第14話 天才金髪爆乳博士

 ルキに企画提案をしてからほぼ一ケ月。

 勢いだけでまとめた企画書はそのまま形になっていった。

 俺のこだわった点は、アミガが気持ちよく踊り、レスラーが思う存分暴れられること。

 そのために不可欠なのが、いつもの熱狂的な空間、つまり熱烈な観客の存在だ。

 だから、それぞれのファ ンクラブに招待券をばらまいた。

 これなら、客層のスピリチュアル比率はぐっと下がり、アイドルおたく、プロレスおたくの祭典となる。

 ライブを彼らのための場にすれば、鹿原をとことんアウェイに追い込める。

 インチキな丸顔は焦りの脂汗でぬるぬるになるはず。


 晴天の日曜午後、"チーム城戸ルキ"の初イベント会場 は、東京上野にあるライブハウスになった。

 ライブハウスと言ってもチンケな小屋じゃない。

 キャパシティは五百人に迫るし、元々はグランドキャバレーだったため、インテリアは異様に豪華。

 さらに、突貫工事でステージを拡張してプロレスのリングを設置し、その上でアミガの歌や鹿原の霊視ショーを行う運びとなった。

 舞台設営は色々とイレギュラーな分、経費も嵩んでいるはず。

 だが、なぜか今日の料金は無料。スポンサーもついていない。

 ファンクラブ会員なら、多少高くてもちゃんと料金は払うだろうに。

 欲はたっぷりあるはずなんだがね、ウラノスって会社。


 俺の仕事は企画と構成台本まで。後は演出家に丸投げだ。

 よほど、トラブって構成を変える必要が生じない限り呼ばれることはない。

 つまり、本日の仕事は高みの見物のみ。

 舞台上ではリハーサルが終わったばかり。ジャージ姿のアミガがスタッフに「本番よろしくお願いします」と明るくおじぎをして楽屋へとはけていった。

 お忙しの鹿原先生は本番直前の入りだ。なので、彼が今日の構成や客層を知って青ざめた時には、もう後戻りはできなくなっている。

 その時は霊能親父こそ心臓バクバクだろうが、ライブも試合もしっかり盛り上がるからイベントに問題はない見込み。

 おいらもワルよのう。

 リハーサルチェックは問題なし。

 お役御免となったので、ぶらりロビー見学の旅へ。

 床にはレッドカーペット、壁は大理石。昭和のコンサートホール感ばりばりだ。


 入場口手前の観客受付テーブルでは、我らが総合プロデューサー、城戸ルキ様がスタッフに指示を出している。

「メイジくん、おはよう」

 昼を過ぎても挨拶はおはよう。

 今日のここはIT業界でなく、芸能界の一部なのね、

 まあ、スタッフの大半はそっち系か。

「おはようございます。なんすか、このグッズの山は? 物販は向こうでしょ」

 受付テーブルの下には、鹿原、アミガ、そしてダイナマイトプロレスのブルーレイディスクやグッズが積み上げてある。

「これはお客さんへのプレゼント。ライブ後に渡してあげるおみやげよ」

 ほう、とことん儲ける気がないんだな。

 神の預言や霊視のイベントじゃ荒稼ぎしてる癖に。

 ダンスと戦いは慈善事業って妙な倫理観なこと。

「無料のイベントなのに。こんなんで続くんですか。もう、心配で眠くなっちゃう」

「ノープロブレム。収支のことは私の領分でしょ。メイジ君は企画に集中してくれればいいの」

「ですよねー」

 そりゃ、会社がでかいから、この程度じゃどうにもならんだろうけど。

 不採算部門を切るとかありそうじゃない。世知辛い今日この頃。

「あら?」

 ルキの顔に軽い驚きと緊張感が走った。

 その視線を追って振り向くと、あらら、因縁の暴力ハゲ。

 そういや、こいつ、後楽園ホールにもいたな。

 でも、なんで……。

 ゆっくりとした足取りでルキを、いや、ルキと俺を睨みながら近づいてくる。

 まだ、恨んでるのかよ。大昔の出来事だろ。忘れろよ、もう。

 俺の手前二メートルで暴力ハゲは停止した。

 腕を組んで威圧感たっぷりに立っている。

 なんだよ、やんのか、こら。逃げるぞ。

 びびり気味の俺とは正反対に、ルキは目に一層の力が入っている。

 宿敵同士の出会いさながら、視線は派手な火花を散らす。

 俺は、その真ん中、左右からの熱いまなざしにヘロヘロだ。

 喪失する戦意すら欠片もない。

 ハゲは腕を上げてファイティングポーズをとる。

 ルキはジャケットの内ポケットに手を入れた。まさか、唐辛子スプレーか。

 スタッフ連中も固唾を呑んで見守るのみ、おい、誰か助けを呼んで来い。

 警備員でも演出スタッフでもいい、誰かいるだろ?

 いかん、こうなれば俺がルキを助けねば。

 よし、声を出そう。奴の注意をひくんだ。せーの!

「はぁ~」

 ……だめだ。息しか出ない。リトライ!

 息を吸って。

「おい」

 俺が叫ぶより先に、野太い声。

 え、ハゲの声?

 いや、違う。暴力ハゲの向こう、なんかハゲが増えてる!

  ハゲの後ろにハゲがいる!

 しかも、でかい……あ、力山?

 ヤツデサイズの手が戦闘態勢ハゲの後頭部をはたいた。

 張りのいいドラムみたいな音が響く。毛のない頭はいい音するわ。

「こらぁ」

 巨人が吠えた。推定二百ホンの大音量。

 力山は脱力するハゲの首根っこをつかみ、片腕一本で軽々と持ち上げた。

 そのままルキへ歩み寄る。

 安心したせいか力が抜けて猫背ぎみの彼女に、ぶらさげたバカ野郎を左右にふって示す。

「ボウズ、城戸さんに挨拶しろ」

 応答なし。たぶん、気を失ってる。

「起きろっ」

 おっ、ゆすって側頭部を叩いたら起きた。

 壊れた家電みたい。

「あいさつっ」

 ゆれる暴徒は小さく頭を下げた。

「声、出せやっ」

 背中をどつかれたら、気合を入れる高校球児みたく息を吸い込んだ。

「沼田っす! ちわっす!」

 巨人の怒鳴り声に負けない音量が放たれる。

 ようやく警備員がきた。美女と巨人と野獣(捕獲済み)に近づくが、身長も体の幅もごく普通人。

 こんなモンスター連中相手には屁のツッパリにもならんな。

 おっちゃん、遅れてきてよかったね。

「すんません。何でもないっす、若手に気合を入れてただけなんで」

 力山は警備員に半笑いで謝罪の言葉を述べながら、もう一発どついて気絶させた男をずるずると引きずりつつ、楽屋へ帰って行った。


 殺伐としたハゲ二人が去り、雰囲気は弛緩したが、誰も何もしゃべらない。

 大気中の呆気濃度が上昇している。

 そんな謎の気体を吹き飛ばす声が、入場口の先、エレベータホールから響いてきた。

 セクシーなハスキーボイス。

 予想外のサウンドに頭がついて行かない。

「ルキルキ!」

 背筋にぞくぞく来る発声源に目をやると、長い金髪をなびかせた八等身美女。

 神々しい。

 バケモノどもを見て荒れている目と心の保養には最適なお姿だ。

 それにしても、あまりに非現実的な見た目。

 さっきまでの巨漢どもが現実的かは置いといて。

 身長は真っ赤なヒールのおかげで百九十センチはある、顔の小ささがただならぬサイズの胸をさらに際立たせている。

 垂れ気味だが鋭い目元、小さめの鼻に少し上向きでぽってりした唇。

 エロ可愛くて威厳があって知的で、百点満点で五億点を獲得しそうな美女。

 ひとつだけ妙なのは、超級セレブ女優と見まがう容姿を包むのがてろんとした白衣で、しかも段ボール箱を抱えている点だ。

 ストライドがでかいので、あっという間にルキの前に到達する。

 テーブルに乱暴に段ボールを置いて「イヤー!」とハイタッチを交わす。

 アメリカン?

「ルキルキ、調子はどう?」

 肉感的な口元から流暢な日本語が紡がれる。

 あら、英語じゃないのね。つか、日本語ネイティブ?

「こんなとこ来るなんて珍しいね」

「ふふん、自信作だから。直接渡したくてっ。さあ、見てよ」

 金髪美女は段ボールを封印しているガムテープをはがす。

 引っ張ってビリっと剥がれたテープをこねこねと丸めながら、ドヤ顔でルキを見つめている。

「生産に回した後でブレイクスルーを見つけちゃったから作り直しさせたの。効率三百パーセントオーバーよ。さあさ、見て、触って、つまんで、はめて、引っ張って」

 ルキは段ボールに手を入れて、何かをつまみ上げた。

 以前のライブでも見かけたシリコンバンドだ。

 見た目でこれまでと違う部分は、どぎつい蛍光ピンクだってことのみ。

「本番まで、あと数時間よ。ギリギリの納品ご苦労様」

「あれ、それ嫌味? ギリギリだけど品質はご安心あれ。全部で予備も含めて七百本、ラボで一本残らず検品してますから、安心してお使いくださいませ」

「わかりました。ありがと。じゃ、確かにお受け取りします。あっ、メイジくん、ちょっと来て」

 いきなり、呼ばれて軽くビビる。

 美女二人の声が聞こえるギリギリな位置で会話に入るタイミングを見計らってたから、盗み聞きを見つかった気分。

「こちらジュディ・ホージョーさん。ウラノス商品開発部のドクター」

「ドクター? お医者さん?」

「はじめましてっ。確かに医師でもありますけどっ。博士の方のドクターよ。化学、工学、物理学、生物学、生理学、脳神経学の博士号を持ってるわ。正体はマッドサイエンティストだけどねー。あっ、ほら、ここ笑うとこよっ」

 ガハハと下品に大口を開けて爆笑。

 この人、超美女だけど中身はたぶんおっさんだわ。残念すぎ。

「あなたがメイジ・サクラバかぁ。ルキから聞いてるわっ。あっ、名前を英語風に言ったのはなんとなくね。あたし、人生の半分は日本生まれ日本育ちだもの。国籍はいくつかあるけども。ここも笑うとこよっ」

 またもやガハハ笑い。

 そして、いきなり真顔になって、俺の頭から爪先まで視線を上下一往復。

 ぼさついた髪から貧相なスニーカーまでをガン見。

 おいおい、つまらなそうな顔をするなよ。

 値踏みされた上に安く見積もられた感あり。童貞ハートが傷つくわ。

 ところで、シリコンベルトの開発ってなんだ。

 アイスキャンデーみたいに、材料を型に入れて冷やせば終わりでないの?

「あの。そのベルト、なんなんです? 博士号のデパートみたいな人が開発とか」

 ジュディは、何か言おうと口を開きつつ、動きを止めた。

 そのまま横目で何か問いたげにルキを見る。

 天才美女も唇を半開きにしたままの横顔からは知性をまったく感じられない。

 ちょい色っぽいけど。

 ルキは微笑んでうなずき、ジュディはバカっつらのまま、俺に顔を向け直した。

 時間を止めていた唇が動き始める。

「メイジっ。明日、ラボにきてくれるかしら。返事はいいわ。これ、約束という名の強制ですからっ。案内はルキルキにしてもらってね。ベルトの秘密、教えてあげなくもないしっ」

 秘密ってほどの何かがあるのか。こんな安っぽい玩具に。

 口調のせいで、少しイラッとするのは気にしない。 まあ、楽しみにしてます。

「ルキルキ、メイジ、あたしはラボに戻るわねっ」

「あれ、ライブ、見ていかないの」

「うん。まったく、全然、完全に、まるっと興味がありませんからっ」

 金色の髪と白衣の裾をなびかせて、高いヒールをものともせずに華麗なターンを決めて。

 右手を「じゃっ!」とばかりに上げて、大股&ガニ股で去っていく。

 男前と言えばいいのか。いや、返す返す残念な人だわ。

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