第12話 レッスル!

 後楽園は、ヒーローショーが売りの遊園地をはじめ、場外馬券場、東京ドーム、サウナ、後楽園ホールを擁する巨大な遊戯施設だ。

 つまり、競馬、野球、風呂にプロレス会場と、なかなかにヤニ臭いというか酒臭いというか、俺好みの趣向が揃えてある。

 都心のプレイスポットなのに、おしゃれをして行こうとは思えない雰囲気が漂う。

 今は午後八時、さすがに人影はまばらな中を早足で進む。

「あと二試合ってとこかな。急ぎましょ」

 ルキの声が弾んでいる。

 テンション高めなのは、試合が見られるからか。

 そそくさとプロレスのポスターが貼られた青いビルに入った。

 エレベータホールには、異常に太った人相の悪い色黒パンチパーマのおじさんがいた。

 三人でエレベータに乗り込み、五階の後楽園ホールへ。

 この人、ヤクザかな。背は百六十センチあるかないかだけど、漂うオーラというか迫力が一般人と違うし……。

 気まずさも束の間、 五階に着くとおじさんは一気にダッシュ。

 その場にいた数人の若手が口々に「来た来た」「アップなしでお願いします」「さあ、こっちへ」とリスペクト混じりの呆れ声で迎える。おじさんは「おう、まかしとき」と笑顔で答えて場内へ駆け入っていった。


 パンチパーマおじさんの後を目で追っている俺へ、上品なグレーのスーツを着た下品な顔立ちの男性が語りかけてきた。

 顔に似合わない丁寧な口調だ。

「城戸さんじゃないですか。おつかれさまです」

「おつかれさまです。あの、まだ観戦、大丈夫ですか」

「さっきセミファイナルが始まったとこです。ええと、関係者席に空きありますから。どうぞ、こちらへ」

 移動の道すがら、自己紹介を交わす。

 ほほう、営業部長さんですか、そりゃ上品で下品でソフトなのも納得。

 リングから五メートルも離れていない席へ案内された。

 パイプ椅子に腰かけて場内を見回す、館内の入りは八割といったところ。

 リング上ではセミファイナルのタッグマッチの最中だ。

 先ほど、エレベータにいた不機嫌おじさんが上半身裸でジャンピングヘッドバットを披露している。

 四人のレスラーのうち、もっとも小柄だが、飛ぶわ、蹴るわ、回転するわで異様に動きがいい。

「グラン田畑。メキシコ帰りのスーパースターよ。六十歳近いけど、動きは二十代の頃と変わらないの。よしっ、飛べー」

 席について、たったの二分で、見たこともないテンションの彼女に出会えた。

 訊きもしないのに、早口で嬉しそうにレスラーの技やプロフィールを教えてくれる。

  声を張り上げて、腕を振り上げて、色々マックスな感じ。ああ、大好きなんですね。

 場外の敵めがけて飛んでいくジェットマグロや、ダウンした相手にコーナーポスト最上段から飛び降りるマグロ爆弾など、初耳な技名ばかり。

 うーむ、しかし、なんで、メキシコ帰りでマグロなのかしら。

 ベテランレスラーの奮闘で客席が一体となったところで、いよいよメインイベントだ。

 不穏な音楽が流れる中、リングサイドのレスラー達がロープに蛍光灯を吊るし始める。

 一面で三十本はあるだろう。何をやってるのか。

 さらに、高さ二メートルはある脚立がリング中央に置かれた。

「蛍光灯ラダーマッチ。ダイプロレスの名物よ。リングにある凶器以外も自由に持ち込んでいいし、どんな反則もOKなの」

 すいません、おっしゃる意味がよくわかりません。OKなら反則じゃないんじゃね。


 すべての設営が終わったのだろう。営業部長はリングアナとなって、選手の召喚を始めた。一人何役もこなすんだね。

 入場曲と共に力山は有刺鉄線を巻き付けたバットを担いで現れた。

 続いて対戦相手の金髪外人はアルミバケツを下げての登場だ。

 金髪はコールを受けるとバケツの中身をリング上にばらまく。

 白いマットに大量の煌めきが散る。画鋲だ。

 照明を反射する美しい凶器の海を指してがなり立てる外人に向かい、力山は微笑みながら、画鋲の海に背中から倒れこんだ。

 こんなもの効かないというアピールだろう、立ち上がると背中には金色の水玉模様が描かれ、赤い血筋が無数に流れている。

 うわー、背中がうずうずする。 観てる方が痛い痛い痛い!

 ゴングが鳴ると画鋲上への投げ合い、蛍光灯での殴り合い、脚立最上段からの落とし合いと、両者とも血を噴き出しながらの熱闘。

 蛍光灯を一齧りして相手に吹きかけるとか、倒れた相手に脚立を乗せて背中から飛び降りるとか、攻めてる側がダメージのでかそうな攻撃も繰り出している。

 二人が互いの首根っこをつかみつつ、場外へと降りてきた。

 ルキはきゃーきゃー喜ぶばかり。

 揉み合いの末、力山は鉄柱に額から激突させられダウン。

 金髪は勝ち誇るようにリングサイドを徘徊し始めた。

 挙動不審な足取りなれど、女性や子供がいる方へ寄っていきがち。リアクションを楽しんでいるようだ。

 その姿を目で追っていたら、とんでもない男と視線が合ってしまった。

 スキンヘッドに鋭い目つき、忘れるわけもない、あの日、秋葉原で俺を恐喝してきた化け物。

 ダイプロのロゴ入りTシャツに身を包み、リング際に仁王立ちで俺をにらんでいる。今にも襲い掛かってきそう。

「◇▼〇◎×◆!」

 金髪は怒鳴りながら、恐喝ハゲを突き飛ばした。

 倒れたところをパイプ椅子で叩きまくる。

 憎きあいつも、外人レスラーと比べれば貧弱な子供のよう。

 無抵抗で攻められ続け、自らの額から流れる血の海に沈んで動かなくなった。

 他のレスラー達が背負って舞台裏へと連れていく。えっと、あの野郎、こんなとこで何やってんだ。

 通りすがりの獲物を仕留めて吠える血染め外人の金髪を巨大な手がつかんだ。

 息を吹き返した力山だ。

 十本の蛍光灯をガムテープで束ねた武器をリング下から取り出し、敵の脳天に振り下ろす。

 なんで、そんなものがリング下に用意してあるのか。

 そして、相手をリングに放り込んだ。金髪はグロッキー状態、力山はそんなこと構わず、大きく上下する胸や腹に蛍光灯を置き、バットで次々に割っていく。

 リング上には血だまり。最後に脚立最上段から体を浴びせた。

 血と破片が飛び散るなか、レフリーは分厚い手袋でスリーカウントを叩く。

 試合後、力山は倒れる金髪外人を助け起こし、固く手を握り、ハグで健闘をたたえた。

 そして、流れる血と汗もそのままにマイクを持ち、観客に来場への感謝を述べて締めくくった。

 凄惨な試合だったのに、爽やかな感動すらある幕切れだ。

 プロ魂に心が震える。

 手早く撤収されるリングを眺めながら、昨日、今日という激動の二日間に考えをめぐらす。

 恐喝野郎のことも含めて、様々な感情が脳内を飛び交う。なんか、もうクラクラしてきた。


「メイジ君、立って。ほら、こっち」

 まだ、昂ぶりが醒めないルキは、俺の気持ちなどどうでもいいのだろう。

 促されるまま、俺は頭を振り振り、強引に立たされた。

 袖を引いて連れて来られたのは、試合場に併設されたグッズ売り場。

 そこに人垣が何重にも取り囲むテーブルがあった。

 覗き込むと、力山がグッズを売っている。

 全身に画鋲が刺さったまま。額の傷は開いたまま。ニコニコしながら買い物をしたファンにサインをし、握手をし、一緒に写真でハイ、チーズ。

「おお! ルキさん、メイジさん。よく来てくれました」

 俺達を見つけると手を挙げて満面の笑顔、血まみれだけど。

 なんか、申し訳ない。無理してません?

「すいませんね。今、ちょっと立て込んでまして。また、明日にでも連絡くださいよ」

 少なくとも見た目的には大怪我をしている相手に、にこやかに謝られた。こんなの初めてだ。

 挨拶をすませた巨人はファンに向き直り、Tシャツにサインをして「おまけだよ」と額の血をこすりつける作業に戻った。


 ここでも観客は皆、リストバンドをしている。アミガのファンが付けていたのと同じものだ。

 そして、会場出口にはリストバンド返却テーブルがあり、チケットやグッズの割引券と引き換えている。

 えっ、三千円割引? 安い席やTシャツは無料になっちゃうじゃん。

 気前の良さに呆気に取られていると、引き続きテンション高めな女神の声が響いた。

「メイジ君、ご飯食べてく? 好きなモノ言って。経費で落とすから」

「あっ、うん、はい」



 本当にありがたい申し出だったが、俺は外食メニューに関するボキャブラリがガリガリに貧弱なので、ファミレス以外の選択肢が浮かばなかった。

 メニューを最初から最後まで四回見直して、たとえ実物が八掛けの味でも満足できそうなほど写真が豪華な逸品、ハンバーグとエビフライのセットを注文。

 ドリンクバーのコーヒーを啜って、やっと一息。

 対面では昨日今日と連れ回してくれたルキが紅茶を飲んで、これまた、ほっと息をついている。

「メイジ君、どうだった」

 また、ざっくりとした質問だな。

「どうって。アミガのこと、それともプロレス?」

「両方。率直な感想を教えて」

 そう言われてもなあ、何も考えずに見てたもんなあ。

 輝く瞳が、真正面から興味津々といったていで俺の目を見つめてくる。

 俺を見つめる者は俺に見つめ返されるのだと無意味な言葉を思い浮かべる。

 たぶん、ただの感想じゃなくて仕事仲間への評価を訊かれてるんだろ、これ。

「両方とも、なんていうかな……そう、本物っていうかな……だけど」

 昨日の鹿原が偽物とすれば、少女も怪物連中もまぎれもなく本物だ。

 真剣にまっすぐに頑張ってる……だけど、だけどなあ。

「ライブの連チャンだったから、まだ興奮さめやらぬって感じなんで。こういう時は冷静な判断ができないもんでしょ。答えは保留にします」

 少なくとも、クールダウンしてから考えたい。

 この一年、自己啓発やスピリチュアルな世界を覗き見てきて、「高ぶってる時は用心しろ。自分が一番信用できない」って門前の小僧として学んでるもの。

「へえ。なんか意外。もっと感情的にパパッてくると思ってた」

 まるで犬が人語を話したかのような顔。

 そんなに意外か、確かに喜怒哀楽をむき出しにしてること多いけどさ。

 でもね、これでも酒と性欲が絡まない時は割と賢者なんだぜ。

「じゃあ、新しい仕事の企画もクールに決めてもらえるかな」

 ルキは悪戯っぽく微笑みながら、新たな仕事へと話をつなげていく。

 いつも心にビジネスを、あなたは恋より仕事をとるのね。

「アイドルとプロレスとスピリチュアルを合わせた、お客さんが思い切り心を揺り動かされるライブイベント。週明けには一度めの企画会議をしましょう。まずは、予算とかの枠は考えず、アイデア出しをじゃんじゃんしてちょうだい。楽しみにしてるわ」

 おっと、そこでウインクっすか。しびれる、素敵、お姉さま……と言いたいけど、なんか、からかわれてる気もちょびっとしなくもない。

「来た来た、さあ、食べましょう」

 いただきますの言葉もそこそこに、ルキはジェノベーゼパスタをフォークに巻いてちゅるんと一口めをお召し上がり。

 オリーブオイルのせいかプルプル感の増した唇を見つつ、俺は大ぶりのエビにかぶりついた。

 面倒なことは、あとで考えよう。

 いつも、そうしてきたし、それでまあ何とかなってきたし。

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