第22話 モンモ覚醒

「メイジくん!」

 また、大声に目を覚まされた。

 さっきに比べれば、涼やかな声色なのが救いだ。

 時間は十八時。一時間以上もイス寝をしちゃってたのね。

 俺はイスに溶けるようにもたれたまま、美しい顔を見上げる。

 愛しのルキ。ジャックに比べると小さくていいなあ。

 言葉は通じるし。昨晩、襲われたけど。

「会場一時間前よ。直前ミーティングをやるから、中に入って」

「はいはい」

 イスから体を引き剥がす。

 仮眠明けのだるさを背負いながら立ち上がる。

 最終確認なんざ、儀式みたいなもの。俺はいなくてもいいだろうに。

 いや、儀式だから、企画の肩書を持った俺が必要なのか。

 無意味な習慣だこと。

 やる気のある連中だけで進めてくれよ。だから、仕事って嫌いなんだよ。


 本番はスムーズに進行していった。

 箱はでかくても、ツアーも四会場め。スタッフは手慣れたものだ。

 舞台袖からのんびりと観てる皆さんには、すべて問題ないように見えるだろう。

 いよいよ本日の大満員の立役者、ジャック様が大歓声と共に登場だ。

 入場にたっぷり五分以上かけて、力山を三分足らずでリングに沈めた。

 都合、約十分で本日の営業終了と思いきや、直後のバラエティーコーナーが始まると飛び入り参加。

 スーパースターは自由だね。

 リングコスチュームにTシャツを羽織っただけの姿で、客の歓声に応えている。

 何をやるのかわかってんのか。「叩いてかぶってジャンケンポン」と「ジェスチャーゲーム」だぞ。

 リハーサルの苦労を無に帰す、想定外の俺様パフォーマンスに司会もスタッフも大慌て。

 混乱するバックステージを救うべく、ルキ姉御が一肌脱いだ。

 よっ、有能プロデューサー。

 急遽、通訳のふりをして舞台に出陣。

 わがまま男をコントロールしながらコーナーを仕切り、客には何も気づかせずに無事着地。

 男を手玉に取るスキルが高いのかしら。恐ろしい人。

 コーナーは結果的に盛り上がってノープロブレム。

 ジャック様はアミガとのお遊びを楽しんでご満悦だ。

 世界最高のプロレスラーとアイドルのおふざけは海外の視聴者に、どこまでウケただろう。


 そして、いよいよ霊視コーナーだ。

 司会者との掛け合いトークを終えた鹿原のもとへ、スーツに着替えたジャックが登場。

 うさんくさい霊能デブと、陽気なマッスルエリートのお見合い。

 身長にして二十センチ違うのに、顔は鹿原の方がでかい。

 体格も体型も、身にまとう雰囲気も対照的。

 まるでギャグマンガとストーリーマンガのキャラクターが共演してるみたい。

 二人はがっちり握手をして微笑み合い、舞台中央の向かい合ったソファに腰かけた。

 前コーナーからの流れで通訳としてルキも一緒だ。

「ジャックさんは鹿原さんをご存知でしたか」

 司会者が話を振るとスーパースターは表情豊かに手を大きく広げる。これぞ、アメリカンリアクション。

「もちろんさ。ニューヨークで占い師に、日本で偉大なスピリチュアルマスターに会えると言われてさ、楽しみにしていたんだ。俺は神秘的な世界が大好きでね」

 ルキは吹き替え声優っぽい声音で同時通訳。

 感情こめすぎ。本職の通訳なら、もっと自然にやるよ。

「プロレスの試合でも、映画のロケでも世界中に行くだろ。時間があれば、必ず、スピリチュアルスポットに寄るのさ。UFOも幽霊も見たことがあるぜ」

 通訳はノリノリで身振り手振りまで加えている。

 形態模写じゃないんだってば。

 それにしても、占い好きでUFO、幽霊、宇宙人が大好物とか。

 スピリチュアル詐欺師の大好物じゃないか。

 溜息をつきながら、舞台を眺めていると背後斜め上から声が降ってきた。

 力山だ。

「ジャックは鹿原さんをすごく好きみたいですね」

 なんで、この巨人は嬉しそうなのか。

 そうだ、彼もこのインチキおじさんを好きなんだよな。

 舞台上ではジャックがペラペラとまくし立てるのを鹿原が目を瞑って耳を傾け、一拍置いてありがたげなことを話す。

 世界のスターは大げさに驚いて、またペラペラ。

 霊視マスターは、また何か語る。

 この繰り返しで、終始なごやかに進んでいった。

 最後に鹿原お得意のネタ「亡くなった肉親からの言葉」でジャックが泣きそうになって終了。

 黄金パターンじゃないか。

 これ、もしかしてネット配信で鹿原の海外デビュー大成功ってこと?


 ライブ終了後、客がはけて撤収が始まった頃。

 ルキは小躍りしながら、舞台袖でだらけている俺に話しかけてきた。

 不安はみごとに的中。

 生配信の視聴者数は三十万人を越えて、その半数以上が海外かららしい。

 愛しのプロデューサー様は俺の手柄だと褒め称えてくれる。

 霊視ショー以外の演出案は俺の考え……いや、パクったり体裁整えたりしたものだから、ちょっと嬉しいのは確かだけど。

 なんとも、複雑……。

「とーこーろーで」

 プロデューサー様はいたずらっぽく微笑み、ぐっと顔を近づけてきた。

 なにこれ、ごほうび?

「今日は言い訳、訊かないんだから。じゃあ、後でね」

 それだけ言うと、舞台スタッフたちのもとへ去っていった。

 取り残された俺、なんか、すっげー不安。


 通路のイスに溶けるように座る。

 スタッフが台車で何かを運び、警備員が行き来するのを眺める。

 今日は、ほとんど仕事をしていないけれど疲れた。

 欠伸と溜息が続けざまに出る。

 朝からの出来事でも振り返ってみよう。

 まずは、新横浜駅に降りたところから。

 おお、目を閉じると、また睡魔が襲ってくる……。

 ……

「メイジくん」

 え、ルキ?

 目の前にいたずらっぽい笑顔。同時に、両腕をがっちりとホールドされる。

 左右に目をやると、見慣れた顔のダイプロ若手レスラー。

 大男に支えられ、俺の足は引きずるどころか宙に浮いたまま。

「荷物はないみたいね。じゃ、出発進行!」

 ルキの掛け声で、筋肉の塊が歩みだす。

 有無を言わさず、捕まった宇宙人的なポーズで会場を出る。

 夜の横浜を運ばれる俺。

 タクシーに乗せられても、両側には筋肉戦士がぴったり。

 ルキはどこか行っちゃったので、狭い車内は男の熱気むんむん。

 連行される犯人ってこんな感じなんだろうな。

 野太い奴らにギュギュッと圧迫されながら十数分。

 無事にというか、無残にというか、打ち上げ会場へ到着した。

 だが、両側の筋肉どもが解放してくれない。

 リリース地点は店のもっと奥ということだろう。

 ここまで来たら、さすがに逃げないよ。

 俺はノー運動な人生を送っている。体重が二倍違っても、日々鍛えてる君たちの方が速いだろうし。

 しかし、どこだ。ここ。

 おそらく、超高級中華料理店。

 赤と金を基調にした内装で、巨大な壺や天女の絵画、彫刻の龍といった中国的豪華アイテムがそこら中に飾ってある。

 天井にはプラネタリウムよろしく、星空を模した照明が瞬いている。

 さらに、ホール係の女性は全員がスリットの深いチャイナドレス。

 アクション映画のヴィランが悪だくみを相談するような店だ。

 悪の中華料理店と名付けよう。

 若手レスラーズは、俺を中華料理店特有の円形回転テーブルへと運び、ちょこんと椅子に置いてくれた。

 ふたりは最敬礼をして、端っこのテーブルへ向かっていく。

 宴会用というか、かなり大きな個室で、回転テーブルが六セットも配してある。

 テーブルを囲むメンバーは、俺の右に力山、その先にジャック。左にはルキ、その先には鹿原がいる。

 霊能肥満児は、いつものごとき笑顔、中華料理店の店頭にありがちな人形と同じスマイルで愛想を振りまいている。

 部屋の正面には小さくステージが設えられてスタンドマイクが置いてある。

 早速、舞台監督はマイクを握って挨拶。

 続けて「中締め食事会を始めます。カンパーイ」と威勢よく音頭を取る。

 これを合図に宴会が始まった。


 とにかく、食うことに集中しよう。

 唐揚げも麻婆豆腐も、昼に食べたコンビニ中華弁当とは別種というか別世界の食い物。紹興酒のソーダ割りと合いまくる。

 ジャック様は食っては喋り、飲んでは大げさなジェスチャー。

 ルキの英語を経由して、鹿原と会話を弾ませている。

 今日の配信でジャパニーズ霊視マスターは世界デビューしちまったのか。

 人気を呼ぶんだろうな。腹立たしさに食欲が止まらない。

 いきなり、スマホの着信音が鳴り響く。

 誰がも胸、腰、カバンと発信源が自らのものか確かめ始める。

 着信音が違う人もいるだろうに、お決まりのように動くのはなぜか。

 皆の端末探し行動は、ジャック様がズボンの前ポケットから愛機を取り出すまで続いた。

 スーパースターは液晶画面を見るや「ワオ!」と小さく吠えて、満面の笑み。

「ハロー?」

 マイクアピールさながらの威勢のいい声。

 そして、いきなり笑いだし、楽しそうに話し出す。

 飯の途中だぜ。さすがアメリカン。

 世界最高のプロレスラーはスマホをスピーカーモードにして、丁寧にテーブルに置いた。

 「友達を紹介するよ」と言った気がする。フレンドとか言ってたし。

 液晶画面を覗き込むと、にこやかに微笑む黒人女性。

 大きな瞳に吸い込まれそう。

「もしかして、ディーバ・リサ?」

 ルキが声をあげた。

「ビンゴ!」

 ジャックはサムズアップで答えて、早口でスマホに語りかけるとディーバ・リサは嬉しそうに話し出した。

 ルキも英語で応答し、すぐに三人の会話は心地よいリズムのキャッチボールになっていく。

 誰も割っては入れない感じ。

 俺の場合、言葉がわからないから、割り入りようもないけれど。

「ルキさんは、鹿原さんをディーバ・リサに紹介しているようですね」

 小声で力山が教えてくれる。

「英語、わかるんですか?」

「自分、アメリカ修行が長かったんで」

 ただのハゲ巨人と思っていたけど、実は国際派インテリ巨人だったか。

 リサが話す、ルキが通訳する、鹿原が嬉しそうに話す、ルキが通訳する、以下同文……。

 どうやら、世界の歌姫も個人情報を次々に提供している模様。

「サンキュー! ドウモアリガトオ」

 リサが液晶の向こうで手を振ると、ルキと鹿原も手をふって、なごやかに会話は終了した。

 ルキは笑みをこぼしながら立ち上がり、速足でマイクスタンドまで進んでいく。

「緊急発表です。あの、どうぞ、食事しながら聞いて」

 緊急という言葉に一瞬ハッとした表情のスタッフもいたが、明るい声音にすぐ安堵した顔になる。

「ツアー最終日の両国国技館に、世界の歌姫ディーバ・リサさんが来てくれます。今日のネット配信を見てジャックさんに連絡してくれたの。でも、条件がひとつあって。鹿原さんに霊視して欲しいんですって」

 ルキはすがるような眼差しに、媚びた口調を加え、おまけに胸騒ぎの腰つきを軽く振って、鹿原のまんまる顔を見つめる。

 ビジネスとわかっていても、嫌な気分だ。

「私は大丈夫ですよ」

 丸い人は座ったまま、演技臭くも大声で快諾した。

 英断に拍手が沸き起こる。さっきそこで話して決めてたくせに。

 ともあれ、霊視のコーナーがまたひとつ、俺の手を離れた。

 気分は微妙。

 口惜しさ五割、ほっとした感が二割、もやもや感が三割。

 素敵な予定変更に、ルキは乾杯の音頭を取る。

 また、特別ゲストか。

 もう、食って飲むしかない。

 やけくそ気味に鶏とカシューナッツ炒めを頬張り、 喉に詰めて一気にグラスを干してむせる。

 苦しんでいると背中に衝撃。

「オーケー?」

 涙目で振り向くとジャックだ。

 心配げに覗き込んでくる。

 その優し気な目からすると、今のもしかして軽く叩いたつもりか。

 どうしてレスラー連中は力加減が異様なんだよ。

 世の中、君らと同じ職業の人ばかりじゃないんだぞ。

 力山は何かをジャックに話しかける。

 ジャックは勢いよく会話を返して、笑いながらどこかへ行った。

「テーブルにレスラーが二人もいるから、なくなると思って焦ったのかって」

 なんだ、そのくだらないアメリカンレスラージョーク。

 呆れていると音楽が聞こえてきた。

 ジャックはバラードナンバーを歌い上げ始める。

 なんか、無茶苦茶うまいんですけど。

 

 気が付けば、宴会が始まって二時間。

 そこらじゅうで会話に花が咲き誇っている。

 上機嫌で話し続けるルキの元へ、アミガが揃ってやってきた。

 いつもの快活な雰囲気は欠片もない、しなだれかかるモンモをダリが支えている。

「ルキさん。モンモがちょっとおかしいんです」

「あら、具合でも悪いの?」

 この構図、漫画で見たことあるぞ。

 保健室女子と養護の先生だ。

 確かにルキに白衣は似合いそう。

 モンモは黙ったまま、気分が悪いような、恥ずかしいような微妙な表情。

「あの……。体の調子は普通なんですけど、なんか、声が聞こえるんです」

「声?」 

「やさしい女性の声で。内容はよくわからないんですけど」

「声か。うん、これは鹿原さんの専門分野ね」

 違うぞ、ルキさん。

 医者の専門分野だろ。頭に注射を打ってもらうやつ。

 心の中ではツッコむけれど、言う気力すら出ないのは酔いのせいか。

 いや、俺のもともとの性格か。

 アミガ達は鹿原の席へと行く。

 この太ったインチキおじさんは、モンモを軽く問診してから目を閉じるように告げた。

 鹿原も目を閉じて、少女の額に手をあてている。

「うん。うんうん……ああ、そうか。うん」

 何度もうなづき、独り言を繰り返す。

 そこそこ飲んで赤ら顔だし、絶対に危ないおっさんなのになぜ誰もが信じてしまうのか。

 彼はひときわ大きくうなずき、詐欺師の笑顔でルキの方を見た。

「彼女、次の公演まで私の内弟子になってもらえますかね」

 鹿原とアミガ、両方のスケジュール管理はルキの仕事だ。

「アミガは他のメンバーに頑張ってもらえば大丈夫ですけど。鹿原さんのお仕事が……」

「明日から三日間は講演会ですよね。都内と千葉。全部、日帰りでしょ。モンモちゃんには毎朝、家に来て夜まで付き合って頂けるかな」

「ええ、それなら大丈夫かと思います」

「よかった。でしたら、きちんとお預かりして【声】を聞く者としての基本を学んでもらいますね。モンモちゃん、頑張ろうね」

「は、はい。あれ、なんか、声も励ましてくれてるみたい」

 安心しきった風情でかすかに微笑むモンモ。

 ガードの低いアイドルだこと、それにスケベなおっさんだこと。

 見てて、頭が痛くなってきた。

 お代わりは濃い目のハイボールをジョッキでいこう。

 一刻も早く、色々なことがどうでもよくなるように。

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