第17話 全国ツアー

「全国ツアー?」

 会議室に俺のマヌケ声が響いた。

 ルキの差し出した企画書の表紙には、列島縦断スピリチュアルライブと太いゴシックフォントが並んでいる。

 ペラペラっとめくったけど、図と表が面白げもなく並ぶのみ。

 とてもエンタメ系の書類には思えない。これで何の判断ができるんだろう。

「つまんない企画書でしょ。ネット配信での視聴者数、動画サイトでの再生数、SNSでの話題の広がり方、なんだかんだをまとめただけ。企画概要はペライチのみ、ただの手続き書類よ」

 それなら、わざわざ会議室に呼んで見せなくてもよくない?

 ああ、これも手続きのうちか。

「上場会社ってのは何かと面倒なのよ。結局は社長の一声で決まるのにねえ。で、さて、本題」

 細い指が企画書の表紙をめくる。

 野太いフォントでライブの場所と日程が記されている。

「ツアーは来月頭、十日で七興行の弾丸ツアーよ。もう一ヶ月切っちゃってるから、しばらくバタバタするわね」

 いや、日にちがなさすぎない?

 案出し、出演者のスケジュール合わせ、会場の予約、企画構成、集客、舞台設営計画、グッズ製作、当日の警備に弁当の手配とかさ色々あるじゃん。

 一回きりだけど、起ち上げから撤収までライブに付き合った身としては気になりすぎだ。

「準備はこっちでやるから、メイジ君は企画を考えて。全部で七回分。動画配信するから毎回違う見せ方が必要なの」

「いつまで?」

「そうね」

 ルキはスマホを取り出し、スケジュールを確認し始めた。

 ぶつぶつと独り言をつぶやきながら、画面をフリック。

「基本構成はこの前と同じでいいし。試合カードやアミガのセットリストもこっちで打合せするし。メイジ君はバラエティ部分と鹿原さんがらみのとこを中心に考えるだけだし。七興行と言ってもバリエーション出しなわけだから……」

 聞こえよがしに、やることそんなにないから短期間で大丈夫よねと訴えてくる。

「最初の案出しは来週の今日でどうかしら」

 いたずらっ子のような笑みを浮かべつつ、拒否を許さないお訊ね。

「聞いてたでしょ、私の独り言」

「お、おう」

 確かに聞いてたけどさ。

 独り言とは何かという、哲学的な問いかけがしたい。

 だいたい、肯定しかあり得ないっしょ。圧が強い。

「では、そういうことで。引き続きよろしくお願いします」

「はい。あの、このまま部屋使ってていいですか?」

「うん、あと三十分は平気よ。じゃ、私は次の会議があるので。お疲れさまー」

 細腕かつ剛腕プロデューサーは慌ただしく出ていった。

 ドアが閉まると空調音がかすかに聞こえるのみ。

 瞑想ができるほど落ち着いた空気の中、深呼吸一発、企画書をめくっていく。

 ツアーの前半は東北から始まり、福島、宮城、秋田、そして神奈川。

 三日休んで、愛知、大阪。

 ラストは東京の両国国技館。

 前回同様、ファンクラブ会員と無料客を呼び集めたとしても客席が埋まるのかね?

 それは俺の心配することじゃないか。

 さて、どうしたもんか。歌も試合も俺の責任範囲外。

 やはり、鹿原にリベンジを仕掛けたいよな。

 この前は心を折られたが、俺のハートは折り畳み式、ちょっと寝れば元通りだ。

 あの霊能デブが主役を張っているテレビ番組では、毎週、役者や芸人を呼んで霊視をしている。

 その結果にゲストは泣いたり、怒ったり、喜んだり。

 全てがヤラセでも不思議はない。いや、ヤラセだろう。

 出演者はタレントのみで、毎回三十分番組が埋まるほど波乱万丈な話ばかり。ノー打ち合わせなわけない。

 そして、俺が生で見た霊視は三回、アミガ達と沼田だ。

 これまた普通の人間ではない。

 アミガはマイナーとはいえアイドルだし、熱狂的ファンがブログやSNSで応援しまくっている。ここ数カ月、アイドル誌を中心に露出も増えてきた。

 沼田はマイナーの端っこ以下の存在だが、あの時は鹿原の方から指名していた。

 つまり、霊視する可能性がある相手か、自分が指名した相手しか視ていない。

 事前リサーチし放題なんだよな。

 一般人相手だとどうだろう?

 当日の客から選ぶとしたら。くじ引きでランダムに選んで……。

 うん、この切り口、「バロック鹿原があなたを霊視?」と言えばインパクトある企画だと押し切れるんじゃないか。

 どうせ、その場しのぎのコールドリーディングでくるだろうけど。お手並み拝見といこう。



 全国ツアーの企画内容は、一週間という時間をフルに使って練り上げた。

 まず何もせずに六日過ごす。この熟成期間が大事だ。

 そして、一晩でネットからネタをさらって、切った貼ったであっという間に固まったというか、固めた。

 オープニングは各ツアー会場のご当地祭りを素材に御神輿仕立て。土地の名産品を使って、アミガとレスラーに「箱の中身はなんでしょう」をやらせたり、名物あてジェスチャーやホワイトボードでの画力対決とか、バラエティ番組の定番コーナーを日替わりでやる。

 観客はファンが中心だから、何が来ても喜ぶだろ。

 あとは、レスラーとアイドルのお寒い寸劇で間をもたせて、クライマックスは鹿原大先生の霊視ターイム。

 エセ占い師は赤っ恥かいて、客席騒然のうちにしゅーりょー。

 おお、完璧な流れだ。



 ツアー初日。

 朝一番の新幹線で駅弁とビールを決めて、福島に降り立つ。

「リベンジ オブ ジャスティス」と、俺が脳内で呼んでいる「鹿原×一般客のスペシャル霊視対決」は、意外なことに鹿原側から一切のNGも注文も付かなかった。

 さすがは元占い師。売れない頃は不特定多数、どんな客にも対応してきただけある。

 叩き上げの詐欺師ってわけだ。だが、その自信が墓穴を掘るんだぜ? 


 会場は超満員、パイプ椅子で増席をしたほど。

 アミガ、ダイプロ共ネットを中心に人気は広がっているし、なにより鹿原のファンは増える一方、テレビの視聴率も本の売れ行きも伸び続けている。

 そして、ツアーのチケットは無料ときた。

 客が入らない理由がない。

 鹿原が後に引けないよう「今回は観客を霊視! あなたも霊視を受けられるかも」と宣伝で煽りまくったのが効いているのだろう。

 ちょこっと検索したらネットオークションでチケットは十万円の高値を付けていた。

 関係者席を横流ししない我が良心に感心する。

 俺は客席中央の関係者席で舞台の進行をなまあたたかく見守ることにした。

 会場には異常な期待感が充満しており、新興宗教の集会のよう。

 スピリチュアル系のライブには多かれ少なかれ感じる空気だけど、熱気が違う。

 アイドル、プロレス、スピリチュアルって、どれもストレス解消の代名詞みたいなもん。

 この組み合わせ、脳みそに絶対よくないわ。

 客席を見渡すと、誰もが頭カラッポ、脳からぴゅるぴゅる出る快楽物質に身をまかせてる顔つき。

 司会のフリーアナウンサーが出てきただけで、大歓声が上がる。

 初老のおじさんの「みなさん、こんにちはー」で、「うおー」だ。これぞ、できあがった客の見本。

 舞台袖から神輿が現れて、ライブスタート。

 会場の作りが違うから、初ライブみたいな会場を神輿が練り歩くお祭り演出は無理。

 それでも大熱狂だ。アミガが踊り始めると客は次々と立ち上がり、ピンクのリストバンドを付けた手を振りまくる。

 歌、試合、寸劇と滞りなく進んで、いよいよバラエティコーナーが始まった。

 ここまでは俺の思い通り、勝負はこれから。

 このコーナー明けで鹿原が登場する。

 奴もプロ。おそらく、霊視パフォーマンス自体は素人相手でもそつなくこなすだろう。

 だが、今日はネットで生配信をしている。

 コールドリーディングを仕掛けたら、有志が、つまり俺が、匿名で検証動画をあげてやる。

 ツッコミまくって、SNSで煽って炎上させて、酷いことを言う奴がいますねと鹿原に教えてやるのだ。

 司会の呼び込みを受けて、霊感デブ野郎はスマイルマークが貼られたような笑みと共に現れた。

 荘厳な音楽と神聖さを醸し出す照明の演出でうさんくささは倍増。秘宝館の御本尊さながらだ。

 司会者は通りいっぺんのおべんちゃらで、鹿原の霊能力を持ち上げ、いかに人々の心を癒しているかを称える。

 鹿原はそれに乗って、著書やテレビ番組の宣伝を行い、小粋なスピリチュアルジョークで客席を盛り上げる。

 芸人裸足というか、客をつかむのが本当にうまい。

 台本には『司会との掛け合いで客席のハートをつかむ素敵なトーク、15分間』と書いて、箇条書きでトークのテーマを挙げてあるだけなんだぜ。

 トークが一段落ついたところで、司会者は本来の進行業務に戻った。

「さて、鹿原さん。本日はお客さんから一名、霊視をして頂けるそうですね」

「ええ、せっかく全国を回るわけですから、ご縁のある方を視て差し上げたいと思いまして」

「普段は一般の方を霊視したりされるんですか?」

「ご希望は多いんですけど、テレビや執筆が忙しいでしょ。誰かを視て誰かを視ないとなると、なんで私がっ……という方もおられるでしょうし。今はやってないんですよ」

「では、本日は本当に貴重な機会というわけですね。さて、ではその幸運な方を選び出す方法ですが」

 司会者が舞台袖を指す。

 アミガのモンモがキャスター台を押しながら現れた。

 台には布がかけられている。

「じゃじゃーん! あっけまっすねー」

 モンモは能天気に叫びながら、布を取り去った。

 キラキラと一抱えほどある銀色の箱が出現。

 商店街の福引箱よろしく、天面には丸く穴が開いている。

 照明に安っぽく輝く箱には、客席番号の記された紙が入っている。

 鹿原が一枚引いて、今日の霊視相手を決める段取りだ。

 本当はハリネズミかウニでも入れておきたかったが、動物愛護の観点からやめておいた。

 司会者に促されて、いよいよ、豚足のような腕が箱に入れられた。

 どんな客が相手になるのか。願わくば、意固地で口下手なアイドルおたくかプロレス野郎に当たりますように。

 だが、しかし、俺の願いはもろくも崩れ去った。

 舞台に上げられたのは女子大生。

 憧れの人を前に目をキラキラ。

 明らかに鹿原目当てで足を運んだ客層だ。

 顔には、どんな誘導にも進んで乗っかります! 個人情報はご自由に! と書いてある。

 そして、危惧した通りの展開。

 真実を見通すどんぐり眼に「お婆さんの姿が視える」と言われれば、父方母方とも存命だから曾祖母ですと語り、「悩みが深いですね」と溜息をつかれただけで恋人について話し出す。

 ご先祖様の言葉を伝えられたら泣き、ペットの気持ちを教えられたら笑う。

 ああ、疑うことを知らない少女のような君よ。俺はもう、変な宗教にハマるなよと心配するのが精一杯だ。

 霊視コーナーが大歓声で終了し、お決まりのスピリチュアルトークで観客を怖がらせたり、ほっとさせたり。

 最後は出演者全員が出て来て大団円。

 俺は椅子からずり落ちる寸前まで浅く腰かけて、グダグダ気分。

 バロック鹿原vs桜庭メイジ、今回もチャンピオンの勝利で一巻の終わり。

 運のいい野郎め。明日は覚えとけ!

 

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