第16話 ペントハウスへようこそ

 狂乱のライブから一夜明けて。ウラノス本社へ出勤。

 ルキの背中を追って、もう五分。

 社内をどこまで歩かせるのか。

 初ライブイベントを成功させたプロデューサー様は、声のトーン明るく、足取りも軽いというか早足でついていくのがやっと。

 しかし、どんな盛り上がろうが無料イベントだったわけでしょう。その絶好調のわけは何よ。

 彼女と裏腹に俺といえば、打ちのめされた心と二日酔いの身体を引きずりつつ、だるだると足を運ぶ。

 ロビーから左右に会議室が並んだ廊下を抜けて、商品開発部とプレートがかけられたドアにたどり着く。

 ルキはセンサーにセキュリティカードをかざして自動ドアを開く。

 中は普通のオフィスと変わらない。

 ずらりと並んだデスクでは白衣のスタッフ達が何やら組み立てたり、パソコンに入力したり。

 だが、誰一人として白衣が必要そうな作業はしていない。

 研究開発っぽい雰囲気づくりかね。君らは見た目から入る系か。

「ここで開発してるのは講演会やネット通販で扱うグッズね。くだ、えっと、アイテム数は多いわ」

 今、くだらないと言いかけたろ。

「そこに並んでるのは売れ筋アイテム。イン、えっと興味を惹くものはぁ……ないよね?」

 否定の同意ってやつを、ルキはショーケースを指してやる気なさげに促してくる。インの後に言いかけたのはチキかな。気持ちを上げすぎで脇が甘くなってますよ。

 各アイテムの前には商品名を書いたカードが立ててあるけれど。どれも興味以前に理解ができない。

『アルファ派発生補助装置:アルファデルファ』

『宇宙波動吸収日傘:ウェイブバキューマー』

『眼球光線発射サプリ:ファンタジーアイズ』

『神縁向上キャンディ:ゴッドタブ』

『ニュートリノまぜご飯:レトルトトリノおこわ』

『電磁波←→タキオン変換装置:タキオナイザー』

 その他、色々。俺の鈍い勘でも、一つ残らずマガイモノだとわかる。

 開発部隊は十人はいる。

 あんたら、いいなあ。こんなもの作って金を貰えるとは。

 全力で自らを棚上げして、批難してやる。


 ところで、肝心のジュディが見当たらない。

 今日の目的はスーパーモデルのハイパー爆乳を見ること、中身は残念でも美しいご尊顔とご尊乳に罪はない。

 会えないなら、ちょっぱやで帰りたい。じめじめした家でうだうだしていたい。

 大好きなルキ様だけど、今日のお互いのテンション差はきついもの。

「ここはこんなもんでいいでしょ。先へ行くわよ」

 開発部を後にし、キーボードをカタカタ鳴らすエンジニアだらけの部屋を縦断、トイレや階段がある廊下へと出る。

 その突き当り、カードキーと暗証番号で守られたドアの先にエレベータホールが設えられていた。

 一基だけだが、大荷物の積み降ろしでもするのか上下左右はたっぷり。

 昇降ボタンの隣に小さなセンサーがある。そこへルキが覗き込むように右目をかざした。すると電子音と共に扉がオープン。

 内部を見て少しビビった。

 三面ともホワイボードになっており、数式やグラフが乱雑に書かれている。

 なんか、狂気じみてるっすな。

 まさか、そんなに搭乗時間が長いのか。

「この落書きというかメモは気にしないで。 ジュディの癖だから。狭くて閉じた場所の方が頭が働くんですって。書斎代わりに使ってるみたい」

 エレベータの中で金髪白衣美女が計算してるわけか。時に上下しながら。計算式の書かれた位置からすると、背伸びしたり、四つん這いになったり、寝転がったり。

 第一印象を補強できて何より、やっぱ変人なのね。

 ほどなく、エレベータは最上階のさらに上に到着。

 さすがは高層ビルの屋上、青空はまぶしいし、空気が澄んでいる気すらする。

 しかし、インテリジェントビルのてっぺんにこんなペントハウスがあるとは。

 目の前には、ちょっとお洒落なコンクリート塀の洋風一戸建て。

 まともな勤め人が三十年ローンで購入しそうな家族向け住宅。

 エレベータから一直線に三メートル程伸びている細い石畳を進み、ルキはドアノブを手前に引く。

 玄関は内装の質感がリッチで広いけれど、モデルハウスにありがちなタイプ。

 大理石の床に金属製の傘立て、木製の靴入れがあり、上り口に玄関マットを敷いてある。

 ひい、ふう、みい……十足以上のスニーカーや革靴、サンダルが乱雑に散らかしてある。

 靴のサイズがバラバラなら三世代暮らしでお客が絶えないマイホームといったところだが、すべて同じ大きさの女性物のみ。

 予想通りなら、さらなる残念さが加わる。

「ジュディ、いる?」

 ルキは奥へ声を投げかける。

 ……特に返事無し。

「あがっちゃお。一緒にきて。えっと、隙間を見つけて靴を脱いでね」

 ずかずかと上がり込んだルキが、廊下の左手にある磨りガラスの引き戸をスライドさせると、高級住宅に不釣り合いな光景が開けた。

 だだっ広い空間は壁も天井もコンクリート打ちっぱなし。

 正面奥には、上下左右四台のモニターと様々な測定機器が並んだデスクが置かれている。

 右手の壁際には流し台の付いたスチール製テーブルがあり、近くの棚に実験器具や薬品瓶が並んでいる。

 左手の壁際にはレンチやハンドドリル、糸ノコ等の工具が吊るされ、その下にプラ板や木材が載った作業台が鎮座している。

 この電子と化学と工学の研究設備を詰め込んだ部屋の入口すぐ、つまり、俺の目の前には、三人掛けの茶色い革張りソファがあり、白衣の金髪美女が寝ている。

 タブレットPCに顔を突っ伏して。

「約束の時間よ」

 ルキは白衣の肩甲骨から首筋あたりを何度かぽんぽんと叩く。

 金髪がもぞもぞと動いた。

「ん?」

 ジュディはまぶたを閉じたまま顔をあげて、耳からピンク色のヘッドフォンを外す。高音が漏れ聞こえる。

「はぁん。もう、そんな時間?」

「ええ。ライブの仕掛け人がラボを初訪問する日なのに、もう」

「うん、ああ。そうかぁ」

 寝ぼけ眼のまま、細い指で艶やかなブロンドを、指を曲げてしっかりと掻く、ガシガシ。

 いい音、髪、ちゃんと洗ってる? 俺を見つつ、たぶん、フケ付きの手を伸ばして反対方向を指す

「あっち。冷蔵庫にコーラ入ってるから、持ってきて。ふぁああぁん」

 あっちむいてホイのように、手首を振って俺に指示。

 反論する気もしない。

 たらたらっと歩いて、銀色に輝く業務用冷蔵庫の扉を開けた。

 薬瓶とシャーレ、日付の書かれたタッパに並んで大量のドリンク缶が置かれている。

「メイジ君、私はブラックコーヒーをお願い」

 背中に投げられるルキの声。

 はいはい、かしこまりました。皆様の下僕でございます。


 ドリンクを持っていくと、ジュディはやっと上体を起こした。

 ソファに座り直しながら欠伸と伸びをすると、いきなり、コーラを一気飲み。

 ペットボトルの中が激しく泡立ち、一瞬にして白い喉に吸い込まれていく。

「うげぇっぷ」

 可憐な唇から下品な音を吐き出して、首を左右に振ってコキコキ鳴らす。

 ここまでの一連の動きがなければ色っぽく見えたろうな、金髪から見え隠れする白いうなじ 。

「いやあ、がっつり寝てたわぁ」

「見りゃわかるわよ。ヘビメタ聞きながらよく眠れるわね」

 確かにタブレットの画面には高速で指を動かすギタリストの姿が映し出されている。

「試してみたらいいわ、いい夢、見れるわよっ」

 最悪の体調と変な建物と残念美女。

 今日、ここに来る最大の動機だった美しさと爆乳の魅力を残念度が上回ったし、お腹痛いと言って寝てるべきだったな。

「二人ともそっち座って。まずは……ルキルキが楽しみにしてるデータからね」

 ふんふんと鼻歌まじりにタブレットをいじる。

「はい、どうぞ」

 差し出された液晶画面には、数値が記された十行程のリストが表示されている。

「へ、これ、凄くない?」

 ルキは弾んだ声を上げる。

「ランダムに抜き出した数値だけど、十分有意よ。バンド一個で平均二百サイオ程度、ジュール変換ロスを抑える式もできてるし、控えめに言って実用化直前ってとこね」

 服地を押し上げる胸を、さらに誇らしげに張る。

 得意満面も、これくらい整った顔立ちだと凄みがでるんだな。

「さてとっ、メイジ。今の話、わかんなかったでしょう? 約束通り、教えてあげないとね」

 水色の瞳が、俺の目をまっすぐに見つめてくる。

 言葉に失礼な響きを感じなくもないが、スルー。

「まずはこれの説明からよね」

 ジュディが白衣のポケットから出したのは、ピンクのシリコンバンド。昨日のライブで観客に配っていたものだ。

 蛍光色も鮮やかなバンドをテーブルに置き、タブレットの端からスタイラスペンを取り外した。

 すらすらと数式を書き始める。

 画面いっぱいに式を書き、その一つをぐるぐると囲む。

 そして、俺に示す。

「ご覧の通りよ。何かご質問は?」

 何か? と言われても、何もかもわからない。

 ねえ、それ、わざとでしょう。

 ルキは苦笑しつつ、割って入ってくれる。

「それじゃ無理よ。私にだってわからないわ。もっと素人にもわかる説明をしてもらえない?」

「はあ。そっからなのね。えっと。人は感情が動く時にあるエネルギーを放出するの。これまで存在自体を知られてなかったし、従来の科学だと計測もできなかったんだけど。これを収集して燃料に加工しようというのが、ウラノスのプロジェクトね。そして……」

 ジュディはピンクの物体を握り、天高く掲げる。

「これが完全なクリーンエネルギーを実現する最新科学の結晶。その名もサイオ・ギャザリング・ブレスレットォー!」

 必殺技めいた言葉を叫ぶ。

 それに合わせてルキは「おおっ」とわざとらしく棒読みの控えめの歓声をあげる。

 そして、頬を赤らめている。あのさ、姐さん、そういうのは吹っ切ってやらないと返って恥ずかしいんですよ。

「サイオは人の感情が生み出すエネルギーの単位。喜怒哀楽が閾値を越えると誰からでも検出できるものよ」

 ジュディはテンションを戻して、説得力のある顔つきで、突拍子もない話を静かに語り掛けてくる。

 はあ。そうですか。

 未来やら宇宙やら超科学やらの戯言はさんざん聞いてきたから、もういいです。

 真実かどうかすらノー興味。

「ただ、ネガティブな感情は灰汁というかノイズが大きいから除外してます。純度の高いエネルギーは、喜怒哀楽の喜と楽からしか採れないのっ」

 ごめん。この手の話は、鹿原のおっさんだけで十分なんだよ。

 帰って寝たい。  

「この技術を最大限にレバレッジさせるため、ウラノスではサイオ採集と活用ノウハウの開発、そして感情がポジティブに振れるイベントを組み合わせたプロジェクトを立ち上げたの。メイジ、なんか、ぼーっとしてるけど、ついてきてる?」

 ああ、ついてってないし、ついていく気ないです。

 でも、ま、ここは生返事が礼儀か。

「はい、うん、ええ」

「メイジとルキがイベントを仕掛ける。私はサイオの採集および変換効率を向上させる。このビジネスモデルは私達の連携次第でどうにでもスケールアップしていけるわっ」

 ネットワークビジネスか新興宗教の勧誘を受けている気分。

 まあ、もう教団の片棒をがっつり担いでいる立場だったりするけどさ。

 もう、そろそろいいだろ。殿下の宝刀を出そう。

「すいません。お腹痛いんで帰っていいですか?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る