第19話 秋田の夜

 終電を逃しての外泊はネットカフェが定番。

 旅行の記憶は高校の修学旅行が最後。

 そんな俺にとって、今回のツアーは初のビジネスホテル体験だ。

 ベッドとテレビと申し訳程度の作業テーブル。小ぢんまりさが気持ちいい。

 洗いたてのシーツと使い放題のシャワー、館内の自販機で酒もつまみも揃う。

 快適この上ない。

 なにしろこのツアー、毎日凹んでばかり。

 そのせいで幸か不幸か夜の一人酒がうまい。

 ぐだぐだになるまで飲んでキューっと眠る。

 鹿原との勝負は芳しくないが、ホテルと酒、そしてルキの覚えがめでたいことで旅の評価はプラマイで星三つってとこか。

 今日の部屋は十階、灯りの少ない夜景を見ながら缶チューハイと柿の種で天下を取った気分。

 志が低いと得だね。

 一流企業に勤めてる連中は、こう簡単に天下取れないだろ。

「さあて」

 仕事仕事……とつぶやきつつ、ノートパソコンを立ち上げる。俺、勤勉、えらい。

 やることはSNSでエゴサーチだけど。仕事がらみのタスクには違いなかろう。

 プロレス✕アイドル✕霊能者という、頭の悪いオリジナルカクテルみたいなレシピだが、ネット人気は結構なもの。

 どのSNSでも、ハッシュタグ『#鹿原』や『#アミガ』で発言がいくらでもヒットする。

 今日のライブを生配信で視聴した連中は十五万人を越えるらしい。

 集計ミスじゃなきゃ、見たやつの頭がミスってる。

 ミスったオツムの皆さんは、鹿原の真贋論争やアミガの推し争いでネットで口汚くののしり合っている。

 そいつらを無視して盛り上がるライト層が人数的にはもっとも多そう。

 「俺も声が聞きたい」とか「私も観てほしい」とか、そういうピュアな方々。霊能タレントのいい鴨になる皆様だ。

 SNSで言葉の海を泳ぐとよくわかるが、スピリチュアルに引っかかるのは罪のない若い子と、失敗だらけの哀しい大人。

 スピな奴らでも、恋愛ごとや今日のラッキーアイテムとだけ言ってるうちは可愛げもある。他人の人生に介入して責任感の欠片もなく、あることないこと囃し立てて、霊を騙って引っ掻き回す連中が罪深い。

 大金を稼ぐなら尚更だ。

 彼らのトーク技術と、霊能力?

 いや、手品だよな。鹿原クラスだと、その上手さは芸の域だ。

 ハートが弱ってる時には巻き込まれるのも仕方ないが、詐欺テクニックを認めるのも腹が立つ。

 チューハイ二本め、プシュッとな。

 全国の皆さんの落書きをつまみに、オレンジ味のちょいと甘い液体をすする。

 書き込みとしょっぱい柿の種→甘いチューハイ→書き込みと柿の種→チューハイ→ポリポリ→ちびちび。

 このコンボは止め時が難しすぎる。

 アルコールで適度に弛緩した脳はネット特有の罵詈雑言に鈍くなり、塩が眠気を覚ます。

 読めば読むほど、悩みも怒りもどうでもよくなり、時間を忘れてしまう。

 SNSの醍醐味だ。

 時々、ごくたまに、霊視ショーの企画をほめる書き込みに出くわす。

 つまり、俺をほめてるってことだ。

 嘘をあばくつもりで毎回工夫している抽選演出が、どうやら一部に好評。

 狙った効果とは真逆で、鹿原の信憑性を高める後押しをしているわけだが。

 しかし、それでも「企画有能」と言われたら、少しうれしいってのが我ながら癪に障る。

 だから、さらにアルコールをもうひと舐め。



 !おわ?

 いきなり衝撃音。

 びっくりして吹いたチューハイがパソコンの液晶にシュワッと音を立てる。


 すごく近い。

 地震?

 いや、揺れてない。音は一発だけ。


 空爆? テロ?

 こんな地方都市にか。

 怪獣?

 だったら、いいんだが。見てみたいし。

 でも、違うよな。


 カーテンを開けるも真っ暗、なにも見えない。

 何の音もしない。地方都市、恐るべし。

 東京住まいには不思議なほど夜が早い。

 よし、ネットだ。

 SNSを見る。

 爆発音とか、衝撃音とか、そんなワードで検索。

 何も出ない。同じことが東京や大阪であったら、ガンガン書かれるだろうに。

 ホテルの名前、街の名前、どうだ。

 検索ボタン、ポチリ。


 よっしゃ、三件ヒット。同じホテルの宿泊客のつぶやきだ。状況は俺と同じ。新情報はゼロ。現場近くからスマホで投稿なんて、気の利いた奴はそうそういないよな。

 うわ、こんなんじゃ眠れないぞ。夜は長くなりそう。

 酒、買い足さないと。

 俺はパジャマ姿のまま、ルームキーと財布を手に取って立ち上がる。

 自販機のあるフロアに行かねばならない。

 確か、チーズとアタリメもあったよなと思いながら、部屋のドアを開けた瞬間。

 柔らかな物体がぶつかってきた。

 思わず、後ずさる。

 バランスを崩してぶっ倒れて、後頭部を打ってパーとか勘弁。

 足をバタバタバタっと踏み鳴らし、いま来た道を押され戻る。

 相撲でいう電車道だ。

 一直線に後ろ歩きの末、無事、ベッドに押し倒される。

 眼の前には長い黒髪、漂う香りはフローラル。

「くん……メイジくん、一緒にいて。そばにいて」

 ルキ?

 泣いてる?

 えっ、なんで。

 俺のみぞおちに顔を埋めて怯えているのは、紛れもなく麗しの彼女。

 ホテル謹製ペラペラのパジャマから体温が伝わってくる。

 ウソっ。まさか、さっきの衝撃音にビビってるの? 

「メイジくん、声を聞かせて。話しかけて、ねえ……何かしゃべって」

「ルキさん、あの、落ち着いて。大丈夫、きっと大丈夫だから」

「うん、うん」

「えっとさ。もしかして、音、怖かったの?」

「……」

「……」

 無言、ひくひくっとしゃくる音。

「しゃべってよ。話して! いえ、ごめん。ごめんなさい。ギュッとして」

「はっ、はい」

 なんだ、このシチュエーション。

 好意を抱いている相手に抱きつかれて、話とハグを求められて、なのに、何も嬉しくないぞ。

 こんなの人生初なのに……。

 でも、とにかくギュッとしなきゃ。姫様がお望みだ。

 女子をハグなんざやったことない。

 えっと、やさしく? 腕に力を込める? いや、肩?

 くそ、ギュッてどこに力をいれるんだろ。

「黙らないでっ」

 抱きしめて話を続けるのって難しい。

 何を話せばいいんだ?

「声を聞かせてよっ。お願い、お願いだから。一人にしないでっ」

「一人にしてないって。俺、いますから。ほら、ギュッとしてる。ギュッと。話してるしね。ルキさん、大丈夫」

「うん、もっと、もっと大丈夫って言って!」

「大丈夫! 大丈夫、大丈夫。何の心配もいらない。俺、ついてるから。ほら、話してるでしょ、大丈夫」

 俺、凄いな、こんなに内容のない会話ができるんだ。中身、皆無。

「うん……うん、もっと、話して。声を聞かせて。お願い」

 震える体が愛おしい。

 いつもの毅然とした姿からは想像もできない。

 こんなに華奢で弱々しい骨格なんだ。

 しがみつく力は凄いけど。

「あのさ、えーと。ガ、ガキの頃、公園で相撲をとったでしょ。全然、勝てなかったよ。こうやって抱き合うのそれ以来だよね」

 俺は何を言ってるんだろう。こんな話でいいんだろうか。

 でも、話せと言われても、ネットの噂や仕事の話なんかしたくないし。

「秋葉原で再会した時、すぐに思い出せなかった。家で記憶を探りに探って、ルキって名前を掘り出した時、嬉しかったな」

 出会ってからの話を思いつくままに言い続ける。

 俺にできるのはそれくらいだ。

 半時間も話したろうか。

 途中からは話のネタがなくなって、好きな動物や昆虫について語ってしまった。

 俺の胸元からは寝息が聞こえている。

 手はしがみつく形のまま、力が抜けている。

 そっと、彼女の体をずらし、ベッドに仰向けにした。


 はぁ……。

 すっかり酔いは覚めてしまった。

 でも、彼女を一人にして部屋を出られないよな。

 おだやかな寝息。

 顔にかかっている髪をそっと持ち上げる。

 無防備な寝顔。

 頭を軽くなでてみる。

 きっとさ。ここでなんかできる奴が人生で成功するんだろう。

 チュッとかな。口じゃなくても額とか頬とかに格好良く。

 そういうの嫌いなんだよ、フェアじゃない気がして。

 どぎついエロ動画は見るくせに。

 まあ、いい。俺は落伍者でいいや。

 疲れた。

 シングルベッドじゃ添い寝すら難しいや。

 今日は床で寝よう。

 もう、衝撃音、なしにしてくれよ。

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