第18話 バイオモンスター

 いくらなんでも、鹿原が憎いなんて理由でショーの構成変更は許されない。

 職人肌の舞台監督や音響、照明の皆様を敵に回せば、俺なんざ無視をくらうのが運の尽きだ。

 関係各位に申し訳が立つ小手先チェンジは、せいぜいが鹿原の霊視相手選び。

 昨日と同じじゃつまらないよねと、企画屋らしく軽薄に提案するだけ。

 昨日、都合のいい客が選ばれたのはなぜか。

 抽選箱に細工をされたのか?

 箱の中に無難な客の席番号を貼り付けておくとか? 

 そんなズルをされる隙がないようにしなければ。

 そうだなぁ……観客は入場口でチケットの半券を受け取る

 →このもぎられた半券はビニール袋に入れられる

 →そいつを俺が自らの手で回収

 →霊視コーナー開始直前に抽選箱に入れる。

 これなら、たとえ鹿原の息がかかったスタッフがいても手を出せないだろう。


 仙台最大のライブハウスを、相変わらずの濃い観客が埋め尽くす。

 ステージでは甲冑姿のプロレスラーがミニ山車を担ぎ、わっしょいわっしょいと登場。

 山車の上には伊達政宗らしきコスプレのアミガが乗り、手を振っている。

 全員が独眼竜だけど、一人は左目に眼帯というコメディ演出。

 可愛さとあざとさが観客の好感度を上げる。

 やりすぎくらいがちょうどいい。

 歌のコーナーが終わり、プロレス二試合で客席は熱く盛り上がり、間髪入れずにバラエティコーナー、「箱の中身はなんじゃろな」。

 アミガ達がフカヒレや牛タンといったご当地グルメを触っておののく姿に客席は爆発状態。

 ちょろいぞ、宮城県人。

 どっかんどっかん受けて、ショーは滞りなく進行し、いよいよ霊視コーナーが始まる。

 昨日と同じ手順で抽選箱が運ばれてくる。

 だが、ここで演出一発。今日は衆人環視のもとで抽選くじを投入。

 アミガのブルー担当キラリが、チケット半券を入れたビニール袋からガサガサっと中身を箱に移す。

 くじを引くのもキラリ。霊能デブは見守るのみ。

 俺の目の黒いうちはよぉ、お前にくじは引かせない。

 そして、客席から本日、霊視される犠牲者? 被害者? いや、当選者が呼び込まれた。

 その選ばれし勇者の風貌を見た時、俺は思わず拳にグッと力が入った。

 これぞ、求めていた人材!

 年の頃は四十歳過ぎ。パワー力山のTシャツを着た、髪はぺったり、無精ひげ、フチなし眼鏡の社交性なさげなおじさんだ。

 いきなりステージに招かれて、目がきょろきょろ。

 両手は頭、頬、鼻、喉元を激しく行き来、色々なところを掻いて挙動不審この上ない。

 司会者がおじさんにマイクを向ける。

「おめでとうございます。鹿原先生に霊視をしてもらえますよっ」

「そうですか。カバさんか。うん」

 腕組みをしてうなづいている。何を考えてるんだろ。

「お名前はなんとおっしゃるのですか?」

「ああ、俺は、私は、いや、僕はね。……ばいお、◎×▼◎■もにょもにょ」

 名乗ったようだが、最後の方は声が小さくて聞き取れない。

「はい?」

「ばいおっ、もんすたあ」

 唐突な大声に司会者は軽く仰け反る。

 舞台上のアミガたちも顔が固まっている。

「バイオモンスターですっ!」

「あの、名前だよ?」

 司会者が思わず素の返答をしてしまう。

「ペンネーム!」

 そんなこともわからんのかと、口をへの字に結び、おむずかりのご様子、

「まったくぅ」

 客席から笑いが起きるが、バラエティ的な明るさはない。

 失笑とか、困った時に漏れる系の笑い声だ。

 こういうエンタメ系イベントでは、決して舞台に上げてはいけないタイプ。

 空気の読めない危険人物だ。

 司会者は「どうすんだ、これ」的な目で舞台袖のスタッフを見やる。

 だが、見られたスタッフだって困るだろう。

 皆、目を伏せたのか、司会者は軽くかぶりをふってバイオモンスターへ向き直った。

「では、そちらのイスにお座りください。鹿原先生、お願いします」

 すごい。さすがはベテラン。

 勢いよく、段取りをまとめて身を引いた。

 鹿原に状況を丸投げした感じだ。

「はいはい、えーと、バイオさんとお呼びすればいいのかな。落ち着きましょ」

 笑顔で目を真っ直ぐ見つめて、なだめている。

 動物を相手にする飼育係のよう。

「じゃあ、まずはそこのイスに座ってください。で、私の手を握ってもらえますか」

 バイオさん、座ってから手を差し出せばいいのに、中腰のまま鹿原の両手をむんずと握ったため、凄く不自然な体勢で腰を下ろす。

 加齢臭も真っ盛りな年代の叔父さんが手をつないで見つめ合う。

 なかなかマニアックな絵だ。

「私と呼吸を合わせてください。すぅー…、はぁー、すぅー…、はぁー、すぅー…、はぁー。目を瞑って。呼吸はそのまま」

 鹿原は目を半分閉じて、バイオさんを見ている。

 同じくらい太った二人だが、印象はずいぶんと違う、主に清潔感の面で。

 やはり、人前に出る仕事は外面を磨くんだな。

「はい。わかりました。バイオさん、目を開けてください。ええと、力山さん、来てください」

 舞台袖に向かっての呼びかけに、霊視ショーを見学していた力山がステージへ出てきた。

「力山さん、こちらの方、前世では足軽をされていました。山梨県ですね。武田軍かしら。あなたとは戦友、同じ隊で戦ってます」

 力山は目を丸くして驚いている。

 彼、霊もUFOも悪魔も信じ切ってるんだよな。でかい図体して。

「二人とも同じくらい活躍しましたね。力山さんは戦いが魂に刷り込まれてます。だから、現世でも戦う道を選びました。バイオさんは戦場とはいえ、人を殺めたことを悔やんでいました。だから、現世では異なる道を選んだのですね」

 その後、霊視は続き、向いている仕事や恋愛指南、開運方法などを力山にも言い聞かせる形で三十分以上、みっちり話してコーナーは終わった。

 終始、バイオさんを肴に力山を持ち上げるトーク。

 巨人もノリノリで、鹿原に霊界について訊いたり、前世の戦友との思い出話に涙を流したり。

 『相手が口下手でまともに話せそうにない時、他の出演者をショーの軸にする』

 なんという、とっさの判断だ。

 素人をあてがう俺の作戦を根本からひっくり返しやがった。

 くそぅ。明日こそリベンジしてやる。



 東北ツアー三日目、秋田。いまライブは最高に盛り上がっている。

 ……昨日の今頃はリベンジとか考えてたんだよな。

 今日はご当地演出ってことで、鹿原以外の出演者は全員なまはげ衣装。

 レスラーとアミガ、大小、集団なまはげ祭りだ。

 坊主頭の力山なんか、お面を取ると巨大な子泣きジジイにしか見えないが。

 ともかく、異様な雰囲気の中、最後の霊視ショーまでノリノリで進んできた。

 霊視相手の抽選は、連日の反省から箱を捨てて、透明ビニール袋にチケット半券を放り込んでアミガに引かせることにした。

 なのに、また、信者みたいな客が当たっちゃうという。

 霊能デブは守護霊の声を聞いちゃうし、人生のアドバイスなんかしちゃうし。

 それ聞いて、客は涙にむせびながら席に戻り、会場は感動の嵐。


 ああ、もう。

 俺、舞台袖で頭を抱え中。すげー敗北感。ギリギリまで抽選の不正を見つける気で、こんな場所で見てたんだけど。

 まずった。ここ逃げ場がない。

 鹿原はマイクを握ってステージセンターに進み出る。

 これからソロトークってわけか。

 今にも「どやっ」と言いそうな自信満々の顔つきだ。

「みなさん、お楽しみ頂けていますか?」

 スピリチュアル好き、アイドルファン、プロレスおたくが一体となって歓声を上げる。

「は~~~い!」

 歓声のホーン数が俺の心をえぐる。

「福島、宮城と来て、今日は東北ツアー最終日。こちらは食べ物もお酒も美味しいし、人も暖かいし、最高ですね」

 嘘つけ。あんた、毎日、東京へトンボ返りじゃないか。

 しかし、客は興味津々、見るからに前のめり。

「今日は、私の秘密をみなさんにお教えします。これを聞いてしまうと、皆さんの中に私と同じ能力に目覚める人がでてくるでしょう。もしかすると全員が……なんてね。

 まあ、気楽な気持ちでお聞きください。 

 私は霊視をすると、ご本人も忘れていたことや誰も知らないことを次々に話していきます。これね、実は教えてもらってるんです。

 後頭部の斜め上から【声】が降りてくるんですよ。情景が浮かぶ時もあります。でも、それも【声】の解説付き。子供のころから聞こえてるので、自分では当たり前。

 えらそうな感じはないんですよ。親戚のやさしいおじさんといった感じです。霊視の時は相手の方のこと。歴史の真実。未来に起こること。私たちの選ぶべき道。

 なんでもかんでも、訊ねれば教えてくれます。

 教えてくれないのは寿命と、ギャンブルの答えだけ。そこが一番知りたいし、年末ジャンボでも当たればいいのにねえ……。でも、皆フェアにというのが信条なのだそうで。スピリチュアル仕事を一所懸命にやっててもエコヒイキなしなんですよ。


 さて、今日の開演前。【声】にあることを言われたんです。そろそろ、あのことをみんなに伝えた方がいいよって。命令じゃないですよ。やさしく言われました。

 だから、いま、プロデューサーさんに無理を言って、時間を作ってもらいました。

 ちょっと怖い話になるかな?

 実は世界は大変な危険にさらされています。【声】によると、二ビルというんですが、ある星が地球を目指して飛んできています。

 二ビル、なんか、血でも吸いそうな嫌な名前ですね。このままでは、十年後、地球に衝突してしまう。二ビルは地球の何倍もの質量なので、当たればひとたまりもありません。

 そこで【声】は考えました。

 このままでは確実に地球も人類も運の尽き。だったら、一か八かの勝負だ。

 【声】を聞く人を増やそう。

 みんながつながれば、争いもなくなるし。共に苦難に立ち向かえるだろうって。

 誰も彼も、私のように神秘な【声】を聞く世界を望まれたんです。そうなると霊視なんて意味がなくなって、私は無職になりますけどね。でも、世界の幸せと私の生活は比べ物になりません。まあ、その時は趣味の歌を磨いて、歌手にでもなってみますよ。


 実はですね。

 誰もが生まれつき、【声】を聞く能力を備えています。高く跳べるとか、計算が早いとかと同じで、多少の能力差はありますけどね。誰でも、私同様に【声】を聞いて失敗のない日々を送れるはずなんです。

 ああ。うん……うん。今、【声】が教えてくれました。今から一年以内に、日本に住む人たちの半数以上は【声】を聞けるようになるそうです。早い方は、今晩にもですって。

 楽しみにしてください。

 そして、驚かないでくださいね。

 帰ってお風呂に入って、晩酌中に頭の後ろで【声】が聞こえても」

 

 鹿原の野郎。結局、終演時間を二十分もオーバーしやがった。

 この会場、夜はバス特別便しかないんだぞ。ちょっとは考えろよな。



 観客がはけて、照明の落ちた客席に、俺は力なく座っていた。

 舞台上では、慌ただしく撤収作業が行われている。

 バラエティ番組っぽい派手な書割りは裏面のベニヤ板をさらけ出す。

 バミリと呼ばれる舞台の床に貼られたビニールテープが剥がされる。

 こいつは「場を見る」という意味で、出演者の立ち位置や小道具を置く位置を示す。

 ショーを進行させる地味な工夫だ。

 華やかなステージも一皮剥けば、ホームセンターで買える材料で作られている。

 スピリチュアルな連中も似たようなもんだ。

 一人残らず薄っぺらい……と、俺は思ってる。


 今日は、何でミスったんだ?

 箱に細工をされたのか?

 奴の判断と行動が俺を上回っただけなのか?

 じゃあ、トリックはなんだったんだ。うっ……うひゃ、冷たい!

「メイジくん、お疲れ様」

 ルキが隣に座った。 

 俺は頬に当てられた缶コーヒーを受取り、プルトップを開ける。

 彼女の持つ缶に軽くコツン。

「お疲れ様です」

 ぐびっ、甘っ、しみる。

「鹿原さんのコーナーね。反響がすごくいいよ。ネット配信がリアルタイムでバズって、視聴者十万人越え」

 はあ、そうっすか。

「霊視相手の選び方がいいのよね。初日、昨日そして今日とやり方を変えたでしょ。そこに気づいた人達がいてね。やらせ派とやりあってるの」

 へえ……お喜び頂けてるなら何よりです。悔しいですが。

「スタッフさん達と飲みに行かないの?」

「いや、あの。あの人ら、体育会系でしょ。なんか、ちょっとね。ルキさんこそ、アミガやレスラーと行けばいいのに」

「アミガは未成年だから、この時間じゃアウト。力山さん達は東京へ戻ったわ。鹿原さんも一緒の新幹線。今晩はお酒はお預け、緑茶を飲んで報告書まとめかな。明日は支社で会議だもの」

「忙しいんすね。プロデューサーってのは」

「支社参りはメイジくんも同席よ。企画バカ受けの勇者として」

「はあ、何よりです。なんか、疲れちゃいました。今日はホテルでおとなしくしますわ」

「私は撤収を見届けてから帰るわ。まずはツアー前半、お疲れさまでした」

「はい、お疲れっす」

 俺は缶コーヒーを一気にあおり、むせた。

 涙目で思う。たぶん、気管支まで落ち込んでんだ。

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