーあ、終わっちまったか。

 このツアー中に一矢報いるはずだったのに、結局、俺が傷だらけになった感じ。

 でも、ま、頑張ったよ、俺。

 えらいよ、俺。

 大歓声の会場で一人、しみじみと感傷にひたる。


「みなさん、ちょっとよろしいですか」

 鹿原がひときわ大きな声を張り上げた。

 俺、せっかくの悲劇の主人公気分が台無し、とことん腹立たしいおっさんだ。

「本当なら、このままステージはおしまいなんです。でも、今日は全国ツアーの最終日。ひとつだけ私のわがままを叶えて頂けますか」

 音楽は止まり、司会者が何をするのか訊ねる。

「霊視をしたいんです。今日はどうしても、この人を観たいんです」

「ほほう、どなたでしょうか」

「舞台袖でステージを見守っておられるスタッフの方なんですが。身内を霊視するとデキレースとかひどいことを言われがちです。でも、今日、この方を霊視しないと私が神様に怒られそうでしてね。桜葉メイジさん、こちらへおいでください」

 はい?

 なんだと!

 驚いて、固まっていると野太い声が降ってきた。

「よっしゃ、行きましょう」

 後ろからお姫様抱っこをされる。

 斜め四十五度から見上げる力山の顔は化け物度倍増。

 でも、もう、抱かれなれた自分が怖い。

 軽々と扱われて、先ほどまでディーバが座っていた椅子に座らされる。

 巨人に背後から両肩を押さえられて、逃亡どころか身動きすら不可能。

「皆さんにご紹介します。桜葉メイジさんです」

 鹿原は客を完全に味方につけている。

 その一挙手で国技館の全視線と期待感を俺に浴びせてきた。

 圧に負けて、あいまいに手を挙げる自分の小物ぶりにくらくらする。

「メイジさんはですね。このツアーの企画をされたんです。全国七カ所のご当地にちなんだオープニング演出のアイデアを出したり。私のコーナーにもバラエティっぽいひと味を加えて、盛り上げてくださったんです」

 本当にそう思ってるのか、皮肉なのか。

「では、メイジさん。見させて頂きますね」

 鹿原のソファまで2メートル弱。あごを引いてにらんでくる。

 これが霊視ってやつか。

 こんなにガンをつけられるのは中学校以来。

 続いて、まるまっちい右手を俺に差し出し、手のひらを向けてきた。

 しかし、こいつ人相悪いなあ。

 丸顔なのに笑顔でも悪そうっておかしいだろ。

「はい……はい。見えてきました。たくさんの人があなたの周りに集まっています」

 抽象的な、気分のよくなることを言う。

 典型的な占い詐欺の手口じゃないか。

「もちろん、今回のツアーもそうです。メイジさんの企画、アイデアを多くのスタッフと演者で実現しました」

 そりゃ、事実だろう。

 霊視しなくてもわかるし。それが俺の仕事だし。

「企画の元ネタは、先人の知恵を集めたものです。編集力とでも言うかな。情報や知識を集めたり再編する能力に優れています」

 俺のアイデアが全部パクリだってことだよな。その通り。

「本当に素晴らしい仕事をされてます。だから、そんなに疎外感を感じなくていいんですよ。トップランナーの孤独とでも言うか。企画して台本を作るのはもっとも上流の役割です。だから、川下の、実際に舞台が作られる時にはお役御免になる。それでいいんです」

 疎外感……とか、抱いてないんだからねっ。

「神様からの助言です。健康のために、せめて専用のバストイレが付いた部屋に越して、冷暖房器具くらい買いなさいと。収入に余裕もできたんだから、スポーツジムのシャワーで済まさなくてもいいでしょう」

 興信所でも雇ってるのか。

 神様ってそんな細かい具体的なこと言うのか。

「守護霊とかガイドという存在があります。人生の導き役になる霊で、誰にでも必ず一体は付いているんです」

 来たぞ、来たぞ、検証不能な話。

 俺の爺さんと婆さんは父方も母方も生きてるぞ。さあ、どうでる気だ。

「ところが、メイジさんには誰も付いていないんです」

 は……?

「はい、はい。なるほど。今ね、神様にお伺いしました。メイジさんの役割は大きすぎて、誰かが導けるものではないそうです」

 はい……?

「でも、あなたと共に歩む人がいるはずです。メイジさんを見守り、一緒に人生を進んでいく人がいます。これまでも、これからも。思い当たる誰かがいませんか」

 子供の頃からだと、リュウくらいしかいないよな。

 いや、まずいまずい。のってどうする。

 曖昧なことを言って、答えを探させるのが占い師の手口。

 ひっかかるな、俺。

「私も、アミガの皆さんも、レスラーの方々も、スタッフさん達も、この舞台に関わる誰もがメイジさんを大好きです。もちろん、ステージを会場やインターネットで楽しんだ全世界の人もです。ねえ、そうですよねえ」

 いきなり、鹿原は立ち上がり、客席に同意を求める。

 怒涛のような拍手が湧き起こる。

「ツアーは今日で終わりです。でも、メイジさんのお役目はこれからが本番。もうすぐ一気に色々なことが起こります。そして、世界が変わっていきます。メイジさんはとても重要なポジションになる方なんですよ。世界中があなたの味方です」

 客席から「さくらばー」とか「メイジー」とか聞こえてくる。せめて、さんを付けろよ。

 力山が俺の股に頭を突っ込んで肩車。

 頭三つは高い俺の周囲をアミガやジャック様、ディーバ・リサまでが囲み、感謝の言葉と拍手を浴びせてくる。

 全観客が俺を讃えている。

 メイジコールまで起きちゃってる。プロレスファンが多いものな。

 逃げることもできず、一心に好意とリスペクトの嵐に見舞われて、こんなの初めて。

 なんか、涙が出てきた。

 これだけの人数が鹿原に操られている事実に。

 客からの好意が刃と化して、俺を切り刻んでいく気分。

 完敗じゃないか。

 今の俺の惨めな勇姿。全世界で何百万人が見ているんだろうか。

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