6考目 踊る宗教 3

「えーっと、君のお兄さんがダンスダンス教に入った?」


守は1つ1つを確かめるように声を絞り出す。髪の毛をクルクルとする仕草が、思考の混乱を表すようである。


「はい。」


「それで、出世した?」


「そうなんです。」


「お勤め先で?」


「はい。」


「それのどこが困ったことなの?良いことのように聞こえるけど?」


飛鳥が首をかしげながら涼香を見つめる。


「実は、兄はとある商社に勤めています。そこで最近かなり業績を上げて、会社の役職に就けることになったみたいなんです。」


「ただし、おかしなことを言い始めるようにもなった。たとえば、そうだな。全ては教祖様のお陰だとかね。」


涼香が驚いた表情で守を見る。


守は髪をクルクルと遊ばせながら話を続ける。


「しかもそうだな。かなり羽振りも良くなった。君にもかなり高額なお小遣いや、物品をプレゼントしてくれるようにもなった。以前は全くそんなタイプではなかったのにも関わらずだ。」


「はい、全くその通りなんです。」


「どうして、そんな事が分かるの?」


飛鳥が覗き込むように守を見る。


「ダンスダンス教にいる人達を信者と言っていいのかは、甚だ疑問だが、僕にはどうしても引っかかっていることがある。まずは、信者からはお金を取らないこと。そうして、教祖が悩み相談をしてくれるという部分だ。一体何の目的で。誰が得しているのか。これが全く見えてこない。だが、確実にダンスダンス教から得をしている人間がいるのは間違いない。後は涼香さんの持ち物だ。」


「持ち物?どういうこと?」


「カバン、靴、そして服に至るまで全てブランド品だ。ご両親が相当なお金持ちである可能性も考えたが、そんな子はそもそもこんな大学には来ない。そして、今回の相談を加味するとこんな感じの結論になった。」


そこまで守が話をすると、飛鳥と涼香からは声にならない感心の吐息が漏れた。


「だが、申し訳ない。現在の僕では全てを判断するにはあまりにも情報が少なすぎた。少しだけ猶予をもらってもいいかな?」


「はい、もちろんです。ここ最近の兄の様子は本当に人が変わったようで。以前はとても温厚で優しい人だったのですが、最近は本当になんと言うか。何だか別人のようで、何か悪いことをしてるんじゃないかって。。。正直家族の全員が不安なんです。」


「そうよね、でも大丈夫よ。この人が何とかしてくれるわ。」


そう言うと飛鳥は守の顔色を伺った。


「いつも傍観者は楽しそうだな。涼香さん、そうだな、3日後またここに来てもらえるかな。それまでに僕なりの答えを出してみるよ。


「分かりました。すみませんが、宜しくお願いします。」











3日後、再び同じメンバーが部室内に集まっていた。


「涼香さん、結論から言おう。君のお兄さんは知ってか知らずか犯罪に巻き込まれている可能性が非常に高い。」


「え?」


涼香の目線が守に固まる。


「まずはこれを見てくれ。」


そう言うと守は、先日飛鳥が持ち出した雑誌と同じものを机に広げた。


そうしてダンスダンス教の特集記事で、実際にダンスを踊っている信者達の写真を指差す。


「この前列で踊っている男。この男どこかで見たことあると思ってたんだ。」


「普通のおじさんって感じね。」


飛鳥が気の抜けた声で反応する。


「実はこの男、つい最近大手製薬会社の役員になった人間だ。」


「へー、すごい人なのね。」


守は次のページを開き、別の写真を2人に見せた。


そして、30代前半と見られる女性を指差す。


「次はこの女性。この人はとあるベンチャー系のIT企業の取締役だ。」


「あら、こちらもすごい人ね。でもよく知ってたわね。」


机に身を乗り出していた飛鳥が、見上げるように守に尋ねる。


「ああ、どちらの会社も最近業績を伸ばしていて、メディアへの露出が増えている。特に写真の2人は頻度が高い2人だ。でも、それだけじゃない。」


そういうと守は4冊の雑誌と自身のスマホを飛鳥と涼香の前に並べる。


「ゲーム会社役員、商社役員、証券会社執行部、旅行会社取締役。」


そう言いながら守は雑誌を端から指差していく。


「そして極めつけは最大手航空会社会長だ。」


守の指はスマホに写る、一人の老人のインタビュー記事の上で止まった。


「へー、ダンスダンス教には有名な人も沢山通ってるのね。」


「いや、多すぎる。」


突然、守の声が勢いを増した。


「ダンスダンス教はこんな感じで、多くの会社の役職者達が口コミで次から次へと集まっている。」


「まあ、みんな忙しくていかにも不健康って感じよね。」


涼香も写真を見ながら頷く。


「いや、彼らは踊りに来ている訳ではなく、教祖にただ会いに来ているんだ。」


「相談を受けに?」


「そういうことだ。しかも本当に相談だけで、金品のやり取りは一切ない。」


「じゃあ、ダンスダンス教はどうやって運営してるの?」


「それがこれだ。」


そう言うと守は折りたたんである新聞紙を机に広げた。


「ダンスダンス教は、この3階建てのビルの2階と3階に入っている。ダンスフロアが2階、そして、3階は教祖の家、もといダンスダンス教の本山だ。ここにもそう書いてある。そこまでは知っているね?」


「はい、ビルの2階にあることは聞かされていました。」


涼香は久しぶりに声を出したせいか、声がかすれ、んんっと咳払いをした。


「このビルのオーナーは田山 義三(たやま よしぞう)。このビルの1階に自宅として住んでいる。そして、ダンスダンス教はこの田山1人による多額の寄付金で運営されている。」


そう言いながら、守は新聞記事に載っている50代くらいの男を指差した。


「すごい。ビルを貸し出している上に、寄付まで。よっぽどダンスダンス教の信者なのね。」


そう言いながら飛鳥は守と涼香の顔を見比べる。


「きっと大きな会社の方なんですね。この人も熱心に教祖と会っているんですかね?」


涼香と飛鳥は互いに顔を見合わせ、頷く。


「いや、それがだね。。。」


守はニヤニヤと口角を上げながら、飛鳥と涼香を一瞥する。


「この田山という男、正真正銘のニートだ。それどころか、その教祖様には一度も会ったことがないそうだ。」


「え?」


飛鳥と涼香の声が重なる。


そして、まるで鏡のようにお互いに目線を合わし、同時に守に視線を動かす。


守は相変わらずニヤニヤとして、指先で髪をいじり始めた。

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