第9話 アイドル霊視

 わかってたよ。わかっておりましたっ。

 二人きりで二次会なんて夢を見過ぎでした。

 自らの童貞力を自覚するのは本日二回目、ふたたび恥ずかしさに襲われる。

 可憐な唇から紡がれたのは夢も希望もないお言葉だった。

「鹿原さんの知ってるお店で二次会だって。メイジくんも来るよね。アミガもレスラーさん達も一緒だから」

 ルキとは同じ空間で過ごしたい、でも、それ以外の皆様は積極的に勘弁したい。

 さて、どちらをとるか。

 うちに帰ってぶっ倒れるか、騒々しい奴らを我慢して彼女と過ごすか。悩みは深い。

 まぶたを閉じて考え込むこと数十秒。

 いきなり、不思議な浮遊感が俺を襲った。

 地に足がつかない。

 まさか、空中浮揚?

 俺、考えすぎて悟りを開いたか。

 まぶたを開けると景色が違う。

 空を飛んでるのやら、身長が一気に伸びたのやら。

「さあ、いきましょう」

 しゃがれ声が股間から聞こえる。俺の股にそんな機能はないはずだ。

 見下ろすと巨大な頭が見えた。

 パワフル力山だ。

 混乱した脳が、肩車されていると理解するまで三十秒はかかった。

「行きますよ。頭をしっかりつかんでください。すべるけどね。ぐぇへへへへ」

 力山の身長はおよそ二メートル、俺の座高を合わせれば視線は三メートルだ。

 この高さから落ちれば骨折か脳震盪は免れない。

 俺は柔道もレスリングも未経験なんで受け身なんざ知らん。

 父親に遊んでもらう五歳児さながら、油分の多い頭皮に手を置いてなすすべなく運ばれる。

 うわあ、なんか、べたつく。

 もう、いいわ、好きにして。諦め気分で脱力した。

 このビルが建ってから、俺ほど天井の高さに感謝した奴はいないだろう。

 頭を低くしたのはエレベーターのみだった。

 そのままビルを出て街中を高い高い状態で移動する。


 帰宅時間帯のオフィス街、目の前には人気絶頂の霊能者タレントに引率されて、目が痛いほどカラフルな舞台衣装のアイドルと大男の群れがぞろぞろと集団移動していく。

 そのしんがりで、俺は頭ひとつどころか上半身一つ高くから世間を見渡す。

 すれ違う人の視線は痛くない、皆さま見て見ぬふりだもの。

 外国人観光客だけが凝視して写真を撮ってやがります。

 どうだい、日本の想い出は、アーユーエンジョイ?


 そのまま、十五分ほどの珍妙な大名行列の末、大きな料亭らしき店に辿り着いた。

 玄関で力山がそっと身を屈めてくれる。

 巨大ロボから降りる気分で地に足を着く。

 うーむ、足元がふわふわする。平衡感覚がおかしいわい。

 そして、大小男女取り交ぜた一行は、店員の案内で一直線に長い廊下を進んでいく。

 都心にこんな奥行きの店があるのか、どこまで続くのかと不安になった頃、長方形の大広間に着いた。

 左右の壁沿いにずらっと座布団が並ぶ。

 それにしても広い。

 敷かれた畳で遠近法の講義ができそうだ。

 総勢二十人ほどの凸凹集団は思い思いの席に座ると、誰も何も言わないうちからビールや料理がどんどん運び込まれてきた。やたらと店の手際がいい。

 飲食店といえば、牛丼屋、立ち食いソバ、チェーンの居酒屋しか行かないので、テレビでしか見たことのない場所は珍しくて仕方ない。

 キョロキョロしてると、耳に鹿原の第一声が飛び込んできた。

「みなさん、お疲れ様です」

 丸まっちい指がマイクをくるんと一回転させた。

「このたび、私もウラノスグループの一員になりました。今日は皆さんとの決起集会です。パーティで歌った方、戦った方はお腹ペコペコでしょ? 料理長にしっかりお願いして、たっぷりのごちそうを用意してもらいました。飲んで食べていっぱいお話をしましょう」

 そして、全員にグラスを持たせて乾杯の音頭をとる。

 場慣れ方が半端じゃない。俗な集まりに出まくってるんだろう。

 アイドルもレスラーも空腹を堪えてたのか、育ちが悪いのか、おそらく両方だろうが、凄い勢いで料理をがっつき始める。

 あー、しくじった!

 ビュッフェを堪能し過ぎちまった。

 もう、入らないよ。ビールちびちびが精いっぱい。


 恨みがましく食事風景を眺める。

 俺の向かい側に座るルキも同じなのか、箸を置いてビールを口にしている。

 彼女、そんなにビュッフェを往復してたっけ。

 ルキのグラスが半分ほど空いたところで、俺は腰を浮かせた。

 向こう岸まで酌に行きたかったから。

 しかし、一畳はある巨大な背中に視界を遮られた。

 力山が膝立ちでお酌に回っているのだ。

 この巨人、正座でぺこぺこ頭を下げて、敬語を使いこなして挨拶をする。

 さすがは体育会系だ。そして、さすがは格闘家。後ろからの気配を察するのも得意なよう。俺に気づいて、にじり寄ってきた。

 巨人の膝立ち歩きって不気味。珍しいペンギンみたい。

「メイジさんも一杯どうぞ」

 こいつが持つと、ビール瓶も栄養ドリンクサイズに見える。

 そして、驚くほどお酌上手。

 瓶を傾けて泡の量をコントロール、図体に似合わず細やかな瓶さばきだ。

「うちらの興行で構成をやってくださるんですよね。よろしくお願いします」

 へ? プロレスの構成。そうなの?

 ルキの顔を見ると、右手の親指を立ててグッジョブポーズ、意味わかんねえ。

 やるのか、できんのか、俺。あああああ、まあいい。そんときゃそんときだ。

 今は胃に血液が集まってる。

 つまり、難しいこと考えんのなし。脳、働かんもの。


 力山は別の人に酌をするため、畳がすり減りそうな勢いでにじり去っていった。

 しばらく、宴会の騒々しさに身を委ねていると、広間中央が目にも耳にもにぎやかになってきた。

 カラフル衣装のアミガ達が鹿原の腕を引いたり、背中を押したり、次々に座布団を敷いたり、畳ですべってこけたり、非常に段取り悪く動いている。

 無駄な動きのお披露目を終えると、霊能者とピンク衣装のツインテール少女が向かい合って座った。

 その中央にグリーン衣装を着た少女が仁王立ち、両手を拡声器がわりに口に当てて吠える。

「がおー!」

 文字通り、吠えた。

 三度ほど繰り返すと、場は何事かと静まる。

 広間にいる全員が中央で向かい合う大小二人に注目する。

「みなさーん、ちゅーもーく!」

 グリーン少女はダメ押しで叫ぶが、可愛いがおー三連発で十分だった。

 広間のどの目も期待感に光り輝いている。

 皆の視線を受け止めて、鹿原はゆっくりと話し始める。

「この中で、私の番組をご覧になった方はいらっしゃいますか?」

 どんぐり眼が皆の顔を見回して訊ねた。

 そこらじゅうから「見ましたー」「いつも見てますー」「もちろん」と声が上がる。

 なんだか、どれも嬉しそうな声音だ。

 霊能者というより、人気芸人への声援のよう。

「これからアミガのモンモちゃんを霊視いたします。実はテレビではどんなに見えても聴こえても言えないことがあります。放送されてる内容は結構カットされてるんですよ。今日は身内だけですから、ノーセンサード、つまりNGなしでお話ししましょう」

 ノーセンサードね。その言葉、俺には無修正のエロ動画としか結びつかないや。

 ほら、こうして目を閉じれば脳内に想い出の無修正動画が浮かば……なかった。

 食いぶちにはしてたが、思い入れとかなかったし、当然か。

「じゃ、モンモちゃん、気持ちを楽にして、軽く目を閉じてください」

 さっそく、霊視が始まったらしい。

 二人とも正座をして、かたや目を閉じて神妙な面持ち、かたや目を半分閉じて合掌。

 俺はビールをぐびり、俺以外の人々は明るい緊張感を放ちながら二人を凝視している。

 バラエティ番組の収録ってこんな感じなのかねえ。

 鹿原は息をひとつ吹き、音を立てそうな勢いで目を見開いた。

「なるほどねぇ。すべて、わかりましたよぉ。もう、こっち見ていいですよ。モンモちゃん、あなた」

 目を開く少女の頭を、鹿原は時間をかけて撫でた。

 ツインテールが揺れる。

「いい子だねえ」

 ニヤニヤしながら爺さんが孫を愛でるような声音。

 脂ぎったおっさんが何してんだよ。

 変態を見てる気分。おぞましくて身震いする。

「小学校の学芸会で集団ダンスをやりましたよね。一所懸命練習したダンス。でも、あなただけ本番で、アドリブでオリジナルの振付を踊ったでしょう? 先生に怒られちゃったんじゃないかな」

 笑顔をキープしながら少女に語り掛ける。

 モンモはびっくりした顔で首を縦に振っている。

 この光景、路上で見かけたら「お巡りさん、この人です」と叫ぶだろう。

「皆を喜ばせたかっただけなんだよね。あー、そうか。うんうん、母方のお祖母さんが舞妓さんだったんだ。あなたをいつも見守ってくれてますよ」

 ぬめぬめと光る中年のどんぐりまなこ、涙がこぼれそうな少女のつぶらな瞳。

 二人の違った輝きを見せる目を見比べつつ、俺はさらにビールをあおる。

 鹿原は休まずにしゃべり続けている。

 少女に言葉を挟ませない気らしい。

「あなたの使命はみんなを笑顔にすることです」

「アミガは選ばれた存在。ポジティブな波動が発信されています」

「暗い気持ちや怯えた想いを吹き飛ばすパフォーマンスを続けていきましょう」

「誰かをハッピーにしようと思うこと。どうすれば喜ぶかな、楽しんでもらえるかな、そう考える時、あなたもハッピーになるはず」

 この場の誰もが固唾を飲んで見守り、声に耳を傾けている。

 どうやら、胸糞悪くなってるのは俺だけらしい。

 あんたら、純情だねえ。


「モンモちゃん、あなたに伝えたいことはこれですべてです。うん、後ろで見守ってるお祖母さんも、もう何も心配はないって言ってますよ」

 鹿原はすっと立ち上がり、もはや涙でメイクがぐじゅぐじゅの少女へ手を差し伸べた。

 彼女を引き上げるように立たせて、抱きしめるように両手を伸ばし、小さな背中をポンポンと叩く。

 ああ、もう一度、心の中で「おまわりさん、この人です」と叫ぶ。

 くそぉ、酒が進むドヤ顔だ。

 ヘッドバンギングさながらに連続でビールをあおっちまう。

「さぁて、では、もう一人、見て差し上げましょうかね。えーと」

 丸顔はまたしても広間を見渡す。

 ど・れ・に・し・よ・う・か・なっと口ずさむように唇が動き、首が小さく上下。

 こんな民芸品、きっと世界のどっかにありそう。

 インチキ悪魔の首ふり人形とか言ってね。南米だね、メキシコあたりの土産品かな。

「いかがですか?」

 ああん? お、俺!

 おおっ。いい度胸だ。

 よくぞ、俺様を指名しやがった。

 我ながら、酔いが理性のリミッターをゆるめているとわかる。

 この一年、インチキ霊能者の皆々様に抱いてきたストレスに火がついたのだろう。

 拳をぐっと握って、足を大きく踏み出し、肩を交互にぐいぐいと前へ出して、広間中央へ進む。目はきっと血走ってるだろう。

 気分は戦闘。自然と歯を食いしばる。

 鹿原と俺の鼻がくっつくまで十センチに近寄った。

「ふふふっ、近いですね~」

 まだ、ニヤニヤしてやがる。

 ほとんどない首を絞めてやろうと思い、俺は手をあげようとした……あれ。両腕が動かない。

 目前には腹の立つ笑顔。だが、腕も肩も石になったよう、びくともしない。

 これは金縛り、いや、催眠術かっ。おのれ、そんな技まで使うのか?

「何を熱くなってるんですか。はい、どうどう」

 真上から声がした。

 あー、力山だ。

 なんで、俺の両肩をつかんでるの。

 抱きしめたいのか、惚れたのか。

「せっかく、鹿原さんが見てくれるって言うんだから、お静かに」

 いでで。なんちゅう握力だ。

「しっかり押さえていてくださいね。ああ、なるほど」

 こら、鹿原! その丸くて脂っこい面を近づけるな。

 じろじろ見るな。インチキがうつる。毒を吐きかけるぞ、こら。

「あなたは、まだ、私が見るタイミングじゃないようです。でも、凄く大切な使命を背負ってらっしゃいます……うん。いつか、その時が来たら見て差し上げましょう」

 えっらそうに。

 逃げるのか、こら。

 あ。いかん、酔いが。

 立ってられん。

 力山ぁ、頼む。

「しょうがない人だなあ」

 力山のごちる声が遠くに聞こえる……意識が遠くなって……ふぁ、おやすみ。

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