第15話 初ライブ成功?

 開演直前の客席は非日常への期待で前のめりになっている。

 膨らみ切った思いは、最初の一音ではじけた。

 ポップアレンジ版「ツァラトゥストラはかく語りき」。いつものオープニングテーマにアミガファンは声をあげて次々に立ち始める。

 アイドルのライブではスタンディングは当たり前。だが、客席の半分を占めるプロレスファンにはあずかり知らぬ慣習だ。

 それでもノリだけは最高の客筋。

 すぐに全員が立ち上がり、手拍子を鳴らし始めた。

 ちょうどオールスタンディングとなったタイミングで、客席後方の扉から法被姿のレスラー達が神輿を担いで登場。

 その上でアミガ四人は嬉しそうに手を振っている。

 神輿は客席を練り歩いてから、舞台となるリングに上がる。

 すると、すぐにレスラー達は後方でシャドーファイティングを開始。

 ロープに飛んでジャンプしたり、派手な投げを打ったり、大暴れを始める。

 その前でアミガは歌とダンス。

 あっちもこっちも大騒ぎだ。

 間奏中はレスラーが前に出てリズムに乗って大技を決めたり、アミガがレスラー相手に攻撃を入れたり。

 ここでしか見られないパフォーマンスに、客席は一曲目から絶好調の盛り上がり。

 三曲、十五分余りを立て続けに披露したアミガとレスラーズは汗だくだ。

 アミガのモンモは肩で息をしながら、そのまま開会あいさつと自己紹介を始めた。

 どちらのファンも満足げに微笑んでいる。

 演者と観客の共同作業で、会場にはいい空気が充満している。

 ここまでは俺の狙い通り。

 汗と気合でファンの気持ちが最高に昂ったところへインチキ霊能者を出す。

 異分子は果たして客の注目を集められるか、空気を壊さずにトークできるか。

 実力、見せてもらおうぞ。


 いよいよ宴の主役をステージに迎える瞬間が訪れた。

 アミガきってのトーク上手、モンモは声を張り上げて「バロック鹿原さーん!」と呼び込む。

 一瞬の間を挟んで、多少トーンの落ちた歓声と拍手が起こり、舞台袖から 和服姿の丸っこいおじさんがニコニコ顔で登場した。

 見た感じはいつも通り、だが、口元に笑みはあっても目は笑っていない。

 あっ、いつも目は笑ってないか。

 今日の観客達は歌や試合が見たくてたまらないはず。

 この霊能タレントを、テレビで見たことはあっても、特に興味はないはず。

 霊能者は、自分にとって優しい世界でしか能力を発揮できないのが世の常。

 鹿原よ、アウェイの風をとくと味わうがよい。


 霊能デブは微笑みながらリング中央に進み出る。両手でマイクを捧げ持ち、興味津々に自分を見やる客席を右から左にねめ回す。

 一際、大きな笑顔を作ると口は三日月型に広がった。

 球形の赤ら顔も相まってハロウィンのカボチャみたい。

「こんにちは、バロック鹿原です」

 客席はしんと静まる。

 観客の反応は様々だ。多いのは誰この人というささやき、そして、あの人気霊能者が何を言うか興味津々といった顔つき、

「私はアンリミットガールズが大好きなんです。基本、ハコ推しなんですが、実はレンちゃんと誕生日が同じでして、私も七月二十一日生まれ。いつも、親戚の叔父さん気分で見守ってます。ほら、私が首に巻いたタオル、レンちゃんパープルでしょ。彼女いつもダンスでは必要以上に首を振るから、むち打ちにならないか心配です。好きな曲は先ほど歌ってくれた『太陽を見て』、お日様を肉眼で見てよろめく時の振付が狂おしくてたまりません」

 原色シャツを着たファン達が歓声を上げている。君ら、ちょろいわっ。

 確かにツボを突いたトークだし、あざといし、うまいけど、腹立つ。

「力山さん、相変わらずでかいですね。メジャーな団体にはないハードコアな試合、本当に素敵です。命がほとばしってる。感動と爽やかさのあるデスマッチは大好きです」

 軽くチョップをやったり、腕にぶらさがったり。力山と仲の良いところをアピールしやがる。

 おいおい、ダイプロファンもちょろ過ぎだろ。

 カバラコールが起きかけてるよ。

「私、最初この企画を伺った時、素晴らしいなと思ったんです。踊り子と格闘者、これは神社のお神楽とお相撲に通じます。日本古来からの神様とつながる儀式に欠かせない人達。美しい踊り手とたくましい強者が心身を躍動させて祈りを捧げる、さすれば神様が降りて来て、お言葉や祝福をもたらしてくれる。それが日本の神事です。今日、ここへ来られた皆さんにひとつお約束しましょう。必ず素晴らしい奇跡を目撃されます。では、最高の時を共に楽しみましょう」

 満場の拍手に送られて鹿原はリングから降りていく。

 リング下で待機していたアナウンサーはマイクを受け取り、そのまま試合カードを発表し始めた。

 

 やがて、試合が始まった。

 舞台袖でステージ兼リングを見守る俺は、もう抜け殻。

 敗北感だけが空っぽの脳と心に広がっている。

 レスラーが受け身を取る「ズバン」という音は、空洞となった心身に共鳴する。

「ずばあぁぁんんん……」

 あー、あーー、あーーー、負けちまった感、してやられた感、半端ない。あっちが上手だったってわけ?


 ステージは俺の感傷を置き去りにして進んでいった。

 試合後に再びアミガの歌。鹿原のトーク、そして、霊視ショー。

 今日はアミガのダリちゃんを霊視、意外な過去や隠れた願望を暴かれて、最後に未来への希望を見出されて、涙いっぱいの霊視タイム終了。

 観客も歓声で驚異の霊視を称えている。そんなのお決まりパターンじゃん。

 俺、グレちゃうぞ、もう。

「すいません。もう一人、霊視をしたいんですが。よろしいですか?」

 鹿原は最前列に座るルキに声をかける。白い指先がOKサインを作って掲げられた。

 うなずいた鹿原は、後方でダリへの霊視を見届けていた力山に向き直る。

「力山さんの付き人かと思うんですが、頭を剃り上げた若い方いらっしゃいますよね。彼をぜひ見たいんです」

「あいつですか。まだデビュー前のガキなんすけどね。ま、いいや。おい、沼田! こいっ」

 力山の大声が舞台に轟く。

 すぐに舞台袖からジャージ姿のスキンヘッド、例の暴力ハゲが小走りで現れた。

「ちっす!」

 力山の前に立ち止まって気を付け。一秒後に貼り倒されて吹っ飛ぶ。

「おまえ、お客様にケツを向けるな!」

「すいません!」

「沼田さん……ですよね。こちらへお座りください」

 鹿原は先ほどまでダリが座っていたパイプ椅子を指した。

 パイプ椅子と言えば、レスラーは振り上げて敵を殴るのがお決まりだろ。沼田よ、目の前のダルマ親父をやっちまえよ。ついでにセルフ椅子攻撃でぶっ倒れちまえ。

「さて、目を閉じて両手を出してください。握りますよ」

 鹿原は、ふーんふーんとうなずきながら、沼田の手を握り、揉む。

「あなた、若いけど苦労してるね。殴る人、奪う人、去っていく人の姿ばかりが見える。その運命は力山さんとの出会いで転換しました。あなたの人生は第二章に入っています。まあ、彼も殴るだろうけど、愛があるからね」

 鹿原は立ち上がり、スキンヘッドの両肩を抱く。

 濡れた唇が、前頭部の青々とした剃り跡に口づけをしそうに近づく。

「大丈夫。誰にもわかってもらえなかったんだね。あなたの後ろには、お爺さんかな、柔道着を来た恰幅の良い男性がついていましてね。やっと、力を真っ当に使うようになったかと涙ぐんでおられます。ああ、あなたも泣けてきたの? よしよし」

 鹿原は大型犬をなでるように、禿げた頭を強めにさする。

「ああ、さすがは先生だ。わっかるもんですねえ」

 力山が割って入ってきた。身振り手振りを交えて話し出す。

「もう、半年前になるんですけどね。こいつ、ケンカで何人かにぼこぼこにされていたんですよ。秋葉原の裏道で。うちらレスラー四人で飯を食った帰りでね、助けてやったんすよ。つっても、声をかけたら相手が勝手に逃げてっただけですが」

 相手、怖かったろうな。

 それにしても力山先輩、随分と嬉しそうに話すもんですね。もしかして、自慢の弟子。

「話を訊いたら、すさんだ生活しててね。母親は物心ついた時分には出ていってて。 中学卒業と同時に、薬と暴力三昧な親父さんから逃げるように家出。木賃宿住まいで住所もなく、日雇い仕事の時は上野、カツアゲをする時は秋葉原に通ってたそうです。年を聞いたら、十七歳っていうから。もう、うちに来いと。飯は存分に食えるからと。見てのとおり、タッパはあるし、弱いけどケンカ度胸もあるしね」

 おいおい、じゃあ、俺を襲った時は、あのハゲ、十五、六だったわけ?

 近頃の若いのはすぐキレるわ、ガタイでかいわ。たまんねえ。

 でも、力山先輩、喋りすぎっす。

 コールドリーディングの手間もなく、まるっきり信じて他人の個人情報をざくざく渡しちゃって。

 まあ、あいつの素性が世間に散ったからって、どうってこともないけれど。

「力山さん、ありがとう。もう、いいです。はい」

 情報を引き出したいはずの鹿原に、話を抑えられるとか、ちょい恥ずかしい。

「沼田さん、あなたはプロレスの世界で成功するだけでなく、みんなに希望を与える存在になります。私が言ってることはね……うん、デビューする頃にはっきりわかると思う。今は力山さんを信じてしっかり修行なさい。そして、またどこかのステージで会いましょう。あなたは何枚もの殻を破って特別な存在になる。そのために、これまでの辛い日々があったんです。何も無駄じゃなかった。力山さんと、私とアミガさんと、そして、この満員のお客さんがあなたを応援してますよ。みんな、味方ですよ」

 おっ、俺は味方じゃねえぞと、心の中でいきり立っても満員の客席はスタンディングオベーション、沼田だけでなく力山もアミガも泣きながら拍手をしている。

 俺、こういう空気、いっちばん嫌い。

 でも、今日はこれ完璧に俺の負けだよ。ほええ。


 打ちひしがれる俺に、当然、気遣うこともなく、イベントは終盤に差し掛かる。

 後はアミガがバラードを歌い上げて、鹿原が締めのトークをすればすべておしまいだ。

 もう、俺に挽回のチャンスはひとかけらも残っていない。

 アミガが朗々と気持ちよーくマイクを置いて、後ろへと引っ込んだ。

 ショーの大団円、客席の空気は最高潮。くぅ……。

「みなさん、実は今、このことを話せと私についている神様がおっしゃるんです。ちょっと場違いかもしれませんが、本日を締めくくるお話と思ってお聞きください」

 霊能デブは身振りを大きくし、声を張り上げる。

 赤ら顔はより赤く、白目まで血走り始めた。もう、言ってる内容も併せてやばい人全開かよ。

「これからの数年間に人類に大きな変革が訪れます。同時に大きな試練が降りかかってきます。試練を乗り越える鍵は、このライブイベントに来られた方に握られます。これから全国を回って、また東京でも、もっと大きな場所でイベントをやることになります。まだ、決まってませんけどね。私には見えています。その時、またお会いしましょう。もう一度言います。皆さんは世界の行く末を左右する人々です。近いうち、そのことがはっきりとわかります。それでは、今日はありがとうございました」

 大歓声と鳴りやまない拍手に鼓膜を揺さぶられながら、俺は気が遠くなりつつある。


 終演後、撤収が済んだロビーでは、大盛況に大喜びのルキからお褒めの言葉と共に、打ち上げへのお誘いを頂く。

 でも、おなかが痛いと小学生並みの言い訳で帰らせてもらった。

 こんな気分でステージにいた誰とも会いたくない。

 大成功しちゃってるから、余計につらいっす。帰って、心が溶けてなくなるまでビールを飲み続けたい。

 おやすみなさい。世界。

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