第13話 サムライジャングル

 いかん。眠れん。

 ライブ二連発が効いている。

 交感神経がビンビンにいきり立ち、時計の針がてっぺんを過ぎても目が冴えてたまらない。

 こんな夜、知的な皆様は読書や音楽鑑賞でもして睡魔を待つのだろうが、俺はゲームを立ち上げる。

 ビール片手に、お決まりの『KAIJU忍者』。

 オンラインゲームってのは、一度はまると飽きても覚めてもそのタイトルで遊び続けてしまう。

 他に魅力的な新作がリリースされても、それまでに費やした金と時間、築き上げたコミュニティを無駄にしたくないし、新たにチュートリアルから開始なんて面倒だからだ。

 みんな、バーチャルでも惰性に流されるのがお好き。だらだら人生に幸多かれ。

 さてさて、いつものサーバにいつもの手順でログイン、慣れ親しんだ手順で大地に降り立ち、武器と防具と消費アイテムを整える。もう手癖になっている一連の操作だ。

 ログイン中のフレンドを確認すると知ってる名前がちらほら。

 今日もリュウがいる。いつ働いてるのか、あの億万長者。

「元気かぁ?」

 呼びかけるや否や、目前に見目麗しい八等身のアジアン美女キャラが出現。

 だが、しかし、もちろん、アタマの上には「RYU」と表示されている。

「あちきになんの用だえ?」

 神前結婚式ヘアとでもいうか、ボリューミーに結った日本髪にカンザシやフォーク、バールのようなものが何本も刺さり、まるで全機能紹介中の十徳ナイフ。腕には長さ一メートルはあるキセルと扇を持ち、身にまとった着物は赤をベースに金銀で鳥や蝶が描かれている。足元は底の厚みが五十センチはある下駄かぞうりかわからない履き物。本人の身長は百五十センチそこそこだろうが、髪型と履き物のため全長二メートルはある。

「ゲイシャ?」

「オイランでありんすよ。ベンテンキセルで打撃に煙攻撃、ポックリシューズでポックリキックを喰らわすでありんす」

「楽に逝けそうでなによりだ。オンラインオイランさん。俺、今日は戦闘的な気分なんだ。どっか狩り場にいく?」

「のぞむところでありんす。サムライジャングルに行くでありんす」

「おっけ。ところで、その口調、痛いからやめてくれ」

「おう、わかった。いこうぜ」

 えらく簡単に引き下がるな。つまり、本人的にもキャラづくりが辛くなってたわけね。


 サムライジャングルは『KAIJU忍者』のサービスイン直後から人気の狩り場だ。

 屏風絵のごとき金色の世界に松、竹、桜の森が広がり、ほどよい強さの様々なサムライが出現、切り捨て御免の一言もなしに 襲い掛かってくる。

 我らの道を邪魔する敵は、リザードサムライ、デビルサムライ、サムライメイジ、サムライキャット……このゲームの開発者は侍をなんだと思ってるんだろう。

 対象レベルが低めのマップで始めたので大殺戮となった。

 大技を繰り出すと、派手なモーションとエフェクトで画面が豪勢に彩られる。

 数時間前に体感したダンスとバトルが脳裏に蘇る。

 アイドルもレスラーも客との真剣勝負に挑んでいた。

 照明に光る汗、全身を震わせる音、 観客の感情を操る一挙一動。

 あいつら、うまい酒やジュースを飲んだんだろうなあ。

 湿った部屋でカチャカチャと指先だけ動かしてゲームやってる誰かとは大違いだわ。

 あれ、なんで、ネガティブモードに入ってるんだ、俺。

「メイジ! ぼーっとするな!」

 萌えボイスに鼓膜をくすぐられて、我に還る。

「すまん」と口にした瞬間、まばゆい光を放って、目の前に強そうなサムライの一群が出現した。

「げっ、セブンサムライズ」

 野武士風の七人組、こいつらはエリア出現キャラのレベル上限を無視した存在だ。

 リュウは扇を全開にして上半身を隠す、精一杯の防御態勢をとりながら俺の横についた。

「強い方だが所詮ザコ。俺が先制するから一気に切り刻め」

 リュウはキセルを一服し、サムライズに毒煙を吹きかけた。

 野武士たちは七転八倒、倒れた敵をボコ殴ろうとした瞬間、やつらは同時に立ち上がった。

 そして、一番下に四体が四つん這いで並び、その上に二体、一体と軽々と大地を蹴り、仲間の背に手足をつく。

 見る見るうちに三段ピラミッドが完成。

「ひー、ふー」と数を唱和しながら、首を左右にふる。

「みー! どろん!」

 サムライズ の全員が同時に正面を向いておっさん声で叫ぶとピラミッドは光に包まれた。

 彼らの輪郭が溶けて、ひとつになる。

 巨大なサムライの姿が光に浮かび上がった。

「ばかもん!」

 エコーのかかった野太い声が響く。

 重低音に大地が揺れる。

 七人の野武士は、身の丈五メートルはある、ぼさぼさ髪の侍に変身していた。

 懐手で俺たちを見下ろしている。

「幻の最強浪人ミフネ! 初めてみたわー」

 リュウが嬉しげな声を上げた。

「でもな」

 オイランは全身をひねった。

「オイラン・トルネード! 」

 往年の日本人大リーガーよろしく、上半身をくねらすトルネード投法で扇を投げ上げた。

 旋風を起こしながら陽光を浴びてキラキラと光る扇。

 舞い上がる先には血管の浮かぶミフネの首筋があった。

 飛び出る血潮。倒れる巨大ナイスミドル。

 戦闘開始一秒。

 ミフネは簡単に戦闘不能になり、俺たちが勝利した。

「バグ技なんだよな。ミフネの弱点は首筋への斬撃。本来は足を殺し、腹を刺し、手をつかせて、やっとこさ背中に駆け上がって首を斬れるんだけど。オイラン・トルネードだけはいきなり攻撃できるのさ。それに、懐手で登場するから出現直後は無防備なんだよ」

 オイランは自慢げに扇をひらつかせながら、まくし立てる。

 うーむ、バグ技で大勝利か。

 結果オーライなんだが、気が削げちまったな。

「リュウ、落ち着けるとこ行かないか。だべろうぜ」

「はいなぁ、静かな場所へ向かうでありんす~」

「だから、やめろって」

「おう」



 おかしなサムライだらけの サムライジャングルにも安息の場所はある。

 マップ中央にある小さな団子屋「ハナコ茶屋」だ。

 ここまでの道中、狂った時代劇連中を蹴散らし続けた。背中の桜吹雪を鋲のように飛ばしてくるトオヤマ、馬の背中から殿様が生えているアバレンボウ、ネズミ軍団に人を襲わせるジロキチ等々、それほど強くないとはいえ、疲れた。

 それだけに緋毛氈のかかった縁台を見ると、肺活量全開でほっと一息だ。

 腰かけると、日本髪を結った美少女が店の奥から出てきた。

 看板娘のハナコちゃん、決まり文句を口にしてメニュー画面を出すだけの存在だが、それでも十分に癒される。

 妙な奴らを見過ぎたからな。

 名物のゴマ団子は、ゴマの形状をした団子を三つ串刺しにした回復アイテムだ。

 手持ちの薬草を食っても効果は同じなんだが、ここでしか食えないってものに弱い。

 ゴマ一つが三十センチはあるのでビジュアルインパクトはなかなか。

「リュウさ。バロック鹿原って知ってるか」

「聞き覚えあるな。ああ、あれだ。サイキックなおっさんだろ。顔も体も丸っこい」

「そっちの国にも悪名が轟いてんのか」

「英語字幕付きでな。彼女がよく見てるよ。俺も楽しみにしてる。職場じゃ英語ばっかだろ、日本語を忘れずに済むんで助かるんだ」

「相変わらずのリア充っぷり、ごちそうさん。爆発しろ」

「ぼっかん! これで満足か」

「いや、全然。でさ、あの番組を見てどう思った?」

「それなりに面白いよ。あれはほら、占いみたいなオカルト遊びだろ。信憑性ゼロだけど。彼女との話のネタにはなる」

 アジア全域に害をばらまいてやがるな。

「俺さ、次の仕事、鹿原のライブなんだよ。それも企画構成」

 オイランは黙ったまま、大げさに両手を広げて首をひき、口を開いた。

 驚愕を表すモーションだ。 「うわーお!」という声が聞こえてきそう。

「でもさあ、あのデブ。生理的に嫌いなんだよ。どうしたもんかね」

「あん? 仕事の相談か。うちの正規料金は高いぜ。ビジネスコンサルなら時間当たり一万ドルってとこだが」

「大幅に割り引いて薬草一個にしとけ。なんつーか、こういう時に男の器というか、オイランの女っぷりが試されるんだぜ。親友のめんどくさい気持ちをまるっと受け止める気概を見せてみろ!」

「勝手な御方でありんすな……」

 オイランのため息を合図に、ここ二日間ほどのできごとをぶちまけた。

 超高額コンサルは、無駄に動きの大きいモーションでリアクションを返しつつ、最後まで黙って聞いてくれた。

「心底から鹿原が嫌いなんだな。初対面でそこまでになれるなんざ、ひとつしか考えようがないわ。いわゆる……」

 核心に触れる発言をほのめかすように、ためを作り、右手の人差指をすっと俺に向けて伸ばしてきた。

「ひとめぼれだな、そりゃ」

 はああっ? 俺が? 鹿原に?

「この一年、ずっとお前から仕事の愚痴を聞いてきたろ。スピリチュアルまわりの連中にストレスマックスじゃんか。仕事のステージが変わって、さらにストレスどーんというタイミングで、心の隙間にあのニタニタ笑顔が入ってきたんだよ」

 聞くだけで、初めて宣材写真を見た時のおぞましさが蘇る。

「弱ったハートを鷲づかみされちまったんだな。ご愁傷さま」

 いくら、気の毒そうにお悔みの言葉を述べられても、何も解決しないんだが。

「なるほどな。ひとめぼれね。言い方は気にくわないけど、わからんでもない。でさ、リュウ。つまり、俺はどうすりゃいいんだ、仕事?」

「気持ちの根っこをがっつり持っていかれてるからな。ほどほどにさわるのも、まるっきりスルーってのも厳しいだろ。この際さ、開き直ったらどうだ」

「開き直る?」

「自分の気持ちに正直に。鹿原が困ることばっか仕掛けるんだよ。モチベも出てくるだろ。つまらん企画を出せばアウトなんだろ? だったら、面白くなる可能性に振るべき」

「でもなあ」

「プロデューサーも気を遣うなと言ってんだろ? ガンガン行けよ。ギャラリー的にもそっちの方が面白いから」

「目的はそっちかい。まあ、でも、ありがとよ」

「どういたしまして。で、ありんす」

「なあ、リュウ。この相談、リアルの仕事だったら、いくらとってた?」

「仕事だったら受けない。うじうじしてるケツに蹴りをかますだけじゃん、ポックリで。これはコンサルじゃない。金も責任もとれんもの」

「じゃ、恩には着ないな。まあ、サンキュ」



 リュウに別れをつげて、ログアウト。

 PCの電源を落として、万年床へ五体投地。

 超一流ビジネスマンに現状打破のヒントは頂けたけどもだ。

 ひとめぼれかよ、デブもおっさんも霊能者もストライクゾーンのはるか彼方だぞ。

 でも、確かに奴への嫌がらせなら、想像の翼は大空高く縦横無尽に広がりそう。

 個人攻撃は蜜の味。SNSの炎上騒ぎだって火元を仮定したら攻めまくるもんな。

 さて、どう料理してやろう。

 鹿原とアミガ、そしてプロレス。これらを混ぜ合わせて何が起こるか。

 鹿原にのみ、恥をかかせるにはどうすべきか。

 ライブハウス、後楽園ホールで観たパフォーマンスの熱量は、スピリチュアルなそれとは大違いだった。

 観客の熱狂ぶりは再現できるのか。そのためには何をすれば。

 おや、もしかして、俺。生まれて初めて、仕事そのものへのモチベーションで脳が働いてる?

 これまで、モチベーションで仕事をしたことがない。

 つまり、常にやる気がなかった。

 たまに気合が入っていたとしても、ルキに会うためとか、食うために仕方なくとか、仕事の外側にしか理由がなかった。

 だから、興味も好意もないオカルトがらみの広告企画をたんたんとこなしてこれた。

 うおお、なんか、楽しくなってきたぞ。

 室内の据えた空気を胸いっぱいに吸い込んで、手足を伸ばす。  

 薄っぺらなマットが、ここ数日、感情が激動している心身を頼りなく迎えてくれる。

 天井には無数の人面シミ、こいつらの表情は俺の気分次第。今夜は苦悶六割、羞恥二割、笑顔二割。寝床に就く時はもうちょい笑顔多めが理想かな。

 よし、鹿原をやっつけろがコンセプト!

 考えに一応の目途がついたからか、急にまぶたが重くなる。

 天井の顔たちもおやすみと微笑んでいやがる。

 うん、寝る。

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